第八話
2ラウンド開始。
健太は意外にも通常のボクシングスタンスで立った。
観衆がざわめく。
「何を仕掛けてくるんだ!?」
颯が腕を組み、ニヤリと笑ってつぶやいた。
「オーソドックスに変えたか……次は何を見せてくれる?」
蓮が挑発した。
「万策尽きたか雑魚!」
ゴングと同時に、健太は膝を深く曲げ、低姿勢のピーカブーガードに戻った。
会場が熱狂した。
「またあの構えかよ!」
蓮は苛立ちを隠し、右オーバーハンドフックを繰り出した。
「今だ!」
健太はパンチの軌道を読み、一瞬ガードを解いてクリンチに持ち込んだ。
攻撃を受けながら、体を巧みに動かしダメージを最小限に抑える。
レフェリーが近づいた瞬間、健太はスッと距離を離し、アッパーを蓮の顔面にバチッと叩き込んだ。
観客が「おお!」と盛り上がった。
レフェリーは一瞬困惑するが、「続行!」と叫ぶ。
蓮は目を光らせ、「てめぇ、ふざけた真似を!」と怒鳴った。
健太は即座に防御を固め、身を沈めて睨みつけた。
蓮は冷静さを取り戻し、ジャブで距離を測りながら小刻みなフットワークで牽制。
ガードの上部を右フックで叩き、隙を作ろうとした。
続けて左ジャブ2発、右ストレートのワンツーを放つ。
健太はストレートのタイミングを捉え、ダッキングで躱して再びクリンチ。
レフェリーが近づくまで耐える。
離れた瞬間、ショートアッパーを再びヒット。
蓮が「てめぇ、こんなことして良いと思ってんのか!」とレフェリーに抗議した。
一瞬、視線が健太から外れる。
その隙を逃さず、健太はステップイン。
バネのような瞬発力で側頭部に右ストレートをバキッとぶち込む。
蓮の重心が上がり、尻もちをつく。
スリップに近い形だったが、初めて明確なダメージを与えた瞬間だった。
会場が騒然。
「マジか、ダウン取ったぞ!?」と驚きの声が上がり、文化祭の喧騒を背景に拍手が沸き起こる。
レフェリーは困惑しながらもカウントを開始。
「1、2、3……!」
蓮は「あぁ、そうかよ」とつぶやき、カウント8で立ち上がった。
額に浮かぶ汗を拭い、唇の端が微かに震える。
中位カーストの誇りを背負ってリングに立った自分を思い出し、屈辱を振り払う決意を新たにした。
冷静さを取り戻し、構える。
「お前なんかに負けたら、俺の全てが無意味になる」と吐き捨て、鋭い眼光で睨む。
ここから蓮の猛攻が始まった。
ギアを上げた素早いフットワークで追い詰め、右オーバーハンドフックを連打。
クリンチに対してもショートアッパーを顎に、ショートフックを側頭部に叩き込む。
健太は体幹で耐えるが、スピードについていけず、ガードが乱れる。
応援団が叫ぶ。
「やっちまえ! 分からせてやれ!」
颯が囁く。
「……これで終わりか? 何を試している?」
健太は血と汗にまみれ、必死にガードを固めた。
美咲の声が響く。
「とにかく耐えろ! 気合だ!」
2ラウンド終了のゴングが鳴り、健太はリングサイドに倒れ込むように戻った。
汗と血にまみれ、息を切らす。
美咲が告げた。
「喋るな、体を休めろ。よく耐えたな。計画通りだ。最終ラウンドでアレを解禁しろ!」
彼は口をすすぎ、唇の血を吐き出して黙って頷いた。
瞳に底辺の意地が燃える。
3ラウンド、ゴングが鳴る。
健太は即座に膝を深く曲げ、片足を前に突き出した超低姿勢のピーカブーガードに構えた。
観衆がざわめく。
「最後まであの変な構えだぞ!」と男子生徒が笑い声を上げる。
颯が立ち上がり、つぶやいた。
「さぁ、最終ラウンド。何を見せてくれる?」
蓮にはもう油断はない。
冷静に小刻みフットワークでリングを回り、右ショートフックをガード上部に叩き込む。
だがその瞬間、蓮の顔が歪む。
「てめぇ!」
健太はショートフックが放たれる瞬間、ガードを解き、素早く左ストレートを肋骨に叩き込んだ。
蓮の呼吸が一瞬止まり、観衆がどよめく。
颯が立ち上がり、呟く。
「……あれは、カウンターの中段突きか!」
美咲がニヤリと笑う。
「決まったな」
健太は追撃せず、低姿勢に構え、じっと見据える。
蓮は再びショートフックを放つが、健太は当たる瞬間に手を伸ばし、腋を軽く押してバランスを崩させ、右ストレートをボディにゴツッと叩き込む。
蓮がキレた。
「今度はそんな逃げかよ! プライドもねぇのか! まともにボクシングする気ねぇのか、このカス!」
レフェリーが暴言に警告を出そうと近づく。
その瞬間、健太がスッと立ち上がる。
「しょうがないなぁ。じゃあ、ボクシングしてあげるよ。しゅっしゅっ」
そしてわざとぎこちないフットワークを見せつけた。
観衆がざわつき、応援団が声を揃える。
「ふざけすぎだろ! まともにやれよ!」と笑いながら叫ぶ。
蓮はレフェリーを押しのけ、襲い掛かる。
左ジャブ2発、右ストレート、左アッパー、右フックと、怒りの連打が飛ぶ。
健太はガードを固め、すべての攻撃をしっかり防いだ。
心の中で思考を巡らす。
「これじゃない……これも違う……!」
蓮が右オーバーハンドフックを叩き込む。
健太は瞬時にクリンチに持ち込み、レフェリーが近づく瞬間、スッと離れる。
蓮は「ネタは割れてんだよ!」と右ストレートを放つ。
だが、健太はクリンチから離れた刹那、屈伸レベルにしゃがみ込む。
蓮の目線が下に落ち、「まずい!」とボディをガード。
瞬間、バネのような瞬発力で跳び上がり、右ストレートが蓮の顎をガツンと捉える。
蓮の頭がガクンと揺れ、両腕が一瞬だらりと下がった。
会場が「おお!」と息を呑む。
健太が「倒れろ!」と吠え、迫る。
蓮はよろめき、ガードを上げようとするが、脳が揺れ、腕が重く動かない。
健太は右フックを頬にバチッと叩き込み、左ショートフックで顎を再び捉えた。
バキッと音が響き、蓮の体がロープに凭れる。
「倒れろ!」
健太の叫びがこだまする。
右ストレートが蓮の顔面を直撃し、血と汗が飛び散る。
彼は倒れまいと拳を握り、虚ろな目で睨む。
ボクサーのプライドが彼を立たせ、観衆がざわつく。
「まだ立つのかよ!?」
美咲が叫ぶ。
「そのまま倒れるまで殴り続けろ!」
その声に後押しされ、健太はガードの隙に左アッパーを顎に、右フックを側頭部に叩き込む。
「バチッ!」「ボゴッ!」と連続する打撃音。
蓮のガードする手も徐々に下がり始める。
健太は心の中で葛藤する。
「倒れてくれ……早く……!」
だが、蓮の瞳に宿る意地が、殴り続けることを強いる。
「倒れろ!」と叫び、右ストレートが顎に再び炸裂。
彼の体がガクンと傾き、ロープに凭れたまま動かなくなる。
レフェリーが素早く間に入り、「ストップ!」と叫びながら両腕を振る。
試合終了のゴングが鳴り響く。
会場を爆発的な歓声が包んだ。
観衆が一斉に立ち上がり、叫ぶ。
「底辺の下克上だ! すげえ!」と興奮した声が響き、スマホを掲げる生徒たちが試合を撮影する。
「佐藤、蓮をKO! 文化祭の伝説だ!」と誰かが叫び、歓声がリングを包む。
颯が拳を握り、「……佐藤健太、覚えたよ」と唸る。
蓮は意識を取り戻し、肩を落としリングを去る。
健太は汗と血にまみれ、リング中央で立ち尽くした。
彼の去っていく姿を見ながら、健太は観衆の歓声の中で深くお辞儀をした。
試合後、健太は控室の簡素なベンチに腰掛け、唇の傷をタオルで押さえて荒い息を整えた。
汗と血の匂いが狭い部屋にこもり、窓の外から文化祭の屋台の喧騒と笑い声が遠く聞こえた。
擦りむけた拳は赤く染まり、脈打つ痛みが勝利の重さを刻む。
彼は目を閉じ、蓮の虚ろな瞳を思い出す。
自分と同じく、プライドを懸けて戦った相手。
胸の奥で小さな後悔が疼くが、すぐに振り払う。
「これが勝つって事だ」と自分に言い聞かせる。
美咲が隣に腰掛け、水筒を放り投げる。
「よくやった。作戦通りだったな」
彼は水筒を受け取り、喉を潤しながら小さく笑う。
唇の傷が引きつるが、笑みを崩さない。
優斗が興奮して控室に飛び込んできた。
「試合の動画、文化祭の公式アカウントでトレンド1位だ! ピーカブーからのカエルパンチ、みんな底辺の下克上って騒いでるぜ」
彼女がニヤリと笑う。
「油断すんなよ。次は上位カーストが出てくるぞ」
健太は傷だらけの拳を握り、窓から見える星空を見上げる。
「上位か……」
控室の蛍光灯が三人の影を長く伸ばし、文化祭の喧騒に次の戦いへの決意が燃え上がる。




