第五話 寄り道
『うん。そう。だからお昼はいらないよ。』
電話の相手は母さんだ。
今日は、午前で日程が終わるから、帰ってお昼を取るつもりだったんだけど。
北中君に誘われて、現在昼食を取るために
学校から自転車で10分ほどの喫茶店らしいお店まで来ていた。
そこの駐輪場で僕は母さんにお昼の準備がいらない事を電話している最中である。
『わかったわ。さっそくお友達が出来ていい事よ。』
『うん。僕もそう思う。』
『でも、晩御飯は家で食べてね。』
『うん、わかってる。それじゃあね。』
電話を終えた僕は、そばで携帯を弄っている北中君へと声をかける。
「待たせてごめん。終わったよ。」
「おっ、んじゃあ。中に入るか。」
彼はこちらに顔を向けると携帯を胸ポケットにしまい。
お店の入り口へと歩いていく。
僕もそれにならい、彼の後を付いていく。
チリンチリンと扉に付いていた鈴が店内になる。
店内に入ると、ほどよい音量のクラシックが流れているのに気付く。
内装も、どことなく古臭い感じもするが
僕にはそれがかえって味のある雰囲気をかもし出してるように感じる。
北中君と先頭に少し歩くと、カウンターの方から声がかかる。
「いらっしゃい。好きな所に座るといい。」
「マスター。お昼時なのに誰も居ないとか大丈夫なのかこの店。」
北中君からマスターと呼ばれた男性は、「まいったな」と言いながら頭をかく。
30代くらいのその男性は、カウンター越しに北中君とそのまま2,3会話をすると
こちら側に目を向ける。
「いらっしゃい、初めましてだね。この店のマスターをやっている黒田と言います。」
「あっ、初めまして。甲斐といいます。」
黒縁のメガネをかけた黒田と名乗った男性は、自己紹介をすると再度北中君へと視線を戻す。
「ほらほら、北中君。いつまでも立ち話もなんですから、テーブルに付きなさいな。」
マスターの言葉に、北中君が「へぇーい」と返事を返すとお店の奥にある4人がけのテーブルへと
歩いていく。僕は、マスターに会釈をすると彼を追ってそのテーブルへと腰を下ろす。
席に着いた僕に、彼がテーブルに立てかけてあったメニュー表を差し出してくる。
「味は保障する。気になったやつを頼めばいいぞ。」
そう言われてメニューに目を通す。
そこにはランチメニューと書かれた言葉と共に、5つほどの料理名が書かれていた。
ふむと、少し思案してメニューをひっくり返すと、そこにはドリンクと記載されてあり
ジュース類少々と、20種類以上のコーヒーだと思われる品名が書かれている。
どうやら、食事を取る場所というより。本当にコーヒーを売りにしている店の用である。
僕は、再度メニューをひっくり返すと彼へと声をかける。
「北中君は、いつも何頼んでるの?」
「んっ? あぁ俺は、これだな。」
そう言って彼はメニュー表にある一つの料理を指差す。
と、そのタイミングでマスターがお水を持って僕らのテーブルへとあらわれる。
「はいどうぞ。注文は決まったかな?」
「俺はいつものー」
「僕も、同じ物をお願いします。」
「はい。承りました。」
マスターは、にっこりと微笑むとカウンターへと戻って行く。
僕はそれを見送ると、北中君へと言葉をふる。
「北中君、ちょっと聞きたいことあるんだけど。」
「おう。何でも聞くといい。あっ、流石に中村のヤツのスリーサイズとかは、知らないからな。」
「って、違うくて!」
彼が「冗談だ、冗談。」と言うのをため息を吐いて聞き流す。
彼とは出会ったばかりだから、どこからこういった冗談が飛び出すかわからない。
もしかしたら彼はとは合わないかもしれないと、若干不安に思いながら会話を続けるのだった。
◆
僕の質問に北中君が答える形で会話をしながら、僕らは目の前にある料理を消化していく。
マスターお手製というハンバーグは、とても美味しかった。
肉厚なそれは、あふれ出る肉汁とオリジナルのソースが絡まって口の中に濃厚な味を広げる。
僕は、一口水を含んで北中君へと新たに質問する。
「そう言えば、海淵にもES部って合ったんだね。知らなかったよ。」
「まぁ、弱小だしな。それに県下2強が強すぎて、そこが有名ってのもあるか。」
僕の質問にセットで付いているサラダを頬張りながら答える北中君。
その言葉に僕は確かにと頷く。
夏にあるESの学生大会は、言うなればインターハイだ。
県大会でのトップが集まって全国一を決めるのだが、その全国大会。
確か、もう10年以上も開催されているが、この県からの出場経験がある高校は2つだけ。
つまり、学生大会が始まってからずっと県下2強の時代が続いているのだ。
「南の安芸学、北の瀬戸高って。ずっと言われてるからな。
電脳電子学科がある所が強くて有名なのは仕方ないだろ。」
安芸島学園と瀬戸高校と言うのが、この県内で電脳電子学科を有する高校だ。
電脳技師の職に付きたいなら、ここに入学するのが当たり前くらいの知名度がある。
僕は一様両方の学校見学会に参加したが、その時は全寮制というシステムに憧れて
安芸島学園を受験した。見学会の時の差と言えば、それくらいでどちらの学校も
電脳電子科には特に教育の力を入れていたと思う。
あそこで使う設備をES部の部員達が使って練習に励んでいるのなら
他の県内の高校が勝てる道理が無いのは明白だなと、この時の僕は考えていた。
「つか、甲斐は学園でES部には入ってなかったのか?」
彼の問いかけに僕は首を横に振る。
確かに、普通科の生徒でもES部には入部可能だ。
むしろ、普通科の生徒の方がES部の入部比率は高い。
学園の電脳電子科に所属する多くの生徒は、基本的に電脳技師になるための勉強を優先する。
e-sportsに時間を割くくらいなら、ダイバーやワーカーとしての技術を磨く事に時間を割くのだ。
もちろん中には、ES部に入部する電脳電子科の生徒もいる。
僕の友人も何人か所属していて何度か誘われはしたけど。僕は、その誘いを全部断ったのだ。
僕が首を横に振ったのを見て北中君が再度口を開く。
「そうなのか、じゃあ何の部活やってたんだ?あそこって、帰宅部禁止だったよな確か。」
彼の問いかけにドキリとする。
その通りだ。安芸島学園には帰宅部と言うのは存在しない。
部活か委員会への参加が義務付けられている。と言っても、それは普通科の生徒の話だ。
電脳電子科の生徒には、その規則は無い。
特権階級みたいな扱いだが、それこそ電脳電子科の生徒は電脳技師になるために
入学してきているので、学校側も元から部活動などの活動には期待していないのだろう。
さてっと、僕はここで考える。
僕は普通科から海淵に転校したという流れになっている。
つまり、僕は何かしらの部活、委員会に所属していた事になるのだが
僕はそのどいちらにも所属経験が無い。
入ってないと言えば、何故と返ってきていろいろ聞かれるだろう。
入っていたと言えば、『ウソ』を付く事になる。
今まで『ウソ』を付かずに誤魔化してきたけど、さすがに苦しくなってきたか。
いや、待てよ。と言うかだ。北中君、やけに安芸島学園の事に詳しくないか。
「北中君、帰宅部禁止とかよく知ってるね。僕、入学してから知ったくらいなのに。」
僕の言葉に「あぁ~」と間延びした声を出しながら、彼はぽつりと呟いた。
「・・・安芸島学園に、知り合いが居るんだ。」
その言葉に僕は心の中で絶叫する。
彼のその言葉に僕の時間が一瞬止まったような錯覚させ起こすほど。
可能性は考えてなかったわけじゃなかった。
距離はある程度離れているとはいえ、同じ県に住んでいるのだ。
安芸島学園に通っている生徒の友人が海淵にいる可能性はもちろんある。
だけど、まさか最初の一人でそれをつもる事になるなんて。
僕は、ゆっくりとした動作で水に口を付ける。
「へ、へぇー。もしかしたら、その人と僕。向こうで会ってるかも知れないね。」
「いや、どうかな。そいつ、電脳電子科だしな。」
アウトー。僕は再度心の中で絶叫する。
安芸島学園の電脳電子科は、1クラス30人の3クラス。
北中君の知り合いが同級生なら1/3の確立でクラスメイトだった事になる。
それに僕の存在は、あの年では相当なレアケース。
違うクラスだった場合や、学年が違うとしても絶対に噂程度だったら知っているはず。
どうしよう。僕としては『あの事件』の事は、内密にしておきたい。
だけど、彼がその知り合いと連絡を取って、安芸島高校から転校生が来たと話したら。
間違いなく一発で『あの事件』はばれる。
僕が何か良い方法が無いものかと思案にくれていると、彼が続けて口を開く。
「まぁ、でも。もしかしたらって事もあるか。そいつ益弘 愛花って名前なんだけど」
彼の口から放たれた女生徒の名前に僕は愕然とする。
その名前は知っている。
いや、知ってるも何も、彼女は元クラスメートであり。
一学期の間ずっとチームを組んでいたチームメイトであり。
『あの事件』に関わった1人であり。
僕の短い人生の中で唯一泣かせてしまった女の子の名前だ。




