回想と携帯小説と
……あれから流されるように三年の月日が経った。
今では地元の食品製造会社に就職し、仕事先は自宅からニ十分程度の場所に落ち着いた。
相も変わらず高校でも利用していた寂れたバス停に座り出勤をバスを待つ毎朝。
小さな携帯片手に、携帯小説を読みながらバスを待つのが朝の日課となった。
今日も出勤のバスを待っていると、遠くから昔と変わらない学校の朝礼を知らせるチャイム。
とそこに、雨の中を傘もささずに慌て走り去る初々しい女子校生の姿があった。
私は彼女を視線で見送りながら、不意に忘れかけていた同じ景色を、いつの間にか回想していた。
帰路、部活帰り。
所々濡れてそれと湿気の制服のベタつく肌触り。
雨で舞い上がったコンクリートのむせかえる匂い。
灰色によどんだ足早に流れる雨雲。
雨宿り、乾いた地面が傘の雨水で黒く変色する様。
水溜まりを蹴散らしながら走り抜け去ってゆく大型車の大きな騒音と水しぶき。
身震いするぐらいのすこし冷える体温。
どれもこれも忘れられないあの日の出来事を連想させた。
その日も同じようなすぐれない天候だった。
同じバス停でその日も小さな携帯小説を携帯で読んでいた私。
そこに、いったいどのような経緯だったか、見ず知らずの彼に唐突に声をかけられた。
どんな風にどんな要件で声をかけられたのか、内容はまったく覚えていない。
けど、携帯小説を同時に読み終え読後感で満たされていた私は、目のやり場を失いどこか気まずさを覚えた。
つい昨日、転校してきたばかりの同じクラスメイトだが名前も定かでない。他人に等しい二人だけの空間。
“誰とどうなるかまったくわからないし、”
気まずい沈黙は若い二人を不安にさせた。
きっとそれが前提にあって、その時私は彼になにかしらの愛想笑いをしたのだと思う。
そんなこんなでお互いは、短い会話をはじめた。
「さっき携帯小説読んでたの?」
彼が発したのは、不安に満ちたすこし震える声。
そして今にも途絶えてしまいそうでありきたりな会話から、それが今度ドラマ化されるとか、××の台詞が一番好きだとか、会話は重なり重なり、いつの間にかお互いの口調は不思議と弾んでいた。
遠目から私達を見た人々きっと、仲のいいカップルだと勘違いしたに違いない。
別れ際に明日は予定すらも意気投合しながら、一度自分のアドレスを紙で書いてそれを直接打ち込んで、それを送信してやっとアドレスを交換して、その頃にはバスは到着して、その日二人はまた明日といい、笑顔で去っていった。
今になっても、思い返す度に勝手に笑みがこぼれる。
思いだし笑いなんて周りから見たら危ない人に思われるだろうから、笑いを抑えようとする。
だが、やっぱりニヤケ面がとれなず思わず吹き出してしまう。
彼に告白する前までは頻繁にしていたメールの交換。
だが彼がいなくなって以降、気まずさが残ったまま彼には一度もメールを送っていなければ、もちろん彼から一度もきていない。
こないだの同窓会も彼の連絡先を誰一人知らず、とうとう彼が姿を表すことはなかった。
私は不意に、今では全く使われなくなった彼のアドレス帳を開いてみた。
たくさんのアドレスに混ざった何のヘンテツもなく未だ変わらない彼のメールアドレス、電話番号、名前。写真も載っていなければプロフィールや誕生日も載っていない。
ただ、アルファベットで連ねられた彼のメールアドレスにその日初めて何かの意味があると携帯をいじりながら気づいた。
merutomoni-kataomoi@×××.××.××
メルトモニカタオモイ
メル友に片想い
私は他人行儀のように、
“片想いとは誰のことだろう”
次に、
“片想いのメール友達が私のことであれればいいな”
と、率直に思った。
だが、私は直ぐ様邪念を振り払うように首を横に振った。
そしていつものように彼宛の送りもしないメールの作成を始めた。
どうせいつもみたいに送信しないのに、どうせ作ったメールは後々消去するのに。
頭ではわかっているのに、指が自由気儘につらつらと彼宛のメールの文章を連ねてゆき、三分もすれば五百字もある文章は楽々と出来上がってしまっていた。