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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ弐 ガナイド地区防衛戦線編
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第4章 23幕

 ヤマトは最神の書斎にたどり着くとノックをする。

 少し間を開け、中から「どうぞ」という声が聞こえた。その声の主であるサンガが扉を開ける。

 ヤマトが一歩踏み出ると、彼は安堵の顔をして微笑んだ。


「ヤマト元帥。お戻りとお伺いしていたのですが、お顔を拝見していなかったので心配していました。ご無事の帰還、何よりです」

「ああ、サンガ。すぐにこっちに顔出さなくてすまなかった。この通りピンピンしてるよ」

「しかし、その髪……」

「ああ、これ? ちょっとな」


 ヤマトは笑いながらサンガに髪の毛を見せる。そして部屋の中を覗いた。


「シラは?」

「中のお部屋に」

「そうか、二人で話がしたい」

「わかりました。席を外しますね。外にいますので何かあればお呼びください」

「ありがとう」


 サンガは微笑むと部屋を後にする。

 ヤマトは静まりかえる部屋を見渡し、賑やかにしていた頃を思い出す。

 デスクに座るシラとその隣でティーカップを差し出すサンガ。ソファーでいつの間にやら始まる自分と、エレクシアのたわいもない痴話喧嘩。それを仲裁に入るレインの姿。暖かな日差しの中でいつまでも続くと思っていたそんな日々……。

 その風景は何度目かの瞬きで消えていく。


 日が暮れ部屋の中は薄暗く、先程の景色が嘘のよう。

 ヤマトはそんなデスクやソファーを抜け、小部屋の前に立ち止まった。

 部屋の扉は開いている。その中に彼女はいた。

 小さな空間の真ん中には白い和装のドレス。それは彼女がもうすぐ着ることになる婚姻の儀の衣装だ。

 シラは衣装を細い指で撫でながら暗い部屋の中で目を伏せている。

 ヤマトはそんな彼女の姿とある人物を重ねていた。


 ーーゼウス様。


「……シラ」


 名を呼ぶと彼女は伏せていたアクアブルーの瞳をこちらに向ける。


「ヤマト……」


 力無い彼女の声にヤマトは一瞬拳を握ると、歩み寄った。そして小さく深呼吸をし、頭を下げる。


「この前は悪かった」

「え?」と、彼女は驚いた声を上げた。


「君に怒鳴ってしまったこと。反省している。いくら自分に余裕が無かったからといって、あの発言は君を傷つけた。悪かった」

「そ、そんな。私の方こそすみませんでした。もっと最神である自覚を持たなければならないのに……。あなたに言われて気付かされました」


 頭を上げると彼女は切なそうに微笑んでいる。その心の中はきっと掻き乱れ、今の世の中を嘆いているのだろう。


「私はもっと、もっと……強くならねばならないのに。民のために、世界のために。もっと強く」


 声、仕草、微笑む顔……全てが彼女(ゼウス)と重なる。


「シラ、一つ大切なことを聞きたいんだ」

「はい。なんでしょう」


 改まった言い方にシラはドレスから手を離し、こちらに向き直る。

 ヤマトはゆっくり片膝をついた。漆黒のマントが辺りを覆う。


「最神。自分はあなた様の騎士。御心のままに動く翼です。ですから、あなた様の真意をお聞かせください」

「真意?」

「はい」

「それは……この先、世界は戦火に包まれる。その防衛を取りつつ、地下界への進撃を進め、そして悪魔軍の……」

「それは民意、そして政の話」


 ヤマトは顔を上げ、最神を見つめる。


「あなた様の御心を」

「私の?」


 まっすぐアクアブルーの瞳。夕刻の暗がかりの中でもその瞳の色は美しい。


「そう、君のだ。シラ。君は何を望む?俺はその言葉を聞きたい」

「わ、私の望み……」


 シラは黒い瞳に見つめられ、言葉を詰まらせる。


「わたし……私は……皆を導く戦いの神になると誓ったんです。長きに渡る戦乱を終わらせるために、呪いを消すために、悪魔を……。そして地下界を……」

「…………」

「それが私の、私の……」

「違う」


 ヤマトの力強い言葉にシラは目を見開く。


「君の心の中で思うことを」


 涙こそ流さないが、彼女は肩を震わせその場に立ち尽くす。

 最神である重みに潰されそうになる彼女と、強くあり続け皆を導かねばという意志で揺らいでいるのが伺える。


 長い沈黙が続く。

 部屋の中はさらに薄暗くなり、ヤマトのマントがさらに漆黒に染まった。


「私の願い……」とシラはゆっくりと声を出す。


 シラは一度大きく深呼吸すると、しっかりとした瞳をこちらに向けた。


「私の願いは世界平和。誰の血も流さない、そんな世界です。天使も悪魔もビーストも、誰も悲しませないそんな……そんな世が私の願い。真意です」


 そう言って彼女は強い瞳を濁らせながら力なく笑う。


「偽善だと……笑いますか? 全ての人々の血を流さず世界に平和をもたらすことなんて……」

「…………」

「彼に言われました。それは自分のエゴだと。あの時の言葉が今なら分かる。しかし、昔の何も知らなかったあの頃とは違う。全てを知り、見つめていても……それでも私は、誰の血も見たくない。民の気持ちも、軍議の話も、世界の事も分かってしまった今でも、私はそう思うのです」

「…………」

「けど、これは私の夢。願い……だから」

「いいえ」とヤマトは首を振る。


 安心した。彼女の心もまた自分と同じ方向を向いていると。そして、嘗てのあのお方と同じだと。

 この世界を愛し、狂っていった彼女の想いはまだ魂の中にある。そう確信したヤマトは胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げる。


「その願い、熾天使の騎士である私が必ず叶えましょう。我が神」


 シラは何も答えない。不安と希望を入り混ぜた彼女の瞳を見つめヤマトは微笑んだ。


「必ず叶えましょう。()()()()()使()()()()




 ーーそう。今度こそ、あの(こい)の続きを。







 いつまでも続く渡り廊下の赤い手すり。その手すりを撫でヤマトはうーんと声をあげなら帰路に着いていた。


「先に巫女に謁見するか……いや、流石に今回は謁見許可を取り次いでからの方がいいか。だったら、一度基地に返って……化学班の様子を見に行って、核の状況を……」


 ぶつぶつと独り言を吐き、歩みを進める。


「いいえ、閣下はまず自室に戻って、溜まっている書類にサインをしていく作業から取り掛かって頂きます」


 曲がり角からの急な声にヤマトはその場に立ち止まった。


「ぽ、ポルクル……」


 顔が引きつる。


「そうやっていつもいつも嫌な仕事を先延ばしにするから、後々泣き言を吐くことになるんですよ。きちんと事務処理もして頂かないと」

「お前、もう身体はいいのかよ。もう少し城で治療していた方が」

「いいえ、僕がいないとそうやって仕事を選ぶでしょう?」


 ポルクルはツンと澄まし顔でヤマトの隣に立つ。右の翼は根元から無く、包帯が痛々しい。痛みを堪えながらにもここに来たのだろう。


「お前なあ……」


 ヤマトは口を開けるが、嘗てジュラス元帥の横を歩いていた自分と彼を重ねてしまい言葉を飲み込んだ。


「分かった。ひとまず自室に帰る」


 ポルクルは嬉しそうに「はい」と返事をする。


 中界軍の基地はショートゲートで向かう。城壁を抜け、街の隅に作られた専用通路を抜ける。

 そこでは門番である天界軍が二人こちらを睨んでいた。

 そのさらに先にゲートを繋げる中界軍の兵が敬礼をしている。


「すぐに繋げられるか?」

「はい、軍議が終わったと連絡がありましたので、基地にお帰りかと思い準備しておりました。数分お時間をください」

「ありがとう」


 ヤマトが礼を言うと、兵士二人は嬉しそうに背筋を伸ばした。

 ゲートを開く準備を見つめつつ「そう言えば」とポルクルが話を切り出す。


「閣下、軍議で核を公表されたとか。あれは中界軍の重要機密にされるおつもりだったのではないのですか?」

「ああ、話したよ。このタイミングが一番かなと思ったからな」

「使用するおつもりなど全くないくせに……」

「ああ、使わないさ」とヤマトは腕を組みハッキリと答えた。

「絶対に。けど、牽制するためには利用させてもらうさ」


 その言葉の重みにポルクルは彼の顔色を伺うように覗き込んでくる。


「もう二度とこの世界では使わない。あのお方の夢見た世界にする為に」


 ゲートが開かれる。その先はいつも目にしている中界軍の基地だ。

 ヤマトは開いたゲートに向かい先に進むと、久しぶりの空気を思いっきり感じた。

 懐かしい自分のあるべき場所は、夜の静けさに包まれている。

 目の前に佇む基地の窓はあちこち明かりがついている。まだ多くの仲間が仕事をしているようだ。


「閣下! お待ちしておりました!!」

「うわああ! びっくりした」


 急に大声で叫ばれ、ヤマトは肩をビクつかせながら隣を見た。


 そこには同じような眼鏡、同じようなボサボサの髪型、同じような雰囲気の軍人が数人立っている。


「か、化学班? どうした」


 驚かせられた心臓を押さえながら質問する。ポルクルもゲートをくぐってくると、化学班を不思議そうに見つめながらヤマトの横に立った。


「ヤマト元帥のお帰りをお待ちしていたんです! ついに完成したのです!! アレが!!」


 化学班が興奮気味にヤマトに近づく。


「あ、アレって……アレか?」

「そうです! ですから一秒でも早く閣下に見て頂きたくて、ここでお待ちしておりました」


 目の前の男の気迫に押されつつ、ヤマトは数歩後ずさりする。


「そうか、分かった。すぐに見に行こう」

「本当ですか!? ありがとうございます! では直ぐに!!」


 徐々にヤマトは周りを化学班に囲まれる。


「閣下、アレってなんですか?」と、ポルクルの質問に化学班に押されつつ「お前は一年前の式典来てなかったもんな。その時の研究をさらに進めるように言ってたんだ」と答える。


「そうなのです。核の研究に人員を取られていましたが、それでもこの研究は少数で続けておりました。そしてついに! ついに完成したのです!!」と、化学班が興奮気味に言葉を付け加えた。


「それよりも先に書類の整理では?」

「ああ〜」


 ヤマトはポルクルの目線を逸らしながら、化学班に押され先を進む。


「ヤマト元帥……」


 彼の睨む顔を直視出来ない。

 その瞬間、基地の入り口から何やら騒がしい声が聞こえ始める。その賑やかな声はこちらに向かって来ているようだ。


「今度はなんだ?」


 入り口から人影がこちらに飛び込んでくる。そして金色の髪をなびかせ、化学班にぶつかって来た。

 急な出来事に数人はその金色の髪から身を引く。

 長い髪の毛の人物は、ヤマトの胸の中にぽすんと収まると動きを止めた。


「閣下、申し訳ありません! ヤマト元帥は登城されているとその方にお伝えしたのですが……どうしてもお会いしたいと聞かなくて。急に飛び出しこちらまで」


 この人物を追いかけて来た軍人が、息を切らせなが敬礼している。

 ヤマトは胸板の中に収まる金髪のロングヘアーを撫でた。

 入り口の兵に手を上げ気にしないでいいと合図し「すまない。こっちの方が緊急みたいだ。その後にそっちに向かうから先に行って準備していてくれ」と化学班にそう伝える。


 彼らは一瞬何か言おうとしたが、ヤマトとその胸板に収まる人物を交互に見ると「必ずお越しください」と言い残し姿を消した。

 賑やかだった辺りはヤマトとポルクル、そして胸板にしがみつく彼女だけになる。


「で? 急に基地まで来るなんて、何があった? ミスリル」


 名を呼ばれた金髪の女性、ミスリルは今にも泣き出しそうな顔をヤマトに向けた。

 彼女は中界での仕事をしている転生天使だ。金髪のロングヘアーにエプロンワンピースは、今も昔も変わらない。

 レインも先輩と慕っていて、よく三人で連んでいた。スズシロが死んだ時レインを気遣い、人間界で途方に暮れていた彼を見守って暮れていたのも彼女だ。

 そんな彼女がわざわざ中界軍の基地にまで来たということはよほど何かがあったのだろう。


「ヤマト……どうしよう」

「なんだよ」

「私ね、魂の見届けの仕事で……」

「うん」

「次の仕事が……」


 そう言ってミスリルは右手をヤマトに差し出す。その手を握り、目を瞑ると人間の死の宣告情報を見る。すると、見覚えのある名前が浮かび上がった。


「どうしよう……どうにかしてあげたいけど……私の力では」


 ミスリルは目を潤ませヤマトを見つめてくる。ヤマトは顎に手を当て、少しの間悩んだ。


「この日の為にあの子、天使に転生したんだよ。なのに、このタイミングで七海ちゃんが……。あの子今、行方不明なんでしょ?」


 ミスリルは両手を強く握ると不安そうに唇を噛んだ。


「いや、なんとかしよう」


 ヤマトの言葉にミスリルの顔がパッと明るくなる。


「本当?」

「ああ、居場所は分かってる。期限までに必ずあいつを()の元に連れて行く」

「うん。じゃないと……あの子の想いが無駄になっちゃう」

「そうだな。まずはこの仕事をホムラ先輩にお願いしよう。俺が手配する。そこで話を付けるから、ミスリルはなんの心配もするな」


 ヤマトのしっかりとした声に、ミスリルの不安そうな顔が落ち着きを取り戻していくのが分かった。


「うん。分かった。ホムラ先輩を見つけて連れて来る」


 ミスリルは金髪をなびかせ元来た道を戻っていった。

 一瞬、若草色の髪の背中を思い出す。全てが動き始めている。彼の運命の渦を中心に……。その渦は世界を動かす。黒い過去の記憶と、あの頃の想いと共に。


 ーーこれが世界の理か。


「閣下?」


 ポルクルの言葉にヤマトは「いや、いい……。行こう」と、その場を後にした。





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