第4章 26幕
大きなあくびをしながら部屋の中央のテーブル席に着いたライは、目の前に座るガマガエルのビースト、バエーシュマの不敵な笑みを睨んだ。
半年前に行った会合とはうって変わって、今回の会場は質素だ。それもそうだろう。急な話であり、幹部以外には知らされていない秘密裏だからだ。
「で? 話を聞こうか、バエーシュマ殿」
ライの不機嫌そうな声に、バエーシュマはニヤリと笑い身体を揺らしつつ座り直す。
「まあまあ、そう急かさんでもええじゃろう。今回はええ話をしに来たんじゃから」
「いい話ねえ〜。あんたのことはあまり信用してないんでね」
その言葉にバエーシュマはわざとらしく頭を下げ、声を上げる。
「半年前のことは詫びよう。これも自分の街を守ろうとした気持ちからのもの。それと、ドドンガ合同駆除作戦への参加、感謝する」
「はいはい。そりゃどうも」と、適当な言葉にバエーシュマは頭を上げた。
「で、じゃ」
本題への話を始めライは足を組み直す。
「二ヶ月後に開催する謝肉祭を両街合同でしようという話じゃ」
「それは聞いた。なんでそんな話になるのかを説明してもらいたい」
目の前の巨体がその言葉を待っていた、と言わんばかりに揺れる。
「数週間前に起こったガナイド地区の話、もうお主にも届いとるじゃろう?」
「ガナイド? ああ、悪魔軍の侵攻を天界軍がガナイド地区で食い止めた戦争だろう?」
「それ以降の悪魔軍の侵攻は止まり、今はガナイドの東と西で睨み合う形になっとる」
「そうだな。だからといって、悪魔軍が俺たちの住む南に侵攻してくる気配もないみたいだし……ってそれが何か?」
バエーシュマがニヤリと笑う。
「では、そのガナイドで食い止めている天界軍は、実は中界軍じゃというのは知っとるか?」
「中界軍?」
ライは聞き直し、尾を振った。
「そう、中界軍。転生天使が何かを仕掛けた。じゃけぇ、悪魔軍はそれ以上こちらに手出しが出来ん状態らしんじゃ」
「転生天使が……。何かとは?」
「それは不明じゃが……。噂では、この世界を破壊する程の兵器を作ったと」
「!?」
周りに立つ幹部の空気が一瞬でピリッと変わる。
「兵器……」と、ライは言葉を噛みしめるように繰り返した。
「その兵器の詳細はわからんけえどが……これは何か起こりそうな気がせんか? ライ殿」
「ああ、なにか……嫌な流れを感じる」
バエーシュマはライの顔色が変わったのを見ると、ニヤリと笑い背もたれに寄りかかった。
「そこで、儂は考えた。謝肉祭をバルベド、シルメリア合同で盛り上げてみんかと」
「いや、だからなんでそこに話がいく?」
ライの呆れ顔にバエーシュマは「よく考えねぇ」と言った。
「この話の大きいところは、天界軍がではないことじゃろ」
「つまり?」
「天界軍じゃぁはなく、中界軍が兵器を所持し、さらに悪魔軍を牽制しとるんじゃ。ここにある」
「あんた……中界軍をこちら側にって言いたいのか?」
ニヤリとした笑いに「いかにも」と声を出す。
「それで、合同の祭りを起こして目を引かせるって寸法か」
「どうじゃ? なかなか面白れぇ話じゃろう?」
ライはやっと意味を読み取り小さく笑った。
「転生天使は俺たちと同じ、天界天使からの迫害に苦しむ種族。その種族を……仲間にねえ」
「しかも、シルメリアには人間遺跡があるけぇ、元人間の奴らは見過ごせないじゃろう」
そこまで言ってバエーシュマは人差し指を立て「もう一つ」と言葉にした。
「その中界軍。今の元帥を知っておるか? 二つ名を『黒騎士』」
「黒騎士?」
ライは以前、レインと亡命して来たネコ科のビーストの子供たちの話を思い出した。
『全身黒ずくめだった! 髪も目も! そんで真っ黒の大きなマントをして『黒騎士』って呼ばれてた』
『ヤマト……あいつが元帥に?』
「ああ、知っている。ヤマト元帥だろ?」
「そう、まだ若い男らしいけぇどが、どうやらなかなかのくせ者のようじゃ」
「へえ。その男がガナイドの戦場をあんな形に納めたと」
「そして、兵器を振りかざし悪魔を牽制しとる。それにそやつ、『熾天使の騎士』らしゅうてな」
「!!?」
その瞬間、ライの中で過去の言葉が蘇って来た。
『レインは現最神の熾天使の騎士だ。どうやら最神がレインともう一人を異例の形で熾天使にした。『天界の城、悪魔襲撃戦』……あいつはあの悪魔襲撃戦の最中、最神の暗殺を企てたらしい』というアカギクにレインの詳細を調べさせた時の言葉。そして以前、黒騎士についての話をした時「知り合いか?」という質問に対してのレインの反応。あれはかなり親しい仲だと言えるだろう。
つまり、この黒騎士、ヤマト元帥という男。この男は騎士でありながらレインと共に最神の暗殺を企て、悪魔軍を牽制する程の力を持つ人物。
「繋がった……」と口角を上げ不気味に笑う。
「その男をこちら側にしておくんはかなり得策じゃと思うが?」とバエーシュマが問いかける。
「だが、言ったよな? 俺は今、天界軍に戦争をするつもりはない」
「分かっとるわ。じゃがこの世界で今後、商売しようと考えるとな」
「確かに。それにカーニバルをするとシルメリアとバルベドの物流も良くなる」
ーーこの街にレインがいると分かれば、その黒騎士は必ずこの街になにかを仕掛けてくる。そうすれば……。
「我々の商売もしやすくなるということか」
ライはさらに不気味に笑った。
ーーレイン。お前はやはり俺の見込んだ通り、ビックビジネスに繋がる金の卵だったな。
「お主、商売のことになると食い付きがええのぉ」というバエーシュマの言葉に「当たり前だ。この街はこれで成り立ってる。面白いものはより面白く! 売れるものはより高値に!」と言った。
「じゃあ、この謝肉祭の合同開催は合意してもらえるんじゃろうか?」
「ああ、いいぜ。盛り上げてじゃんじゃん金を回そう」
「いい返事じゃ。では、合同開催で一つ提案をさせてくれんじゃろうか?」
「提案?」
ライはまた少し眉間にしわを寄せる。
「なに、その開催しとる三日間だけ、バルベドとシルメリアの間にゲートを開通させたいんじゃ」とバエーシュマは笑って見せた。
人間遺跡内。日頃は陽の光の入らないひんやりとした場所のはずが、今は機械たちの騒音と熱風であたりはジャングルと同じような暑さを感じさせる。
天井を仰げば電気と呼ばれるものが辺りの機械を照らし、人間ゲートの機動を応援しているようだ。
リリティは首に巻いたタオルで、頬に伝う汗を拭い深いため息を吐く。
「この奥のケーブルをいじってみたらなにか……何か起こるかもしれないであります」と、手を伸ばす。
しかし機械の間にある赤色のケーブルは自分の手のほんの少し先にあり、届かない。
「ぐぬぬ……」
博士かミネルに頼めば届くかもと、辺りを見渡す。しかし、ほかのメンバーの姿はなかった。「博士!ミネル殿!」と声を上げて見ても、機械の騒音にかき消される。
それぞれ個々に作業しているため、どこにいるかは検討が付かない。リリティは仕方なく何か棒状のものを探そうと立ち上がった。
すると、機械の間から物陰が動いたのに気がつく。
「にょにょ? レイン殿?」
若草色の尾っぽに似た髪が見えた気がして、その物陰を目で追う。
その時、機械の間から見えた彼の横顔が緊迫しているのを見て、リリティはその場に立ち止まった。凛々しい出で立ちと、過去に見た炎の姿を思い出し、一瞬、今の自らのことを忘れ口を開く。
「陛下?」
レインはそのまま機械の間をすり抜け、人間ゲーとの先に進んでいく。
「ああ、お待ちください!!」と声を掛けるが、この騒音では聞こえないだろう。
後を追い掛ける。すると、機械と機械の間に人が通れるぐらいの横穴があるのに気が付いた。
「この先に行かれたのか?」
中を覗く。暗がりの中、ほのかに青い光が見えた。
リリティは一瞬躊躇したが、レインの後を追い掛けるため横穴に足を踏み入れるのだった。