第三話
健太は、学校の屋上で美咲と向き合っていた。
夕暮れがコンクリートをオレンジに染め、手すりが赤く輝く。
頬の痣はまだ疼くが、拳をかすめた感触が心に火を灯した。
彼女からの言葉はシンプルだった。
「パンチ力をつけろ」
彼は気合を入れ、シャドーボクシングを披露した。
右ストレートを空に突き出すが、彼女に一蹴される。
「シャドーなんて意味ねぇ! 敵をイメージできる経験がお前にないだろ!」
彼はたじろぐ。
「え……でも、動画で……」と呟くと、彼女に遮られる。
「いいからあたしを攻撃してみな!」
「女の人は殴らない!」と健太は即座に答えた。
彼女はため息をつき、「舐めるな!」と右拳でボディブローを放つ。
彼は「うっ!」とよろめく。
「ほら男の子なんだろ? 反撃してこいよ!」
意を決し、右ストレートを彼女の顎に打ち込む。
「バシッ!」
軽い音が響くが、彼女は平然としている。
「殴れとは言ったけど、女子の顔を躊躇なく殴るってどうなんだ?」と笑い、「でもノーダメージ。これがお前の実力だ!」と一喝。
再びパンチを繰り出すが、かすりもしない。
彼女の動きは速く、まるで舞うように軽やかだ。
「打撃力を鍛えるなら、実際に人を殴る経験をしろ。あと、家で筋トレ。筋力がない奴がテクニックだけ身につけても意味がない」
彼の声が小さく震える。
「……はい」と呟き、決意が胸に刻まれる。
「お前、これから報復されまくるぞ」
「えっ」
「弱者がメンツをつぶしたんだから、当然だろ」
「……」
「中途半端な力じゃ簡単に潰される。ある程度形になるまでは身を隠して時間を稼げ」
「……わかりました」
「1,000円」
「……はい」
夜、健太は近所の公園に立っていた。
冷たい夜風が頬を刺し、錆びたブランコがキィときしむ。
遠くの街灯がアスファルトに淡い光を投げ、虫がチカチカと点滅する光に集まる。
雷神カイトの「パンチ力強化入門」を流す。
「打撃の基本は筋トレだ! 重りをつけたダッシュで下半身を強化しろ! スクワットジャンプで爆発力を! 鉄を殴って部位鍛錬! 腕立て伏せで瞬発力を磨け!」
力強い声が耳に響き、心に火をつける。
リュックに水ボトルを詰め、肩に重さがのしかかる。
「逃げ切る持久力……耐える防御力を!」
公園の坂道を全力で駆ける。
「ハァ……ハァ!」
太ももが悲鳴を上げ、息がゼエゼエと荒くなる。
5本登り終え、膝がガクガクと震える。
「……下半身を強化する!」
鉄棒にタオルを巻き、すねで10回蹴る。
「ズン!」と鈍い痛みが走るが、「防御力を!」と耐える。
汗が額から滲み、地面に小さな水たまりを作る。
リュックを背負ったまま、スクワットジャンプを始める。
「1……2……!」
重さが腰に響き、着地で膝が震える。
「10回……!」
太ももが悲鳴を上げ、息がゼエゼエと荒くなる。
「……瞬発力を磨く!」
次に、地面に手を突き、腕立て伏せ。
「ハッ!」
腕が弾けるように動き、内側が熱くなる。
「諦めるな……これで強くなる!」
「筋力がない奴がテクニックだけ身につけても意味がない」という言葉が蘇り、10回、12回とやり続ける。
汗がポタポタ落ち、Tシャツが肌に張り付く。
翌日、健太は学校の裏口から帰ろうとしていた。
西日がアスファルトを染める中、蓮の仲間、渡辺剛と斎藤流星の声が響く。
「弱者に舐められたら、俺たち降格だぞ!」
剛が苛立った声で吐き捨て、流星が「佐藤、どこだ! 見つけたら絶対に潰す!」と叫ぶ。
健太は咄嗟に物陰に隠れ、「出てこい!」という嘲笑に心臓がドクンと高鳴る。
彼らがゴミ箱を蹴った隙に、別の路地を駆け抜ける。
息を切らし、家にたどり着く。
「こんな生活を、いつまで……?」
数日後、健太は裏口を抜けようとしていた。
だが、校庭の端で悲鳴が響く。
剛と流星が優斗を虐めている。
流星が優斗を突き飛ばし、「底辺のゴミは黙ってろ!」と嘲る。
カーストの重圧がその場の空気を支配する。
健太の心臓がドクンと跳ねる。
「また……逃げ続けるだけか……」
恐怖が甦るが、クラスメイトの怯えた目を見て、胸が熱くなる。
「誰も虐げられない世界を作るなら……この状況は放っておけない!」
健太はスマホを取り出し、辺りを撮影する。
そして手を固く握り、校庭に飛び出す。
「やめろ!」
剛がフェンスに寄りかかって、ニヤリと笑う。
「やっと現れたな。蓮さんからの命令だ。お前をボコボコにしてやる」
流星が続ける。
「それともまた逃げ続けるか? お前が隠れても、こいつが次の標的だ。どうする?」
健太の肩が硬くこわばる。
「卑怯な……!」
剛が土を蹴り散らし、力強い右パンチを繰り出す。
健太は鍛えた脚でステップバック。
剛の足が砂利で滑る。
「スタミナ勝負だ!」
健太はフェンス沿いに走る。
剛が追うが、息が荒くなり、顔が赤く染まる。
「特訓のダッシュ……効いてる!」
剛がフェンスに手をつき、「この……底辺が!」と唸りながら再び突進。
健太は軽やかにかわし、拳が空を斬る。
「絶対に……掴ませない!」
健太の心に小さな自信が芽生える。
流星が「剛、遅え!」と叫び、砂利を蹴り上げ、健太の視界を遮る。
刹那、ローキックが膝を狙い、ミドルキックが脇腹に飛ぶ。
健太はすねでローキックを受け止め、半歩下がってミドルキックをかわす。
「今だ……!」
スクワットジャンプで磨いた爆発力を発揮し、低くタックルする。
腕立て伏せで鍛えた上半身で流星の腰を強く押す。
「ドスッ!」
流星の軽い体が倒れ、「ザッ!」と滑る音が響く。
「ぐっ……!」と呻き、素早く跳ね起きる。
「まだだ、佐藤!」と叫び、健太の脇腹に肘打ちを狙う。
健太は肘打ちを肩で受け流す。
「ハァ……効いてる!」と息が弾み、脈が速く鼓動する。
剛が流星の姿を見て顔を歪める。
「底辺が……調子に乗りやがって!」
剛が息を整え、拳を握り直して踏み込むが、砂利で足が滑り、ゼエゼエと息が荒い。
健太はフェンス沿いに軽くステップを踏む。
剛は苛立ちが顔に滲む。
「チッ……」
剛が流星を睨み、「行くぞ! こんな奴に構うのは時間の無駄だ!」
流星が「覚えてろ!」と吐き捨て去る。
剛が振り返り、「次は逃がさねえぞ!」と低く唸る。
健太は息を切らし、汗で濡れた額を拭う。
「特訓……ほんとに効いたんだ!」
鉄を蹴ったすねの痛み、スクワットジャンプで鍛えた脚力、掴みやキックを耐えた実感が、全身に力をみなぎらせる。
ふと、校庭の端で縮こまる優斗の姿が目に入る。
彼は震え、怯えた目で地面を見つめている。
いつも教室の隅で縮こまり、嘲笑を耐えてきた肩に、重圧がのしかかっているようだ。
「大丈夫か?」
優斗が震える声で呟く。
「怖かった……いつもみたいに、誰も助けてくれないと思ってた……」
健太はしゃがみ、目を合わせて言う。
「二度とこんな目に遭わせない」
彼の震える肩を見つめ、決意を胸に刻む。
「本当に……? 僕、いつも底辺で……」
健太は力強く頷く。
「大丈夫だ。一人なら無理でも、俺がついてる」
優斗が小さく笑い、涙を拭う。
「……ありがとう」
健太は立ち上がり、彼の肩を軽く叩く。
「いつかお前も、負けない力つけようぜ」
校庭の砂埃が夕陽に舞い、二人の胸に新たな力が宿る。
夜、健太は部屋でスマホを手に汗を握る。
校庭での戦いを収めた動画をチェックした。
「美咲さんに送るのは怖いけど……」
意を決し、動画を送信。
メッセージを添える。
「剛と流星を相手に戦ってみました!」
送信ボタンを押すと、胸が高鳴る。
数分後、美咲からの返信が届く。
「やるじゃん。スタミナ切れを誘ったのは悪くない。けど、タイミングはもっとシビアに詰めろ。次は顎狙ってKOしろよ」
健太はノートに「タイミング」と書き込み、拳を握る。
「次はKO……!」
カイトの動画を再生し、顎を狙うパンチをイメージ。
美咲の「か弱い女子も倒せない」が頭をよぎり、苦笑する。
「次は……美咲さんを驚かせてやる!」
翌朝、教室で優斗が健太に近づく。
「昨日は助けてくれて……ありがとう!」と笑う。
優斗の目が輝く。
「僕も強くなりたい。一緒にカーストをぶっ壊そうぜ!」
健太はハッとする。
初めて自分の理想が誰かと繋がった瞬間だった。
「一緒に強くなろう」
健太はスマホでカイトの動画を共有し、二人は笑い合う。
優斗が声を潜めて言う。
「剛たちに立ち向かった話……少し広まってるぞ。底辺でも戦えるって、僕、ちょっと希望持てた」
教室の隅で、いつも俯いていた数人の生徒が、チラチラと盗み見る。
健太は驚きつつ、胸が熱くなる。
「……それなら、もっと強くなるよ」
美咲からのメッセージが届く。
「次は頭じゃなく体で勝て」
健太はノートを握りしめ、つぶやく。
「そうか……初めて、勝ったんだ!」




