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真価

 第二節、札幌ファイヤーズを地元ネピアスタジアムに迎えての三連戦もデーゲームで行われる。村山が唯一心を許す仲間達が観戦にきてくれることは期待出来ない。仙台でのナイターは四月の中旬、第七節までないと訊いている。

 合流して日の浅い村山だった。チームメイトも球団スタッフも早く馴染めるよう、色々と配慮はしてくれる。監督の方針で全体練習の参加機会がなかったため、教育係には捕手の辻が指名され開幕三連戦のホテルでは同室となった。打者心理やピックオフプレイの講義を、球界のよもやま話を混じえて語る36歳のベテラン捕手は陽気な男だった。ただ村山が地元仙台の出身だと知るとやはり震災や津波が話題に上る。それが好奇心によるものではないにせよ、本人にとっては思い出したくない記憶でもある。何も訊かず全て知り尽くしたかのように――まるで旧知の友人を迎える自然さで受け入れてくれたボランティアの仲間達――たった四日前に別れた彼等と過ごした日々が如何に貴重なものだったのかを改めて感じる村山だった。

 「叔父さんのところへ行ったらどうだ?」そんな伊都淵の勧めには従わず、球場近くのビジネスホテルを定宿にすることにした。シングル一泊朝食付4800円のそこが年俸500万円の自分には相応しいと思えたからだ。体格も一般人と変わらず、まだ顔も売れていない。気づかれることはないだろうと考えていた。


 「契約金1億、年俸1200万の高橋は自信喪失でファームの試合にも出てないんだって?契約金泥棒もいいとこですね」

 「期待が大き過ぎたんだろう、あのまま潰れちまわなきゃいいんだけどな」

 ブルペンの裏でバッテリーコーチの西山とセットアッパーの中根が話していた。走攻守三拍子揃った即戦力との触れ込みでドラフト1位入団をした大学No.1外野手のことのようだ。彼は若い、一度どん底まで落ちてしまえば後は這い上がるだけだ。ちょうど去年の僕のように――村山の胸中をよぎるのはそんな思いだった。

 先発が早い回で降りてしまえば忙しくなるここも、裏ローテの一番手、フランクリン投手の出来が良く5回までファイヤーズ打線を1安打無得点に封じ込めていた。入念なストレッチを続ける村山に中根が声をかける。

 「お前はヤツの契約金の10分の1、年俸も3分の1なんだろ?」

 「ええ、そんなところです」

 「監督の言うとおりセーブ王(最優秀救援投手)でも取るようなら一気に十倍増も夢じゃないぞ、いいなあ若者は可能性があって」

 「それ以上の年俸をもらってるお前が言う台詞かそれが。それに村山はあまり若くもない」

 返答に困っていたところをトレーナーの大久保に助けられる。ブルペンに設置された電話のランプが赤く光り、着信音が鳴り響いた。キャッチャーミットに収まるボールの音が大きく反響する屋内ブルペンでは大音量でないと気がつかない。試合展開が荒れたものだった場合、出番を予想して肩を作る救援投手も居るのだが――フランクリン投手の突然の乱調はパイレーツベンチはもとより、ブルペンにとっても晴天の霹靂だった。

 「おい東、仕上げておけ。お前もだ〝いつでも行けるようにしておけ〟とさ。出番がありそうだぞ」

 左のワンポイント東と中根に西山の声がかかる。「よーし、いい球だ」ブルペン捕手の大声をさらに上回るどよめきがスタンドから漏れてきた。点差が縮まったのだろう。汗を吹いた東がブルペンを出て行く。

 東の登板にファイヤーズ代打の代打を送った。切り札的存在、右のスラッガー首藤がコールされる。

 「まずいな……監督がご機嫌斜めだ。次、行くぞ」

 「はいはい、お仕事お仕事。と」

 緊張感とは程遠い口調だったが、中根の投げるボールに力がこもり出す。ブルペンのテレビに映る地方局の中継画面には4-3のスコアがクローズアップされていた。

 「おいおい、押し出しかよ……」

 ため息を漏らす西山を電話が急き立てる。

 「いや、ちゃんと仕上げて送り出してますって……ええ、それはもう――」

 受話器を離した耳を指でほじる仕草から、電話の向こうが怒声だったことが伺える。

 「頼むぞ、お前までもが押し出しのフォアボールを出してくれた日には、シーズン早々の配置転換が俺を待っているんだ」

 西山は悲愴な顔と声で中根を送り出した。

 「おい通訳、デンゼルにもアップしとけって伝えてくれ。ハリーアップでな」

 雲を突くほどの大柄な黒人投手が立ち上がり、職員が均したばかりのマウンドでウォーミングアップを始めた。

 「村山も……お前はいいか……」

 「ええ、僕はあちらで2~3球投げれば」

 テレビ画面に映るスタジアムのマウンドを指差して村山が答えた。

 「なんとか九回までリードを保っていてくれよ、でないと俺が監督から大目玉だ」

 大写しになった中根に向かって手を合わせる西山の顔には、東北の早春に似つかわしくないほどの汗が噴き出している。

 「3アウト!パイレーツ、ファイヤーズの猛攻をなんとか凌ぎ切りました。今のボールは?」

 実況アナの問い掛けにパイレーツOBの解説者遠藤が答える。

 「アウトコースを狙ったスライダーがインコースからど真ん中に入ってきましたね、バッターが力み過ぎてミスショットをしてくれたんです。冷や冷やしましたよ。キャッチャーの下條も〝やられたっ!〟と思ったんじゃないですか?」

 ふう、とテレビを見ていた西山が大きな息を吐く。

 「9回は上位打線か……左左と続くからデンゼルが呼ばれるんだろうな。給料分ぐらいの働きは見せてくれよな」

 黒人投手のウォーミングアップに目を遣った西山の眉がダラリと下がる。球は速いが球道定まらずの様子でブルペンキャッチャーのミットが上下左右へと忙しく動いていた。

 「おーい通訳さん、デンゼルにどこか悪いのかって聞いてくれ」

 フェンス越しに二言三言話し掛けた通訳が西山の許へ戻ってくる。

 「マウンドの傾斜が合わないと言っています」

 「勘弁してくれよ、ここの傾斜はグラウンドと同じなんだぜ」

 まだ下がる余地があったのか――西山の眉はヘの字を通し越してハの字を描く。悪いとは思いつつ村山は失笑を隠せないでいた。


 追い縋る相手を突き放したかった8回裏パイレーツの攻撃は、相手のセットアッパーにクリーンアップが三者凡退に倒れ0点。先攻したパイレーツ、追い上げるファイヤーズ、どちらのチームにも落とせない試合展開となっていた。

 西山の予測通り、ファイヤーズの勢いを止めるべく9回表のマウンドに送り込まれたのはデンゼル投手だ。左左と続く上位打線、どちらかを打ち取ってくれれば村山で後を凌ごうといった星屋監督の目論見は、先頭打者にストレートのフォアボールを与えた時点で脆くも崩れさる。ノーアウト1塁、続く三番打者は安打製造器の異名をとる原田だ。マウンドの土を蹴り上げ「Shit」とか「Fuck」とかを繰り返すデンゼル投手だが、ベンチの奥、憤懣やる方なしといった表情で腕組みをした星屋監督の心中も同様だったろう。イニングの先頭打者を四球やエラーで出した場合、得点となる確率は非常に高い。星屋はミーティングの際、救援陣に口を酸っぱくして言ったものだ。通訳が付いているのだからデンゼルにも伝わっているはずなのだが……フランクリンの好投が続くものと信じていたパイレーツベンチは、ポイントゲッターの荒井とウィルソンを守備要員と交代させており、勝ちパターンの継投で使う東と中根も降板させていた。追いつかれたら勝ち目はないな――出来れば使いたくなかったのだが仕方ない――星屋は腹を括った。

 「村山だ」

 ピッチングコーチの有馬の顔も見ずにそう告げるとウィンドブレーカーを脱いでベンチを飛び出した。

 『ピッチャー、デンゼルに変わりまして村山一途、背番号68』

 場内放送の後、観客席から大歓声が沸き起こった。たった一度の手品の如き牽制に魅せられた観衆は『一年通して上に居ればセーブ王も』と言った星屋の言葉に大きな期待を賭けていた。打者への投球が一度もない投手への期待としては過剰とも思えるものだったが昨シーズン、プレイオフ進出の夢を打ち砕いたにっくきファイヤーズが相手となれば、その盛り上がりも無理からぬことだったろう。

 ホームゲームでは、それぞれの選手がテーマ曲を選んで登場のBGMとしている。村山は伊都淵がよく調子っ外れに歌っていた21Gunsを選んだ。「君は廃墟に立っている。武器を捨てよう、もう争いを止めよう」という和訳を訊いてこれしかないと思ったのだ。

 外野席下に設けられたブルペンから電動カートに乗った村山が出てくると歓声は一段と大きくなった。POWポウPOWポウのコールはドーム型球場の天井までをも共振させるようだ。観客が掲げた手製のプラカードには『Pick-off- Wizard(牽制の魔術師)』と書かれている。気の早いファンの命名なのだろう。

 初対戦の場合、その勝ち方、或いは負け方がシーズン通しての相性となってしまうことが多い。開幕して4戦目とはいえ、既に双方のベンチは総力戦の様相を呈している。ファイヤーズも福島を代走として送り込んできていた。代走のみで盗塁王のタイトルを獲得した〝足のスペシャリスト〟である。『何がなんでも同点に』といった決意の現れなのだろう。そしてパイレーツベンチからは辻が小走りに出てくる。やはり座布団を二つ折りにしたようなミットを抱えて。

 「いよいよ話題のピッチャーの登場ですね。遠藤さんは村山の初登板はご覧になっておいででしょうか」

 「ニュースで観ました、凄かったですね。ただ今回のランナーは一塁。ターンを必要とされる牽制になる訳ですし、ランナーは福島でしょう? 警戒はしていると思いますよ」

 「ワンヒット同点を狙っての代走起用ですから当然走ってくるんでしょうね」

 「福島はピッチャーのクセを盗むのが天才的ですからね。それに今回はノーアウトのランナーです。村山君が打者にどんな球を投げるのか、私はそちらにも非常に興味があります」

 実況席でそんな会話が流れる中、スパイクで足元を均す村山にピッチングコーチの有馬が言った。

 「ランナーは福島だ、速いカウントで絶対に走ってくる。辻の肩で二塁は刺せん。先ずはあいつを殺してくれ」

 殺す――物騒な言葉だがこの世界では単にアウトにするという意味で使われる。

 「分かっています。吉岡さん関口さん、宜しくお願いします」

 村山は守備固めに入っていた一塁手と三塁手にそう告げた。

 「あの……俺は村山さんより年下ですし呼び捨てでいいですから」

 恐縮する吉岡はそう言って三塁キャンバスへと駆け戻る。

 「頼んだぞ」と言って有馬がベンチに下がると、村山はキャッチボールのような投球練習を始めた。そして3球投げたところで主審にプレイを申し出る。

 「まだノーアウトなんですが、村山は状況が分かっているんでしょうか?」

 「そうですねえ……よしんば、また手品みたいな牽制で福島を刺したとしても、その後二人の打者を打ち取らねばいけない訳ですから……あの投球練習から想像するとナックルボーラーなのかも知れませんね」

 先のゲームで村山の牽制の瞬間を見落とした黒岩と同じ轍は踏むまい――ウォーミングアップをする村山の手元をじっくり見ていた遠藤は、ボールの握りからその可能性を示唆する。

 「ほお、珍しいですね。日本人のナックルボーラーは」

 「あれは爪でボールを弾き出すように投げる訳ですからね。爪の強い欧米人には投げられても、そうでない日本人には難しいと思うんです。しかも、ここはドーム球場で風の影響を受けにくい。〝フワフワ揺れてナンボ〟のナックルボーラーには向いてないように思えるのですが……まあ、見ていましょう。星屋監督の言う〝牽制だけの投手ではない〟のかどうかを」

 村山がセットポジションに入った。福島がするすると塁を離れるが先のビデオで見ているだけにややナーバスになっているようだ。いつものようにアンツーカーから両足が出るリードではない。

 村山は素早いターンから一塁へ牽制球を投げる。ワンウェイリード(帰塁を前提にしたリード)の福島は余裕でセーフになる。しかも、一塁手の関口はボールをこぼしていた。

 「ターンは素早いですね、鳥取セネターズの前原並みです。ただ送球が遅い……あれでは福島を刺すことは不可能でしょう」

 解説者の声が聞こえたかのように福島がリードを広げた。アンツーカーに片足がかかる。首を捻って走者を見るでもない村山の様子に、牽制のサインはキャッチャーが出しているのか? と視線を振った瞬間、矢のようなボールが飛んできた。

 「アウトーッ!」

 滑り込む余裕すらなかった。ピッチャーはいつターンしたのだろう? 目の端ではその動きを捉えていたはずなのに……福島を混乱が襲う。

 「何……が、起きたんでしょう? お分かりですか? 遠藤さん」

 「いや……ピッチャーから目は離してなかったんですが、よく……プレートを外したまでは見ていたのですが……」

 観客席もファイヤーズベンチも、実況席までもが前回と同様の反応を示していた。一体、何が起きたのだ、と。

 「スローが出ます」

 実況アナの声に遠藤の目はモニタに釘付けとなる。画面に映る村山はプレートを外した瞬間、バックハンドで一塁へと牽制球を放っていた。振り向くこともなく――

 「何なんだ、一体……どうしたらこんなことが出来るんだ……」

 解説者という立場を忘れ、遠藤の呟きは独り言のようになっていた。

 「ボークでは……ありませんか?」

 アナウンサーの問い掛けに遠藤は我へと返る。

 「プレートを外している以上、バッターへの投球でない限り反則投球にはなりません。しかし信じられません、テイクバックなしで振り向きもせずにあんな牽制が出来るなんて……彼は後ろにも目がついているんでしょうか」

 試合後、星屋によって種明かしされる魔法の実態はこうだ。村山は予め三塁手にランナーがリードの頂点まで出たらグラブを立てて知らせてくれと言っていたのだ。それがランナーに目を遣らなかった理由で、プレートを外す足を三塁と一塁を結ぶ直線上に置き、それと並行して手首を振ることによって左右にブレることなく正確な牽制球を投じることが出来たのだった。もとより手首を振るだけで放たれるボールに高低の狂いはなく、集中さえしていればベースの上――胸の高さに富んでくるボールを一塁手が取り落とすこともない。

 ファイヤーズ監督新谷が抗議を諦めてベンチに下がると、改めてプレイがかかった。〝固唾を呑む〟球場内の雰囲気は正しくそれだった。試合が延びたナイターで鳴り物を使った応援に制約があった訳でもないのに、ファイヤーズ応援団の陣取るライトスタンドも静まり返っている。次はどんなイリュージョンが見られるのだろう、そんな興味に覆い包まれているようだった。

 胸の前にグローブを置いたノーワインドアップポジションから村山の投球動作は始動した。気負いのないフォームから放たれた初球は、真ん中低めに構えた辻のミットに収まった。

 「ストライーク!」ややあって主審の右手が上がる。

 「152km/hです。速いですね」

 「ええ、この時期にしては……おかしいな? ナックルボーラーではないようですね」

首を傾げる遠藤だった。サインの交換をするでもなく村山は二球目を投げ込む。原田のバットがあえなく空を切った。

 「ストライーク!ツー」

 バッターボックスを外し素振りを一度くれた原田はしきりに首を傾げていた。バッティンググローブのマジックテープを締め直して打席へと戻る。ホームプレートの隅を軽くバットで叩くルーチンを終えると構えに入った。プレイの声がかかり村山は三球目を投じる。

 「ストライーク!バッターアウトッ!」

 首を傾げてベントへと戻る途中、ネクストバッターズサークルの四番垣内が原田に訊ねる。

 「真っ直ぐか?」

 「だと思うんですが、どうも……」

 「頼りない返事だな。確かに33歳のルーキーにしては速い球を投げるが、プロを舐めてもらっちゃ困る。俺がガツンと洗礼ってヤツを味あわせてやろう」


 「真っ直ぐですか?」

 実況席でもアナウンサーが同じ問い掛けをしていた。

 「いやあ……なんだか伸びたようにも沈んだようにも見えて……スピードガンの球速表示から判断すればストレートなんでしょうが……あれっ?」

 「どうしました?」

 「いや、この村山君の握りを見てください。これはクソ握り――失礼、鷲掴みで投げてませんか? それであの球速なのか……いやはや先ほどの牽制といい全く信じられません。何故、今まで注目されずに居たのでしょう、これほどピッチャーが」

 放送席でのそんな会話が交わされる中、垣内は三度振って三度ともバットにかすりもせずの三振で試合は終わっていた。

 「なんだ、あのザマは。万年Bクラスのぽっと出のルーキーにいいようにあしらわれて」

 ファイヤーズベンチでは監督の怒号が響きわたる。

 「動くんですよ、あの球速で。それも沈んだかと思えば伸びるし、右に滑ったかと思えば食い込んでくる、スピットボールじゃないでしょうか」

 ボールに唾や整髪料をつけるなどして投げる不正投球のことだ。垣内の主張に使用済み試合球が集められたボールを調べようと足を運びかけたが思い直してベンチに戻った。もしそうだとしたら現行犯で赤っ恥をかかせたやった方が効果的だとでも考えたのだろう。

 グラウンドでは戻ってくる野手を一人一人迎えた村山が辻に肩を叩かれながらベンチへと戻ってゆくところだった。星屋の暑苦しい抱擁に顔を歪めながら、それでも仕事を成し終えた充足感を顔に滲ませていた。

 「凄いピッチャーが出てきたものです。村山一途、テスト生入団の33歳、174cm、64kg、右投げ右打ち、背番号68、黄金水産高校から黄金信用金庫……これ以外何も分かっていませんが、魔法のような二種類の牽制球と150km/hを超える球速。この調子で投げ続ければ星屋監督の言われた通り、最優秀救援投手もあながち夢ではないのでしょうね。試合を振り返ってもらいましょう。遠藤さん、なんでしょう?あの球種は」

 「握りだけ見ればチェンジアップかパームボールのようなのですが、それが150km/h

を超えるなんてことは有り得ないんです。まあ、有り得ないと言えばあの牽制もそうなんですが」

 「しかし、チェンジアップならもっと球速は落ちますよね? だから沈むのだというのが私の認識なのですが」

 「未だかつて誰も150km/hを超えるチェンジアップなんて投げたことはないんです。それがどんな変化をするかなど誰にも分かりはしませんよ。見てください」

 ビデオに映る村山のボールはブレながら上下左右に変化をしていた。垣内の打席では投じた三球のうち二球を辻捕手が落球するほどで、重力の支配を逃れたかのようなその動きに、さしもの安打製造器原田でさえ球種を特定することが出来なかったのだ。

 「私に言わせれば凄いなんてもんじゃない。とんでもないピッチャーです。今年のパイレーツは面白くなりそうです」

 POW! POW! と観客席からはヒーローインタビューに村山を出せとのコールが沸き上がる。しかしベンチから出てきたのは4得点中3打点を記録し、守備固めでラインアップから外れていた元メジャーリーガーのウィルソン内野手だった。

 「放送席、放送席――」

 お約束のインタビューが始まる中、着替えを済ませた村山は応援団の着るレプリカユニフォームに身を包んで観客に紛れ込み、一般の入退場口を抜けて球場を後にしていた。


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