第九話
文化祭2日目、校庭は活気に包まれ、中位カーストのグループが混乱していた。
健太が蓮を倒し、カーストの均衡が揺らいでいた。
SNSでは「カエルパンチ」がトレンド1位を獲得していた。
健太は優斗と屋台を回り、たこ焼きを頬張りながら「まだ夢みたいだな」と微笑んだ。
唇の傷がうずくが、胸の奥で下位カーストの意地が燃えていた。
「カエルパンチの動画、100万ビュー超えだ! 文化祭の伝説だぜ!」
優斗が興奮気味にスマホを見せる。
健太はたこ焼きを飲み込み、「なんか、恥ずかしいな」とつぶやいた。
校庭では生徒たちのどよめきが続く。
中位カーストの生徒たちが屋台の隅でひそひそと囁き、「健太が蓮を倒したってマジ?」と不安げな視線を交わした。
一方、上位カーストの生徒たちは特設ステージ近くで悠然と笑い、健太の存在をまるで無視するかのように振る舞う。
カーストの波紋が、校内に静かに、だが確実に広がっていく。
焼きそば屋台で健太と優斗が並んでいる。
「焼きそば食うか?」
振り向くと長身で、緩い笑顔と鋭い目つきの男性が、取り巻き数人を引き連れて声をかけてきた。
「えっと……どちら様ですか?」
彼は目を丸くする。
「あぁそうか。そうだね。私は3年の篠崎颯。君は佐藤健太くんだろ? 昨日の試合見せてもらったよ。なかなかトリッキーなことをするね」
取り巻きがニヤニヤと囲む中、颯は焼きそばの皿を差し出し、気さくに微笑んだ。
健太は焼きそばを受け取り、じっと相手を見つめる。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。お金はあるので」
「いや、違う違う。これは君のファンからのプレゼントだ」
「ファン……ですか」
「あぁ。まさか君が中位カーストを打ち負かすなんて、まさに武術の在り方を体現するかのようじゃないか」
「……そうですか」
「君が望むなら、俺の権限で中位カーストに引き上げてあげよう。セコンドの友達も一緒にさ」
だが、健太は静かに切り返す。
「いいえ、大丈夫です。カースト制度には興味ないので」
颯の視線が一瞬鋭くなる。
「へえ、カーストなんかどうでもいいって? 面白い奴だな」
颯がニヤリと笑い、目を細める。
「でもさ、蓮が底辺に落ちてしまったのは君が勝ったせいだ」
その言葉で健太は察する。
「……彼をどうしたんですか?」
颯の笑顔が一瞬凍り、すぐに軽快に答えた。
「ハハ、下位に負ける中位だろ? たぶん下に落ちたんじゃないか? 俺も忙しくてね。すべては把握できていないさ」と肩をすくめる。
その目には冷たい光が宿る。
健太はじっと見つめる。
「傘下って、友達ってわけじゃないんですね。俺、仲間外れにされた友達がいたら絶対許せませんから」と挑発した。
空気がピリつく。
颯が目を細めて、威圧感を放つ。
取り巻きが息を呑む中、颯は笑顔に戻り、「そうだ、体育祭で勝負しよう! 負けたらなんでも言うことを聞くってのはどうだ?」と宣言した。
取り巻きの一人が「それはちょっと……」と口を挟むが、颯は振り返らずに肩越しに裏拳を放ち、「バチン!」と顎を打ち、地面に沈めた。
もう一人が驚いて近づくが、流れるように体を回転させ、上段蹴りで頭部を蹴り上げ、「ドン!」と倒した。
「誰が俺に意見していいと言った?」と凄まじい威圧感が校庭を包んだ。
他の取り巻きがビビって黙る中、彼はすぐに笑顔に戻り、「じゃあ、お返事楽しみにしてるよ」とウィンクして去っていく。
健太は焼きそばのお皿を握りしめ、「いったい……何なんだ」と呟く。
校舎の屋上。
遠くで文化祭のざわめきが聞こえる。
健太が美咲に焼きそばを渡し、「颯に会った」とつぶやいた。
優斗が興奮気味に続けた。
「振り返らずに肩越しにパンチ、んでキックで一瞬で取り巻き沈めたぜ! すげえ速くて、めっちゃ強え!」
彼女は焼きそばを食べながら、「なるほどねぇ」と呟く。
優斗がタブレットを見ながら、「裏サイトにもアイツの情報がない。謎だらけだ」と首を振った。
彼女が胸元から手紙を取り出し、「颯から」と一言だけ言い、健太に放るように渡した。
健太が手紙を開く。
「一か月後の体育祭……颯とその四天王、5対5のチーム戦!? 美咲さん、これって……!?」
美咲はニヤリと笑う。
「あぁ。果たし状だな」
「えええええ!」
美咲は続ける。
「相手のメンバーもその手紙に書かれてるぞ」
健太は対戦カードを見る。
「小林雅琉、木村峻、嵐山豪、高橋翔って……誰だよ、コイツら……」
優斗がたこ焼きを頬張りながら、「チーム戦!? マジ熱いな! ルールは?」と目を輝かせる。
健太が手紙を読み直す。
「先に3勝したチームが勝ち。個人戦3試合、タッグ戦1試合、最後に俺と颯の一騎打ち。タッグは2勝分の価値だって」
美咲が「ふん、派手なルールだな」と呟く。
健太が手紙を握り、「5試合か……四天王ってどんな奴らだ」とつぶやいた。
優斗がニヤリと笑う。
「裏サイトに少し情報あったぞ。まず小林雅琉、ムエタイ使いらしい。去年の文化祭で肘打ち一発でKOしたって話だ」
健太が目を丸くする。
「マジか……次は?」
優斗がタブレットをスクロール。
「木村峻、レスリング部の巨漢。地区大会で相手をマットに叩きつけたって。すげえ迫力らしい」
健太が、「力押しタイプか。残りは?」と尋ねた。
優斗が肩をすくめる。
「嵐山豪と高橋翔。情報少ねえけど、豪は喧嘩屋でルール無視、高橋はサッカーの全国選手らしい。詳細はまだ調べるよ」とタブレットを閉じる。
健太が夕空を見上げ、「ムエタイ、レスリング、喧嘩屋、スポーツ万能……強すぎだろ。仲間、4人もどうすんだ」と呟く。
美咲が焼きそばを食べ終え、箸を置く。
「あたし、出ないからな」
健太が目を丸くし、思わず口を滑らせる。
「えっ、師匠、出てくれないんですか!?」
彼女が軽く眉を上げ、口元に淡い笑みを浮かべる。
「なんで弟子の喧嘩に師匠が出るんだよ」
彼が小さく呟く。
「……ずるい」
「なんか言ったか?」
彼女の鋭い一瞥に、健太は苦笑いで首を振る。
優斗がタブレットを閉じ、場を和ませるように笑う。
「よっしゃ、SNSでスカウト用の投稿作るぜ! 柔道部のデカいヤツとか、キックボクシングやってるヤツにDM送ってみる!」
健太は屋上の柵に寄り、手紙を握りしめ、空を見上げる。
「下位カーストでもあれだけやれたんだ! 俺を信じてくれる奴が、絶対いるはずだ」
美咲が小さく頷き、静かに言う。
「なら、さっさと動け」
夕暮れの空の下、底辺の決意が静かに響く。
文化祭の夜、校庭の特設ステージ近く。
花火が夜空を染め、炸裂音が遠くの観客の歓声と響き合う。
健太は一人、リングの残骸に立った。
壊れたロープが冷たい夜風に揺れ、足元の板が軋む音が耳に刺さる。
唇の傷が疼き、擦りむけた拳に鈍い痛みが脈打つ。
「底辺でも……中位カーストを倒せたんだ……」
健太はリングの端に腰を下ろし、血の染みついた床を見つめた。
蓮の倒れた姿が、まるでスローモーションのように何度も蘇る。
あの勝利はただの勝ち負けじゃなかった。
下位カーストの意地、文化祭のリングに刻んだ希望そのものだった。
だが、胸の奥で小さな後悔が疼く。
蓮もまた、プライドを懸けて戦っていた。
自分と同じく、負けられない理由があったはずだ。
「俺は……間違ってなかったよな?」と呟き、拳を握り直す。
血の匂いと汗の感触が、勝利の重さを刻み込む。
健太は立ち上がり、壊れたロープに触れた。
そして、颯の冷たい視線――「お返事楽しみにしてるよ」という言葉が、夜風と共に耳に蘇った。
「まだ終わっちゃいない。次は颯だ……!」
軽くステップを踏み、ジャブを夜空に放つ。
花火が炸裂するたび、拳が光に照らされ、汗が冷たく頬を伝う。
リングの影が長く伸び、まるで健太の決意が校庭に刻まれるようだった。
唇の傷が引きつるが、笑みを浮かべる。
「仲間がいる。優斗、美咲さん……そして、俺を信じてくれる奴らが、絶対にいる!」
風がロープを揺らし、リングの軋む音が花火の炸裂音に溶ける。
校庭の喧騒が遠ざかり、健太の瞳に底辺の意地が燃えた。
「颯、四天王……全員ぶっ倒してやる!」
花火の光が拳を照らし、夜空に新たな火花を散らす。




