第4章 24幕
光が生まれる。一つ、二つ……三つ。
その光はヤマトの黒と白の髪を照らし生まれては消え、を繰り返していた。
あれから数日後。ヤマトは目の前に座る天界巫女、アカシナヒコナへの謁見のため神殿へ訪れていた。
「おかえりなさいませ、熾天使セラフ」と、天界巫女はこちらに頭を下げる。
「いえ、巫女様。今の自分は転生天使ヤマト。記憶を取り戻しても、その本質は変わりません。いつも通りに」
落ち着いた言葉に巫女は嬉しそうに頬んだ。
「ではおかえりなさいませ、ヤマト様」
「はい。巫女様」
ヤマトは深くうなづく。
「して、今回のお話は」
「はい。巫女様に全てをお話しに参りました」
「全て……」
巫女は不安そうな顔をし、こちらを見つめて来た。
「はい。過去も、今我々が置かれている現状も、そして……これから自分が起こそうとしていることも。全てです」
「…………」
「その為に、巫女様にお願いがございます」
言葉を聞き、巫女は緊張した面持ちのまま「聞き入れましょう」と言った。
一瞬ヤマトの口元が緩む。
「では、あいつに伝えて欲しいのです。あの場所にいるのなら、全てが可能でしょう」
「……レイン様にですね」
「はい。あいつは今シルメリアにいる」
そう、シルメリア。人間の最期の砦であり、人間王イヴの愛したものが眠る街。
あの街の地下にはあれがある。そう、それを使えば……。
「お伝えください。会わせたい人がいると」と、巫女に深く頭を下げた。
その光景を見る彼女は不安な顔をしたまま拳を握る。
そんな巫女に微笑む。暖かな光の球に照らされヤマトの顔が少し不気味に見えた。
ーーさあ、レイン。表舞台に返って来い。
ーーレイン。
そう名を呼ばれた気がした。聞き覚えのある声。
レインはその声に後ろを振り返る。しかし、その先はシルメリアのマーケットの賑やかな声が聞こえるだけ。路地の片隅にある空き地の真ん中。そこに佇む自分に向けられてるものではない。
「……?」
ーー確かに聞こえた。けど……。
「隙あり!!」
そう叫ばれ、朝日に光る刀がこちらに向かって来る。その刀をレインはふわりと交わし、片足を少しばかり前に出した。刀は空を切り、前に出した足にもつれ人影が倒れこむ。そのオーバーな動きに大きなため息をついた。
「だから……動きが大袈裟なんだ。もっとスマートに動けっていつも言ってるのに。あと、いちいち口に出すな。それで分かる。あと……」
「あああああ!! うるさい! もう一度だ!!」
そう言って立ち上がり、刀を握り直すのは魚人族のルイ。朝日に照らされ耳元の鰭が七色に光る。その身のこなしは数ヶ月前に大怪我を負って死にかけたとは思えないものだ。
「はあ……何度やっても同じ。もう少し考えて動け」
「動いている!」
「なら、なんで毎回同じように交わされて、同じようにコケてるんだよ」
レインの言葉にルイはムムム……と歯を噛み締めた。
「二人ともーー!」
朝日の眩しさにレインは手を頭に添え、呼ばれた方を向く。
少し先の家屋近くにいるミネルが叫び、こちらに手を降っている。ミネルの隣にはイレアと小春の姿が見えた。
「二人が朝ごはん作ってくれたんだって! 早朝鍛錬はおしまいにしてご飯にしようよ!」
ミネルの言葉に「もう一戦! もう一戦だレイン」とルイは叫ぶが、レインは握っていた木の棒をその場に投げ、「いま行く」とその場を歩き出した。
「あ! おい! レイン!!」
ルイの叫びを無視し、空き地の隅に移動する。そこにはシートを敷きパンや果物の入ったバスケットが並べられていた。
「おはよう」
「おはようございます、レインさん」
「おはようございます」
声を掛けるとイレアとコハルも挨拶を交わしてくれる。
「いつもルイに付き合わされてるって聞いたので、差し入れ持って来たんです」
イレアが嬉しそうにレインをシートに招き入れる。
「あ、あの……鍛錬の途中だったのでは? 大丈夫でしたか? お邪魔では?」
コハルの言葉にレインは「いや、終わったところ」と微笑んだ。
そこに後から追いついたルイがイレアに挨拶を交わしながらこちらを睨んで来る。レインはそんな視線を無視し、コハルの隣に座ると二人の作った朝食に手を付けた。
ミネルはそんな光景に満足そうな笑みを浮かべ、解体していた拳銃を組み立て上げながら食事の輪に入る。
ドドンガとの死闘で受けた傷は、シルメリアの医療のお陰でだいぶ良くなった。ルイの回復も早く、数ヶ月の後、今のように刀を振るうことができるようになっている。
そんなルイから突然、剣術を教わりたいと頭を下げられたのは数週間前の話だ。ドドンガ共同駆除作戦での失態を悔やみ、考えた結論だったのだろう。それ以来、こうして朝は裏路地の空き地で鍛錬に付き合っている。
ルイとイレアはあれから喧嘩することなく過ごしているようだ。昔より目を合わせ笑っている気がする。
そんな二人を見てミネルは「暑苦しくて仕方ない」なんて茶化しながらも嬉しそうだ。
コハルとは出会った頃より声を掛けてくれるようになり、たわいもない話をすることが増えた。以前のような焦りや不安のような顔を見せることもない。
問題はレイン自身だった。心の中に蠢く黒い渦のような何かは今は身を潜めている。
最近は悪夢を見る頻度が減りはしたが、たまに何かに反応するように心がざわめく。それはなにかを待っているかのように……。
先ほどもそれだろう。誰かに名を呼ばれたような気がした。それは自分の記憶のものだろうか。それとも過去のものだろうか。
「レイン様?」とコハルに声をかけられる。
「あ、いや。なんでもない」
そう言って渡された皿にのる果物を口に入れた。その光景にコハルは微笑む。
「レイン、食べおわたらもうひと勝負だからな!」
「もういいだろう? 何度しても同じだ。半歩踏み込みが甘いし、動きがオーバーだし」
「それを直す為にお前と手合わせしてるんだろう!」
「それが人にものを教えてもらう態度かよ」
そんな会話の中でまた誰かに声を掛けられた気がした。
「レイン殿!」
今度は本当に声を掛けられているようだ。
後ろを振り返ると、遺跡発掘チームの仲間のリリティが小走りでこちらに向かって来る姿が見える。
「ミネル殿も!」
ミネルはパンを加えたまま一度レインにアイコンタクトをすると、リリティに駆け寄った。
「どうしたの?」
リリティは息を切らせつつ、栗色の目を爛々に輝かせ叫ぶ。
「た、大変でありますよ! お二人とも、すぐに遺跡に!!」
「遺跡に?」
ミネルが首を傾げると、リリティはさらに大きな声で叫んだ。
「人間ゲートが! 動きそうなんです!!!」
早朝の日の光を浴びながらライは自室の窓辺に立ち、先に見えるマーケットを眺めていた。
職務を始める前のこの時間は穏やかで気に入っている。そんな心落ち着く時間帯の筈なのだが、口元を曲げたライは大きくため息をついた。
「で? こんな朝早くから何の用だ。またあのおっさんが厄介ごとを押し付けに来たんだろう?」
背後で佇む男は申し訳無さそうに「はい」と答える。
「だから早くこちら側に来ないかって言ってるんだけどな。お前も物好きだな」
「いえ、私をここまで育ててくださったのはバエーシュマ様ですから」
「恩義ってやつね。まあ、嫌いじゃない」
ライは義足を難しそうに動かし、デスクの椅子に座る。
「さ、今度はなんだ?」
そう問われた褐色肌の人物、エルドラドは一度頭を下げ言葉を発した。
「バエーシュマ様から、謝肉祭を合同で行わないかと……」
「は? 今度は謝肉祭をか?」
「はい」
申し入れの話にライは左手で頬杖を付く。少し警戒するように尾を振った。
「何が望みな訳?」
「申し訳ございません。それ以上はご本人に会ってから……」
その発言にライはやっとこの男がここに来た意味を理解した。
「ああ〜。もう一度会合をしようってことか?」
エルドラドはもう一度深く頭を下げる。
ライは顎に手を当て、少し悩むが「いいぜ、どうせすぐ来れるように手配してんだろ? あのおっさんは。会おう。そんでカーニバルをどうしたいか、話を聞こうじゃないか」と笑った。