表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

交流~目標に深入りしちゃいけません~

春都が幸太の自宅を訪れたのはコンサートの日から6日あとのことだった。

同じアイドル好きのオタク仲間という設定もしてあるし、同世代でもあり、チケットを譲った恩もある。だが、これだけの条件がそろっている上、人間心理を熟知し、印象操作を得意とする春都の能力をもってしても、自宅に友人として招かれるほどに親しくなるのは至難の業だった。

人と親しくなる基本は、1単純に接触回数を増やすこと、2共通の趣味や話題をもつことそして、3好意を伝えること、この3つ。春都はこれまでの仕事の際と同様にこの3つを幸太に実行したが、成果があがるのは格段に遅かった。

まず幸太は、ほぼひきこもりだ。これでは偶然を装ってあうことも出来ない

つぎに、幸太はアニメ、アイドル、電子機器、ラーメン他という多分野において大変ディープな知識をもっており、これらの知識量において様々な学問・教養を修めた春都にとっても、対等に話すのはむずかしく、予習をみっちりやる羽目になった。

そして幸太は、春都がオタク仲間として、また友人とし行為を寄せているという表現を的確に行っても、それをなかなか信用していないようだった。なにか裏があるのではないか? 本当は自分のことなど好きではないのではないかという猜疑心がびくついた彼の態度からは垣間見えた。

そこで春都は毎日のように他愛のないメールを送り、彼の知識量においつくべく猛勉強を課した。おかげで現在、ターゲットである幸太の自室に至っている。

「今の最後セリフがやばい。熱い。熱すぎる。と思わん?」

今は二人で幸太のオススメのロボットアニメ(全23話)を観終わったあとだった。さきほどからこの難しいターゲットはいかにこのアニメが素晴らしいか力説してくれている。

「おお。たしかに、今のって初回のときのセリフが伏線になってるってこと?」

「そ、そうなんだよ! さすが小川くん」

大分親しくなったように思える。口調も春都と話すときはややフランクになった。

分析するにこの男は人に好意を向けられていることに慣れていないのかもしれない。だから人と接するときに、自分が気持ち悪くて嫌われていることを前提にしている。最初あんなにオドオドしていたのはそのためだ。

その辺は恋愛には大きな障害になりそうだった。だから春都は自分が幸太に嫌悪感を持たないことが少し不思議に感じていた。

(このアニメもだけど、コイツの趣味が意外と面白かったからかな)

他にもなにかあるような気がしたが、春都はとりあえずそう結論づけることにした。

「俺ちょっとトイレいってくる」

「おっけー」

 少なくとも数分は部屋には戻ってこないだろうとふんだ春都は早速室内を物色し、目当てのものを発見した。学生時代のアルバムと文集だ。

 ペラペラとページをめくる。そこにはある意味予想どおりの幸太の学生時代がみてとれた。文集のクラスメートからのコメントには「キモいの直せよ」だの「あんまり弱気でいるとずっとみんなにからかわれちゃうよ」だのといった言葉、アルバムには隅っこでうつむいている写真。身だしなみに気をつかえておらず、雰囲気も暗い。これでは少なくとも、あまり楽しい学生時代ではなかったようだ。

 足音が聞こえた。思ったよりは早く戻ってくるようだ。春都はアルバムを本棚に収め、何事もなかったかのように振舞おうとした。だが、少し思い直した。

 「あれって卒業アルバム?」

 「え? ああ。うん。まあ…」

 幸太の視線が伏目がちになる。

 「みてもいい?」

 「あー、いいけど…。恥かしいでは…ある。俺…リア充にいじられてたし」

 ははは、と力なく笑う。リア充というのは「リアルが充実している人」という意味のスラングだ。

 「へぇ…」

 学生社会のヒエラルキーというのは残酷なものだ。運動能力やルックス、明るさなどで明確に差別され、人格を攻撃されてしまう。幸太はタイプ的に下のほうの階層にいたのは明白だった。それは「いじられる」というような軽いものではなかったのかもしれない。

「まぁ、僕もだけどね。いじり、っていうか、普通にいじめられたよ。オタクだしね」

 春都が本当は学校には適当にしか行っていなかったが、話をあわせることにした。

「そっか…。まぁ…、む、昔の話だしねデュフフ」

 力なく笑う幸太。幸太の自身なさげな態度や弱気な性格はこうした過去に影響されているのかもしれない。この語尾に出がちな妙な笑い声や、はっきりしない物言いも、なるべく人にストレートにものをいって反感をもたれたり、反抗的に思われたりしないように形成されたクセのようなものなのだろう。

 「あ! それよりさ、さっきトイレで優菜のブログみてたんだけどさ!」

 暗い空気になった場を払拭するように、幸太は声を弾ませ、ケータイ画面を見せてくる。ああ、あれかな? と予測する。

 「このラーメン屋みてよ! ほらほら。この前、一緒にいったとこだよ! 俺がオススメって言った。覚えてる?」

 忘れるわけもない。優菜がこのラーメン屋をアップさせるに至ったのはは春都の誘導によるものだ。

 「ああ、あそこ」

 「そうそう! すごいよ! しかも優菜も気に入ったって! また食べたいって! 凄くね? どうしようかなぁ…あの店張り込みしようかなぁ…」

 興奮している幸太をみて、春都はおもわず苦笑いした。「そんな度胸ないくせに」とい気持ちと、「そんなことしなくても近いうちに会えるよ」という言葉を飲み込む。

「優菜と食の好みが一緒でよかったじゃん!」

 などと、話をあわせて3分間、しばし盛り上がる。

 そして一通り話すと、ここで間髪いれずに次の仕込みに入る。

「あれ? 小川くん。携帯なってない?」

 マドカに依頼して、この時間ジャストに電話をもらうことになっている。

「え? ああ。母さんだ。ちょっとごめん」

「どうぞ」

 受話音量は4、幸太にもギリギリ聞こえる音量で、マドカにはおばさんくさく喋ってもらう。

「もしもし。うん。うん。え? まじで? それで? え。じゃあ僕一人で来週、店みるの?」

 幸太にはすでに説明済みだが、春都演じる「小川」は母親が経営している服を中心とするセレクトショップの店員をやっていることになっている。

 この電話では、小川以外の店員が病気や帰郷などで店に出れなくなったむねを伝えている。

「えぇ…? 無理だよ。ほかにバイト募集すれば? え? 僕の? いやそんな急に言われても」

 バイトの広告を出すのを忘れてたため、来週までには見つからないという内容をマドカに言わせる。そして「アンタの友達誰か一人、手伝ってもらったらいいじゃない。そんなに難しくない仕事だし、バイト代は弾むから」という、いかにも母親な無茶に続く。

「うん…。わかったよ。一応探してみるけど、多分無理だから、僕が一人でやることになるかも」

 そういって電話を切り、深いため息をつく。小声で「そんなに友達いないっつーの」とつぶやくのを忘れず、落ち込んだ様子を見せる。磨きあげた技術のみせる迫真の演技だった。

「小川くん? 大丈夫?」

 心配そうに春都の顔を覗き込む幸太、そう、彼は基本的に気を使えるイイヤツなのだ。それを出すのが苦手なだけで。

「あぁ。うんごめん。大丈夫大丈夫。それよりお腹すいたからなんか食べにいかない?」

 いかにも無理をしている様子で話題を変えた。

 これでいい。事前に「小川」の店での仕事がさほど辛くない、楽なものであることは十分に印象づけている。今日からしばらく落ち込んだ態度と困ったそぶりを見せ続けたうえでバイトを依頼すれば、数日後にはチケットの恩義もある幸太は十中八九応じるはずだ。もしそれでも駄目なら多少強引な手を使ってででも店で働いてもらう策もある。

「あー、あの、今の電話…」

「うん? あぁ、聞こえてた? 気にしないでよ」

「そう…? あのさ、もし、あの、俺とか、俺で…」

幸太はびくびくしながらも言葉を絞りだしている。これは、もしかしたら。

「俺とかでも大丈夫なのかな?」

 やっとのことで、といったように立候補を表明した。

「まじで!? 勿論だよ。ホントにいいの? すごく助かるよ。ありがとう! じゃあラーメンおごるよ! 行こう」

 やっぱり無理だよ。と言われるまえに状況を固定する。

「う、うん。よろしく」

 幸太は情けない表情を浮かべる、若干の後悔はあるのかもしれない。

 だけど

「幸太……サンキュ」

 春都は笑顔で礼を述べた。幸太はニートで労働経験がない。自分に自身がないから働くのが怖い、怠惰な性格のため働くのは嫌。そうした性格の彼なので、「バイトに入ってもらう作戦」は相当時間がかかるかと思っていた。最終的には弱みを握って強制的にやってもらうことすら考えていたのだ。

 しかし作戦実行後、即完了した。これは嬉しい。スケジュール的に仕事が大変楽になったから、というのが大きい。また、幸太が見せた決断自体も嬉しかったのかもしれない。

 たかがバイトを手伝う、ということに過ぎないが、おそらく幸太にとっては勇気ある決断だったはずだ。しかも彼にとってはメリットがない。そうした決断を、幸太は困っている自分を助けるというためだけに下した。

 極端に対人能力が低くて、自分を過小評価しているわりに、友人のためなら、動くことが出来るというわけだ。いいとこあるね。春都はこれから行く店では餃子も奢ってやろうと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ