第4章 25幕
レインは朝日が降り注ぐ遺跡の中央へと落下し、翼を使い着地した。
中はいつものように凛とした空気を感じる。
大樹が生えた戦車の装甲を撫で、その空気をめいいっぱい肺に吸い込んだ。
「レイン殿! 早く! 早く!!」
「ああ、今行く」
リリティに急かされ足を進めると、そこは何かいつもと違う明るさがあった。
広いフロアの中に並べられた機械とその配線。中央に佇む金属で出来たアーチ。そのどれもがいつもより眩しく光っている。その光は周りの機械達がランプを点滅させるからのようだ。
辺りは大きな機械音が鳴り響き、その熱気でいつもひんやりしているはずのフロアは、まるでジャングルの中にいると錯覚させるほど暑かった。
「これ、どういうこと?」
一緒にフロアにたどり着いたミネルがその光景に唖然とする。
「ああ、来たね二人とも」
今まで見たこともない光景の中から、蛇の胴体を揺らしフロレンス博士が現れる。
「昨日一つの機械を分解して中の構造を調べていたら、急に動き出してね。全てに連動していたらしく、ご覧の通りさ」と博士はガラス玉の瞳を爛々と輝かせ、辺りを見つめる。
「これはもしかすると! もしかしますよ!」
リリティの言葉に博士も頷き、中央のゲートになるはずのアーチに手を添えた。
「しかし、肝心のここが動かない。電気は通っているのだが……。どこかの配線が違うのか? はたまだ何かプロテクトが掛かっているのか」
博士の撫でるゲートは電子音を鳴らすが、これ以上動く気配はない。そんな巨大な機械をレインは見つめた。
「レイン。君の意見を聞かせてくれないか?」
「うーん。正直さっぱりです」
素直にそう答えると、博士は「それでも君が一番機械を触っているんだ。何か思いつくことがあったら教えて欲しい」と微笑んだ。
確かに人間の頃に機械を使う暮らしをしていた。しかしこんな高度なものを触るのは愚か、パソコン機器などに詳しいわけではない。レインは唸り声をあげ、思い当たることはないか考えた。
「もしかしたら何かパスコードがいるのかもしれませんね」
「パスコード?」
ミネルの質問に「そう」と答える。
「安易に使えないようにロックを掛けている可能性はあるかも。こんな大きなゲートをボタン一つで使えるようにしているのは不用心だし」
「確かに」
「パスワードとか指紋とか顔認証とか、悪用されないように使える人間を限定していることが多いんだ。今の中界、人間界はこういった個人のパスワードを使ってプライバシーとか金銭を管理してる」
そう言って自分の右腕に彫られているバーコードの刺青を見せた。
「このコードも似たようなものだよ。シルメリアの街では永久住民に付けられているもので、個人を特定するためのもだから」
「街から出るときはコード読み込まないとだめだもんね。誰が今街にいて、誰がいないかを役場が管理してる」
「監視している、という言い方が正解ではないかと私は考えるが。まあその話は今はよそう」と、博士は機械を見つめた。
「なるほど。ならばその管理者か利用出来るものが使用していた、この機械を動かす鍵のようなものを探すというのも視野に入れるべきだね」
「あくまで俺の意見ですよ? もしかしたら別の理由で動かないのかもしれませんし」
レインの言葉に博士は首を振る。
「いや、少しの可能性と疑問を丁寧に解き明かすのがこの遺跡で必要なことだよ」
「うおおお! 俄然やる気でありますよ! 早くこの機械が動く姿を見たいであります!」とリリティは飛び跳ねつ、遺跡の調査に取り掛かる。
「これは少し僕も遺跡に寝泊まりかな?」
ミネルも嬉しそうにしつつレインに笑って見せた。
「君はどうする?」
博士にそう言われ、レインは顎に手を当て悩んだ。
「起動するのを見たい気もしますが……長に相談して来ます。あの人の仕事で急ぎのものが無ければこっちの作業に専念できるし」
「用心棒、と言うか、おつかい係かい?」
「あはは……。確かに上手く使われている気もしますが、嫌いじゃないんで」
「そうかい。長は人を使うのが上手い。掌で踊らされているのが分かっているけど、それが居心地よくてね。みんな結局このシルメリアから抜け出せないのさ」
「ですね。俺もここの永久住民になって半年以上になりますし、なんだかんだこの生活が気に入ってます」
フロレンス博士はガラス玉の目をクリクリと動かし、レインに笑いかけた。
「発掘チームに入った時のことを覚えているかい? この装置が動いた時、君に一番に使わせてあげると約束した。もうすぐその時が来るかもしれない。どこに行きたいかきちんと考えておくんだよ」
「俺の行きたい場所……ですか」
今まで見て来た場所、生きてきた土地を思い返す。
「どうでしょう。俺、結局どこからも逃げ出して来てるので、今更そんな場所があるんでしょうか」
「そう言っても、君は帰りたい場所があるんだろう? そんな顔をしてるよ」
レインは驚くが、手を軽く振り「まさか」と歩き始めた。
「けど、一番に使えるって話はこのチームに入る条件でしたもんね。考えておきます」
「素直じゃないな、君も」と背中に声をかけられる。
その言葉を手で答えながら遺跡の出口に向かって歩いた。
レインは賑やかなマーケットを抜け、坂道を進むと丘の頂上にある街役場に辿り着く。
入り口は人でごった返し、多彩な種族が行き交い忙しない。
そのまま高い天井の装飾を眺めながら玄関ホールを抜け、顔見知りの事務員に手で軽く挨拶をしていく。
「また長からの呼び出しか?」「お前も大変だな」「こき使われて可哀想に」という事務員たちの言葉にレインは「仕事ですから」と笑った。
大広間の階段を上がり、二階に向かう。
階段の踊り場の窓、先程通ったマーケットが一望できる場所で足を止めた。
ジャングルから吹いて来た風が頬をなで、髪を揺らす。そんな風を受け止め目を瞑った。
「俺の帰りたい場所……」
独り言を吐き、スカイブルーの髪の彼女を思い出す。
「今更帰れないよ。そうだろ? 君の元には帰れない」
思い出の彼女に向かって微笑み、窓の桟を撫で長の部屋に向かう。
すると階段を上りきった先に黒髪の少女を見つけた。
「どうした?」と声をかけると、コハルは肩を飛び跳ねさせこちらに振り返る。
「レイン様。あの、その……」
「??」
コハルは少し慌てながらこちらに向かって来る。そして長の部屋の方を向いた。
レインはそんな彼女の行動に首を傾げ、長の部屋の入り口を見る。
そこには数人の仲間の姿があった。
クレシット、アカギク、ルイ、アリューク……。シルメリアの幹部たちだ。
「みんな集まって、何かあったのか?」
レインは彼らに近づきつつ声を掛ける。
するとハナカマキリのビースト、アリュークがヒールを鳴らし「レイン〜!どうしたんじゃ? お主も呼ばれたのかえ?」と抱きついて来た。
「姐さん、近い」
「も〜〜相変わらずツレないのお〜〜」と胸をこちらに押し付け身体を預けて来る。
「わざとでしょ? 暑苦しいから離れてください」
「ケチ!」
「で? また何か問題ごとですか?」
レインの質問に、一回り体の大きい鳥人族のクレシットが大きく頷いた。
「その、まただ」
「お前の苦手な奴が持って来たぜ」
緑人族のアカギクがクレシットの背中からひょっこりと顔を出して笑った。
「苦手?」と首をかしげる。
その言葉に合わせ閉じられていた長の部屋が開いた。中からは秘書のアグニスが眼鏡をあげる仕草をしながら現れる。
「みんな中へ、もうすぐ相手も来る頃だから」
みんなが中へと入っていく。レインはなんの話か分からず、辺りを見回した。
「アグニスさん、何かあるんですか?」
「レイン、あなたは今回は出席しなくても大丈夫よ。クレシットとアリュークがいるから」
「出席?」
「何も聞かされてないのね。会合を始めるの」
「会合って……またバルベドと?」
レインの質問にアグニスは頷く。
「けど、せっかくここに来たんだから何かあっても行けないし、扉の前で警備してもらおうかしら。前回のことがあるから」
「それは構いませんけど……。クレシットさんがいればあんまり必要無さそうですけど」
「念のためよ」
アグニスはそう言ってコハルに向く。
「コハルも今回は出席しないでもいいみたい」
「え? いいんですか?」
「ええ、前回のことがあるから、長もバエーシュマとコハルを長い時間合わせたくないみたい。レインと一緒にここで待っててもらえる?」
「はい。長がそうおっしゃるのなら」
コハルが頷くとアグニスは微笑み部屋に入って行った。
「じゃあ、レイン、コハル、仲良く待っておるんじゃぞ〜」と、最後にアリュークが投げキッスをしながら扉を閉める。
あたりは先程の賑やかさが無くなり、窓の外から聞こえる役場の賑わいだけになった。
「な、仲良く……」
コハルが隣でボソリと声に出し、こちらを見つめて来た。レインはその瞳に首を傾げる。
目が合うと彼女は顔を真っ赤にして目線を逸らした。
そんな二人の空気を裂くように、階段の方から見覚えのある長身の男が顔を見せる。紺色の髪、黒の耳、褐色の肌。
「ゲッ……」
レインはその男の顔を見ると、苦い顔をして小さく叫んだ。
「エルドラド……」
「おお、緑髪がお迎えか?」
黒豹のビーストエルドラドは尾を揺らし、レインを見て来る。苦手な男の登場で、先程のアカギクの言葉を思い出した。
無言でエルドラドを睨み、コハルを自分の背中に隠す。
その後に巨体を揺らしながらガマガエルのビースト、隣街の長であるバエーシュマが姿を現した。
今日は前回よりも少し雰囲気が違うようだ。説明出来ないが、以前のようなピリピリとした空気を感じない。好戦的でない印象だ。
そんな二人を迎えるように扉が開く。ラビット族のアグニスの耳が二人の足音を聞き分けたのだろう。
バエーシュマは巨体を難しそうに揺らしつつすれ違う。一瞬こちらに目を向けて来たのを感じ、レインはコハルに手を添え身を守った。
「そがぁに警戒せんでもええ。もう、おめぇを街巫女にするつもりはないし、今日は平和的な話をしに来たんじゃ」
バエーシュマはそのまま部屋の中へと進んで行く。
「平和的?」
レインの言葉にエルドラドは少し口元を緩ませる。
「そうだ。二ヶ月後のカーニバルの話をしに来たのだ」
「カーニバル?」
首を傾げると、彼はさらに嬉しそうに「お前たちの好きな商売の話さ」と言って部屋に消えていった。
「カーニバルって、もうすぐ準備が始まるっていう……?」とコハルに振り向き声を掛ける。
しかし、返事がない。コハルは下を向いて両手を胸に当て、顔を歪ませている。
「コハル?」
レインの呼び掛けにも答えない。
「なに? 何を言ってるの?」
「……?」
「分からない。もっとはっきり伝えてくれないと……」
「コハル? 誰に言って……」
レインがコハルの肩に手を乗せる。すると彼女はこちらに向かって辛そうな顔をした。
「レイン様、お姉様が……」
「アカナシナヒコナが?」
「はい。地下に……地下に行って下さい」
そう言ってガクンと倒れこむ。
「コハル!!」
レインは身体を支え、名を呼んだ。
「地下……って、人間遺跡の?」
その瞬間、あの場所を思い出し、レインはコハルの身体を支えながら拳を握った。
「アダムの元に行けってことか」