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常套手段~友達がカッコいいと言う男の評価は上がる~

スタジオに向かう中型バスの中は賑やかだった。9人の女の子とグループ全体のマネージャーが3人(個別にもいるらしいが、今日はいない)。普段は同行しないプロデューサーの前谷、その秘書の女性、それから「桜木」を名乗っている春都の15人である。女の子たちはテレビ番組や新曲のことをそれぞれ喋っており、お菓子をつまんだりしている。さながら遠足のバスのようでもあった。ちなみに、優菜は携帯電話でなにかのブログを見ては隣の席のメンバーに内容をしゃべり、爆笑していた。

春都はメンバーと親しくなり、かつ必要な情報を得るために同乗していた。座席は前から3番目の右側、通路を挟んで左側に高嶺はるかが座っている。

高嶺はグループ内での影響力がある存在で、かつ優菜と仲がよい。ターゲットの心を動かすためにはその友人は欠かせない存在である。特に女性の場合はなおさらだ。女性というものは社会性が高く、友人の意見によって考え方を規定してしまうことがあるからだ。具体的にいうと、「あの人、アナタが好きだよ絶対」「あの人、結構かっこいいじゃん」友達のそうした言葉はあらゆる方法のなかでも、一・二を争うほどの破壊力がある。女性は噂を信じやすく、またハタからの評価を気にしやすいからだ。

なので、春都はターゲットの女性の最も仲の良い友人をコントロールすることを常に重要視していた。今回の場合は高嶺がそうである。

 「すいません。僕の隣に座ってもらって。すこし話をさせてもらいたかったもので」」

 そういって、声をかける。瞳を見つめて無邪気な笑顔を浮かべるのも忘れない。ターゲットである優菜はまずいが、その友人の高嶺ならばかまわない、そう思っていた。要するに春都は高嶺から自分へ、男性としての好意を持たせるつもりだったのだ。クライアントの手前、本気にさせるわけにはいかないが、淡い気持ちくらいは抱かせてもいい。そして自分の思うように動いてもらうつもりであった。

 春都は仕事のさい、ごくたまにこうした方法を取ることがある。ターゲットの女性の友人に自分への恋心を持たせるのである。

 春都は他人の恋を成就させるノウハウをもっている。好みを探りだし、それにあわせて外見を変え、行動を制御し、的確な言葉を紡がせる。それを自分に応用すれば、女性の気持ちを掴むことは比較的容易だった。女性をコントロールするには自分を好きにさせるのが一番であることは知っていた。

 しかし正直言って、春都は気が進まなかった。いくら恋愛がくだらない錯覚だとはいえ、相手の感情が芽生えるのは確かなのだ。罪悪感をもつなというほうが無理だ。だから有効ではあるがほとんどやらない。

だが今回は別だ。なにせ難易度が高い。それにこれで最後の仕事だ。最善をつくすしかない。高嶺には仕事が終わってから出来る限りのフォローを入れるつもりだった。

「気にしないでください! インタビューですよね?」

 高嶺はそんな春都の思惑など知るはずもなく、真面目に答える。高嶺は小柄なので、座っていても自然と上目遣いの視線になる。大きな目と長いまつげと形のよいアヒル形の唇がより際立つ。

「いや、インタビューってほどのことじゃないですよ。まぁ、雑談のつもりで」

「はい。どうぞ!」

 高嶺は胸を叩いて、春都のほうに大きく体を向けた。

 春都の情報によれば、たしか高嶺は20歳で21歳の優菜より年下のはずなのだが、天真爛漫な優菜と比べて随分しっかりとした印象を受ける。春都への接し方も実直で丁寧、それでいてハキハキとした朗らかさもあった。優菜が『天真爛漫』だとすれば、高嶺は『一生懸命』そんな四字熟語を思い浮かべる。

「なんか、高嶺さんは元気ですね。えーっと、じゃあもう白状しちゃいますけど、僕、実は最近までフライデーさんのことあんまり知らなかったんですよ。」

 これは本当だった。

フライデー13は、現在、日本国内で最も人気のあるアイドルグループであるといえるだろう。敏腕プロデューサーの前谷がオーディションから営業戦略、マネージメント、楽曲の提供まで行っているフライデー13は13人の少女で構成されるグループで、結成からすでに4年になる。メンバーはそれぞれに熱狂的なファンの多い美少女集団で、ダンスや歌唱力にも定評があり、あらゆる年齢層に愛されている。楽曲は出すたびにチャートの上位に上り、テレビでメンバーの姿を見ない日はないほどである。

と、春都が渡されたデータには記載されていた。

「えー、そうなんですか?」

高嶺は丸っこい目をさらに丸くして春都を見つめた。気を悪くするかな、とも思ったが、特にそういう気配は感じられない。

「最近まで海外にいたので」

「あー、そうですよね。私たちも、人気出はじめたのが去年くらいですから。しょうがないです。海外の知名度も全然ですから。まだまだです」

海外にいた、というのは半分嘘だった。春都は仕事でよく数週間単位で行くこともあるが、春都の活動の拠点は現在日本である。ただ、日本のメディアやカルチャーは情報としてしか知らない。だから

「いえ、一応グループ名とか、曲のタイトルとかは知ってましたよ?」

 その程度の知識しかなかった。

「それだけでも嬉しいです!」

「あ、でも今回、仕事のこともあって、少し前からPVとかコンサートビデオとかみてるうちに、なんだかファンになってきました」

 これはほとんど嘘だった。たしかに昨日仕事の情報を受け取ってから、予習をして、メンバーの公表されているプロフィールや楽曲は全て記憶しているが、ファンになるというほどではない。ただ、思っていた貧困なアイドルというもののイメージより頑張ってるんだな、そんな風に感じただけだ。

「ほんとですか~?」

「ほんとですよ。それに今日実際会ってまたイメージ変りましたね。なんというか、ステージとかテレビでは輝いて見えるけど、接してみると意外と普通の可愛い子って感じで。だから、すごい頑張ってて、プロなんだなーと思って。それに高嶺さんなんか、元気だし、しっかりしててすごいなーとか…」」

 女性と親しくなりたいときに、相手を褒めるのは基本中の基本だ。しかし、これもただ褒めればいいというものではない。事実とまったく違う心にもないことを言うと必ずボロが出る。相手も自分のことは分かっているからだ。ポイントは相手が自分でも意識していて評価されると喜ぶポイントを的確にかつ、下心を感じさせずに褒めることにある。少し照れてみせるのも本音であることをアピールできて効果的だ。 

 「そうですか!? 嬉しいです。ありがとうございます!」

 高嶺は顔を赤くして、勢い良く、ペコリを頭を下げた。

 あわせて春都も顔を赤くして答えてみせる。

 「あ、いや、すいません。なんか、僕も、可愛いとか変なこと言っちゃって。口がすべりました」

 しばらく二人で照れあったあと、ふたたび春都が口を開く。

 「じゃあ、質問に入りますね?」

 とりあえず、ある程度の好感触は得られた。春都としてはより深く掘り下げる予定である。

 「はい。あの…わたしはいいですけど、さっきから思ってたんですけど。桜木さん、大丈夫ですか?」

 ふいに高嶺が春都を覗き込み、心配そうに声をかける。じっと、春都の顔を見つめる瞳にはたしかに心配そうな色が滲んでいるように見えた。

 「? なにがですか?」

 春都はさっぱりわからなかった。なにかこれまで手順を間違えただろうか。そんな風に考える。時間にして一秒程度であるが、春都は虚をつかれてめずらしくきょとんとした表情を浮かべた。

 そんな反応を見た高嶺は通路を挟んだ座席から身を乗り出し、小声で耳うちをしてきた

「いや、なんだかすごく疲れてるみたいですけど」

 なに?

 高嶺の言葉を聞いた春都は動揺してしまった。もちろん表面には出さないが。

 そんな、馬鹿な。

こうした思いが脳裏をめぐる。

 たしかに、僕は疲れている。なにせ仕事の関係で一昨日からほとんど寝ていないのだから当然だ。

「そんな風に見えますか?」

「はい、なんだか眠そうです」

 高嶺は小首を傾げて答える。

 たしかに眠たかった。しかし、それを人に見破られるというのは春都にとって異常事態だった。幼少のころより、仕事のための修行を積んだ春都は自分の外見や印象をコントロールする術を習得している。演技力はもとよりメイクアップ技術や自己暗示などである。これまでも素人に隠そうとしている本心を見破られたことは無い。今回に関していえば、メンバーに好印象を与えるために疲れている印象は消し去っていたはずだった。

 「…どのへんがですか?」

 目の下のクマだって消したし、言動も普通にしていたはずだ。

 「んー。なんとなくです」

 しかも、なんとなく、という理由で。たとえば心理学の専門家や、あるいは同業者に見破られるのはわかる。だが、高嶺は違う。おそらく人が嘘をつくときの生理的な反射行動の種類なんて一つも知らないであろう彼女が、なんとなくで春都の嘘を見破ったのだ。

 この女は一体何者だ。

 「はは…ばれましたか。実はものすっごい眠いです」

 春都は動揺を隠して正直に答えた。かたくなに否定してもしょうがないだろうという判断だった。それに疲れていることが見破られたからといってたいした問題にはならないという思いもあった。

「あ、やっぱり。わたしそういうのなんとなくわかるんですよ」

「すごいな。なんか恥かしいです」

「いやー。眠いのはしょうがないでよー」

 高嶺は気さくに笑いかける。当然だが、春都の動揺など知るはずもなく、無邪気なものだった。

「あ、だからですね」

 高嶺はさきほどのように身を乗り出してささやく。

「私はいつでも大丈夫なので、今日はやめにして、着くまで眠ってても大丈夫ですよ。起こしますから」

 なるほど、さっきから小声で話しているのは、インタビュー小説を書く仕事を持つ(ということになっている)桜木への気遣いだったのか。春都はそこに思い至った。たしかに、このバスには前谷も乗っている。桜木が仕事もせずに寝ていては印象を悪くするかもしれない、そう考えてくれていたようだった。だから誰にも聞こえないように喋っていたのだろう。

「あーっ…えーっと…」

 これはびっくりだ。まさかこの僕が、僕が受けるようにコントロールしていない心遣いを受けるなんて。春都は連続して遭遇した慣れない事態にどう対応するか考えた。

「あっ、もしスケジュールの関係とかで、眠いのすごく我慢してどうしても今日やろうとしてたんなら、生意気言ってごめんなさい」

「いや…スケジュール的には大丈夫です。じゃあ、すいません。お言葉に甘えて」

 春都は一端、高嶺の提案を受けることにした。と、いうのも危険を感じたからだ。いくら単純な眠気、という心情でも、それを看破した高嶺は警戒すべき存在であるといえた。しかも、春都は今コンディションがよくない。無理は禁物だと考えた。

「はい。じゃあおやすみなさいです」

 春都は目をつぶり、寝たふりをしながら考えた。

 今回の仕事、色々考えるところがあるな。

 前谷の依頼動機、まだ会ってないニートの杉村幸太の改修方法、彼と優菜の距離を縮めていく方法に、そしてこの高嶺について。

 様々な方向に思考を走らせているうちに15分が立ち、バスはスタジオに着いた。

 トントン。

 春都は肩を叩かれているのに気づく。眠ってはいなかったが、起こしてくれるといった高嶺だろうと予想はついた。

「ふぁ~あい?」

 欠伸をしつつ、起きたフリをしようと顔を傾けると、左頬に柔らかい冷たい感触があたった。。

「おはようございます」

 やはり高嶺だった。冷たく感じたのは栄養ドリンクのビンである。

「あぁ…すいません。これは…僕に?」

 春都は目をこすりつつ、尋ねた。

「はい! どうぞ! これききますよ」

 高嶺はハキハキと笑顔で答える。その口調と態度からは春都の能力をもってしても、自分を良く見せよう、『桜木』に好かれたいという感情が、ほんの少しも読み取れなかった。純粋な「親切」だった。0・1%もくもりのない完璧なる気遣いだった。

 それはこれまであらゆる人間の心を読み取り、操ってきた春都にとって、稀なことで。困惑してしまう。

「あ、えっと、あの、ありがとうございます」

 だから春都は、らしくなく、素で、自分でしようと思っていない反応をしてしまった。自己分析によると、脈拍、体温に若干の上昇が感じられる。これではまるで僕が照れているみたいじゃないか。

「いえいえ。じゃあ私さきにおりますね」

 トタトタとバスを降りていく高嶺をみて、春都はため息をついた。疲れがピークだったせいもあるが、どうも彼女にはペースをみだされてしまう。

「困った…」

 ただでさえ、難しそうな仕事なのに、あんなヤツがいては余計に面倒くさいではないか。春都は先のことを考えて、ため息をついてつぶやいた。

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