序章
寒さが身に染みる午後11時、冬の空
こたつとみかんをほおばりながら、今年もあと数日で新年を迎える。
桐原竜司は冷蔵庫から牛乳を取りだし飲み干す
結露によって外は見えないが、イルミネーションの赤、青、黄、緑がランダムに点灯していることがわかる
かすかに聞こえる賑やかなBGMはこの部屋とは別世界のようだ
パソコンとヒーターの音が響く、6畳一間の簡素な部屋
キッチンはなく、ユニットバスはあるが、洗濯機は外の玄関横だ
部屋の半分を占める布団に寝転がりながら、2台のパソコンの液晶を眺める
先日購入した最新式のパソコンには、近年開発されたOSがダウンロードされている
桐原竜司は時計を眺めた
「11時か…そろそろ時間だな」
桐原竜司はゆっくりとパソコンを眺めながら、キーボードの側面に新しく追加されたボタンを押した
液晶画面にログイン画面が表示される
桐原竜司はIDとパスワードを入力した
液晶画面には、<メテオドライブ>と表示されている
カーソルをタイトルの下にあるスタートへ近づけた
「さてと、仕事をしますか」
桐原竜司の仕事は、オンラインゲームのバグチェックである
オンラインゲームにログインしてシステムエラーを確認し担当者に報告する
ほとんどの場合テストデータでゲームをすることになるため、シナリオを最後までみることはできない
基本事項として同じゲームを5周することで納期を完了したことになる
しかし、給料は割高だ
紹介してくれた友人には感謝している
「りゅうじ…狂気の沙汰だな、お前、それで何回目だ?」
桐原竜司は、声を聞くまで部屋に人が入ってきていたことにすら気づいてなかった
時計は1時を指している
「窓けん、今日はあがりか?」
桐原竜司が窓けんと呼ぶ男
小窓建屋、通称、窓けん
「ああ、今日は親父が上機嫌でさ
システム構築も概ね固まったから今日は上がりだわ
しかし、本当にあの親父はいつまで働くのかね?もう、60歳のじじいだぜ?
末っ子の俺は会社を引き継ぐ必要ないじゃん
それは、兄ちゃんの仕事だし」
窓けんは、座布団を押し入れから引っ張り出して部屋の僅かなスペースを陣取る
「窓けんはいいよな、将来の心配なんてないだろ?都市のサイバーネット化で一躍トップ企業の仲間入りをしたKomadoシステムの御曹司様だからな」
「ははは、辞めろ辞めろ
俺たちまだ、18歳だぜ?金の話を語るにはまだ遠い未来だって
だいたいさ、俺にシステムのノウハウを伝えてどうするんだってのって話だろ?そりゃ留学で兄ちゃんたちがいなくて教える人がいないのはわかるけどさ」
桐原竜司は手を止めて窓けんを眺める
「来年からは大学生になる、これでもっと仕事ができる
大学なんて学歴の道具でしかないからな
ここからが本番だ」
窓けんは桐原竜司が気づかない間に、ポテトチップスを食べていた
「てかさ、りゅうじは何で大学にいくんだ?お前なら親父もよろこんで引き取ってくれるぜ?」
桐原竜司はまたパソコンに視線を移しながら
「は?そんなの耐えられる訳ないだろ?俺は窓けんの父さんには感謝してるけど、あの兄弟が将来的には会社を継ぐわけだろ?だいさんならいいけど、とらじさんは正直、無理だね」
窓けんは小さく笑った
「確かに、りゅうじととら兄は絶対に合わないよな
あ!それよりこんなどうでもいい話をしに来たんじゃないんだよ
これをみろ!!!!」
そこには、パッケージに包まれた真新しい四角い箱
タイトルがみえる
「6人の騎士」
窓けんは満面の笑みでタイトルを読み上げた