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快進撃、再び

 言うまでもなく野球は団体競技である。である以上、村山の離脱が即チームの低迷にと繋がるはずもないのだが「パイレーツは8回守るだけ」と他チームに言わしめた絶対的守護神を失ったチームに、その余波はジワジワと現れてきた。配置転換を余義なくされたセットアッパーのデンゼル投手は最終イニングを締め括るには神経質過ぎるノミの心臓を露呈し、シーズン当初の制球難がぶり返したような乱調ぶり。「7イニング投げきれば仕事は終わり」といった先発陣も「より長い回を」とペース配分に腐心するあまり、序盤に捕まって大量失点というケースが増えていた。ならば得点力でカバーしようと奮起した攻撃陣も焦りが顕著になり、エース大隈投手が意地を見せて完封シャットアウトした以外、オールスター明け2勝9敗という体たらく、たった半月でパイレーツのチーム状況は〝ドン底〟まで急降下していた。気がつけば二位札幌ファイヤーズとのゲーム差は0.5 正に〝尻に火が点いた〟といっても過言ではない。

 京都にフランチャイズを置いていたパイレーツの前身球団の優勝はすでに22年前。それを知る現役選手は一人も残っていない。たった半月前、ダイヤモンドを溌溂と駆け抜けていた選手たちがその輝きを失ってしまうにはいかにも短い期間だった。一年を通じて優勝争いに身を置いたことのない選手達にとってプレッシャーは予想以上にが大きくのしかかっていた。前半戦の快進撃から誰がこの惨状を予想し得ただろう。星屋監督が眉間に刻む皺は数と深さを増していった。

 狂い始めた歯車は村山の戦列復帰なった後もすぐには戻らない。札幌に遠征したファイヤーズとの首位攻防三連戦、一・二戦は大差で落とし、エース大隈のスクランブル登板でファイヤーズ打線を0に抑えた第三戦も1点が取れない。疲れの見え始めた大隈のリリーフで、初めてセーブのつかない場面で村山はマウンドに上がった。ムラチェンジのみで三人を抑えたが、迎えた10回裏、デンゼル投手が打ち込まれて0-1のサヨナラ負けを喫する。この三連敗でパイレーツは首位ファイヤーズと2.5ゲーム差の二位に転落した。千歳ドームのベンチに置かれた冷蔵庫は、星屋の怒りの足跡でボコボコになっていた。

 チームの重苦しい空気を一掃するのはエースの力投、四番の一発、若しくは若手の台頭と相場が決まっている。だが、50試合を残して大隈に無理をさせることは出来ず、二年目の田上に「完封してこいと」いうのも酷な注文だ。ここ10試合の打率が一割に満たない四番荒井は七番へと降格している。星屋は二軍監督から強く推挙のあった青山を昇格させることにした。村山には及ぶべくもないがその強肩には定評があり、一軍に帯同したオープン戦では三つの捕殺を記録し、またチーム一のタイムを誇るベースランニングにも大きな期待が寄せられた。そう、寮のミーティングルームで打撃向上を目標に掲げたあの選手である。地元ネピアスタジアムに三位の東京バーバリアンズを迎えての三連戦、ここで負け越すようなことがあれば二位の座も危うくなってくる。星屋は藁にも縋る思いで青山を7番センターで先発メンバーに起用した。

 見せ場はいきなり2回表に訪れた。2アウト二塁からのセンター前ヒットでスタートを切っていたバーバリアンズ一の俊足栗木をレーザービームでホーム1m手前でアウトにすると、その裏なかなかモノに出来なかったスイッチヒッターの左打席に立った青山は絶妙のプッシュバントで出塁した。クイックモーションが苦手な相手投手から盗塁で易々と二塁を奪うと、一番曽我のライト前ヒットで先制のホームを踏んだ。ファームのゲームで真っ黒に日焼けした顔から白い歯が覗く。ベンチでの手荒い祝福が彼を取り囲んだ。

 青山と同期入団の田上も意地を見せる。2回のピンチを切り抜けてからは持ち味のスライダーのコントロールが安定し、バーバリアンズ打線から三振の山を築く。そうなればパイレーツ打線にも余裕が生まれ、5試合ぶりに四番に戻った荒井のツーランホームランで3-0とリードを広げた。完封ペースだった田上を万全を期して8回で下ろし、9回のマウンドには村山が上る。171km/hのストレートは封印していてもムラチェンジは健在。あっさりと三者三振でゲームを締めくくる。パイレーツの勝ちパターンが戻ってきた。

 センターから青山が全力疾走で村山の許へと駆け寄る。二安打一四球一得点の活躍は一軍デビュー戦としては上々のスタートだと言えるだろう。

「村山さんのお陰でチームの力になることが出来ました」

 瞳を潤ませて語る青山に、村山も胸にこみ上げるものを感じていた。

「僕は何もしてない。君の努力が実を結んだんだ」

 ガッチリと握手を交わし、久々の勝利に酔うベンチへと肩を並べて帰って行った


 状態がいい時はやることなすこと上手く行くものである。故障したウィルソンの代役にと一軍に引き上げた吉田が初打席初ホームラン、それも苦手の変化球への対応を見せてのことだった。それを期にチームは若返りを図る。名球会メンバーでチーム一の高給取りではあったが、足も肩も衰えていたレフトのベテラン堂島を代打要因として控えに回すことに決めた。実勢のない若手選手達は、一軍に生き残ろうと必死にプレイを続ける。そこに優勝争いのプレッシャーなど入り込む余地はなく、ポジションを奪われまいとする中堅選手にもいい意味での刺激を与えた。チームの新陳代謝は一気に進み、万年Bクラスだったパイレーツの快進撃はここに再び始まった。

 村山は年間セーブ記録の46を殘り20試合を残してあっさりと抜きさり、このまま行けばメジャーリーグの記録である62も塗り替えてしまうのではないかと思われた。しかもそれを達成した2008年のK-ROD=フランシスコ・ロドリゲス投手の在籍したエンゼルスの年間試合数はパイレーツの年間試合数より27も多い162試合。「パイレーツ以外で野球をすることはない」と明言したにも関わらず、村山を視察にくるメジャーリーグのスカウトの数は増加の一途をたどった。

 単年契約、年俸500万円の村山なら移籍金も抑えられる。100万ドルも出せば目の色を変えて飛びつくだろうとタンバリングまがいの接触を試みる代理人も居た。ただ、プロ野球への挑戦理由が支援者への感謝の表明と地元復興の旗印だった村山にとっては、その提示額も何ら興味を惹くものではなかった。


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