二枚舌
人狼。姿形は人と変わりないが、夜になると人を襲う怪物。これはそんな生物がいる世界で生きた少年の話。
ピピピピピ
朝が来てアラームが部屋に鳴り響く。
少しの眠気を感じながら僕、柳 香月はカーテンを開け太陽の光を浴びる。少し前に高校3年生になったばかりなのに、周りから受験のことを言われるのが嫌になってきた。朝ごはんを食べながらニュースを見ていると、「昨夜、人狼による被害者数は43人とのことです。皆様十分な警戒を忘れず夜を過ごしてください。」毎日人が襲われている。人が襲われることを聞くのにはもう慣れた。だけど、自分が襲われることを考えるとやっぱり怖い。そんな不安を抱えながら僕は学校へ向かうため自転車に乗る。そんな気持ちを晴らしてくれるかのように太陽の光は僕を優しく包み込んだ。太陽の光やそれに照らされた町を見ながら自転車を漕いでいるといつのまにか学校に着いていた。朝のホームルームが始まる前に今日の時間割を確認する。数学があることに絶望していると、僕の肩に何かが乗った。反射的に肩の方を見ると、友達の相澤 光汰だった。「どうしたんだよ香月。いつにも増して顔が暗いぜ」光汰が僕の肩にアゴを乗せながら話す。口を動かす度光汰のアゴが肩に刺さって痛い。「数学があるんだよ。あと、肩にアゴを乗せないでくれ。」「数学なんてほぼ毎日あるじゃねえか。理解すれば楽しいぜ。」なんて光汰と話していると先生が来てホームルームが始まった。「皆さんおはようございます。さて、1つ連絡があります。」いつもより低い声で先生がそう言った。「木村さんが人狼に襲われてしまいました。皆さん黙祷を。」またクラスメイトが減った。人狼は昼、人間のフリをしている。こいつらは人間が襲われたと聞いて何を思うのだろうか。周りに合わせ悲しむのだろうか、怒るのだろうか、自分を隠すために嘘をつく。そんなことを続けていたら僕は自分を嫌いになりそうだ。高校生3年生の1年は早いものだった。少し前に進級したと思ったらもう卒業だ。なにかやり残したことはないかと考えていると、1人の人物が頭に浮かぶ。それはクラスメイトの森水 燈だった。彼女はいつも静かで誰かと楽しげな会話を交わしている所を見たことがない。僕はそんな彼女と話してみたいと思い色んな作戦を考えることにした。だが、作戦を考えているうちに時間は刻々と過ぎていき、卒業1週間前になった。彼女と話すという目的は達成されないのかと一人で悲しんでいると、誰かの消しゴムが転がってきた。転がってきたであろう軌跡を目で辿っていくと燈さんの席へと繋がった。僕は緊張しながら、彼女に消しゴムを渡した。「...ありがとう。」急な出来事で声が出なかったのか、消しゴムを渡した数秒後にそれが聞こえてきた。初めて聞いた彼女の声はどこか寂しそうで、今にも崩れそうだった。
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私の名前は森水 燈。人狼だ。人を襲わないと生きていけない私たちは毎夜人を襲う。これが私の生き方なんだと小さい頃から理解はしていたが、襲われた事実を知った人々が悲しみに暮れるところを見るのは苦しかった。毎日パパが人を持ってくる。どうやら私はまだ人狼として未熟だから人を襲えないらしい。完全な人狼として成長するため昔から言われている言葉がある。「人間と関わるな。人間へ情を抱くな。」私はこの言葉に従って今まで生きてきた。そのせいで、私はいつも寂しかった。誰かが話しかけてくれても、私は冷たく返事をするだけ。そんな生活が小学校から続いている。高校でも誰とも話さず終わるのだろうかと考えながら授業を受けていると、消しゴムを落としてしまった。大分遠くまで転がってしまい、取りに行くの面倒だなと考えているとクラスメイトの柳 香月が私の消しゴムを拾ってくれた。初めてだった。人から何かを受け取ったことは。初めてだった人に良くされたのは。彼の優しさが私の乾ききった心を優しく潤していくのを感じた。その時私の心は潤っているはずなのに、胸の奥が熱く鼓動を打っていることが分かった。私は香月君のことが好きになってしまったのかもしれない。
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卒業式が終わり僕は家のベランダにいた。卒業したという実感の無さと、これからの人生のことを考えていると、とても眠る気にはならなかったからだ。満月が照らす町をボーッと眺めていると人影が見えた。人狼か?と思い警察に通報するか迷っていると、その人影に見覚えがあった。森水さんだ。こんな時間に何をしているんだ。人狼に襲われたら危ないと考えが頭を過ぎる前に体が動いていた。人狼に襲われるかもしれないという恐怖は彼女の元へ行くという感情でかき消されていた。
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高校を卒業した私はこれから人狼としてどう生きていくのかという不安から夜の町を歩いていた。近くの公園まで行きベンチに腰を下ろした。月の光が私の体を優しく包み込んでいくことを感じた。私が人狼だからなのか月の光は私を安心させてくれる。数分程夜の空を眺めていると私を呼ぶ声がした。「森水さん!」香月君が私の名前を呼ぶ。「こんな時間になにしてるの?人狼に襲われるよ」彼が息を切らしながら話す。「中々眠れなくて」彼と話すことに緊張して、アタマと舌が回らない。「そっか。隣に座ってもいい?君一人じゃ危ないから」「うん」彼が隣にいることで私の心臓は激しく鼓動を打ち、体は夜の涼しさが心地いいほど熱くなっていた。この機会を逃せば彼とはもう話せないかもしれないと思い私は覚悟を決め、口を動かす。「香月君。私、香月君が好き。」彼の目を見て、私は親以外に初めて心からの本音を言った。
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彼女からの言葉を聞いた僕は動揺で言葉を詰まらせていた。頭の中で必死に言葉を紡ごうとしていると、彼女が僕を抱きしめた。反射的に僕も抱きしめ返す。すると僕の首に何かが刺さる。次の瞬間僕の首に強い痛みが走った。その時僕は気づく彼女は人狼だった。今まさに食べられている状況にも関わらず不思議と恐怖は無く、僕の心には愛があった。最期に思いを伝えるため口を動かす。「僕はあなたを好きになれて良かった」僕が最期に感じたのは冷たくなっていく体と、彼女が流す涙の温かさだった。
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彼に思いを伝え彼の言葉を待っていると私は形容しがたい謎の感情を感じた。それは次第に大きくなり、私の体を支配する。私の体はその感情のまま動き気づいた時には彼の首に歯を立てていた。自分の意思で動かない体と彼を手にかけた事実で私は涙を流す。彼の最期の言葉を聞き終えた私は彼の肉を飲み込む。
美味しくない。
私は今まで人の肉を美味しくないと感じたことは無い。その時私の頭の中に言葉が浮かぶ。「人間と関わるな。人間に情を抱くな。」私はその言葉の意味をようやく理解出来た。情を抱いた人間は美味しく食べることができない。その事実に私はまた涙を流す。私は彼を抱きしめたまま朝を待った。
その夜月だけが2人を見つめ照らしていた。
翌朝、現場を目撃した通行人によって通報された森水 燈は警察に連行された。
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