第十一話
夕暮れの住宅街、コンクリートの路地を抜けると、錆びた看板に「雷神ジム」と書かれた建物が現れる。
古びた木造の門には拳の痕が刻まれ、鉄の扉が鈍い音を立てて軋む。
健太は美咲の後ろをドキドキしながら歩き、彼女の制服ブラウスから透ける「雷神ジム」のロゴに目を奪われる。
彼女が「ただいまー!」と声を上げて扉を蹴り開けると、熱気と革の匂いが漂う道場が現れる。
リング中央では、黒いマスクに派手な赤いタンクトップの男がシャドーボクシング中。
鋭いパンチが空気を切り、足音がコンクリートに響く。
健太の視線は釘付けになる。
「まさか……雷神カイト!?」
美咲が照れくさそうに頬をかき、「……あたしの兄貴」と呟く。
カイトはマスクを外さず、PicoTubeで見たようなハイテンションで叫ぶ。
「おお、佐藤健太! 下克上キッド! 雷神ジムへようこそ!」と拳を突き上げる。
健太は圧倒され、「な、なんで俺を……?」と声を震わせる。
美咲が頭を抱えてため息をつく。
「こいつがどうしても会いたいってうるさくてさ」と投げやりに言う。
カイトがニヤリと笑い、「君の文化祭の動画、100万再生を超えたらしいな! コラボでバズらせてください!」とまくしたてる。
健太は驚きの表情を見せる。
「えっ、動画……どういうこと?」
カイトがスマホを掲げ、裏サイトを見せる。
文化祭の動画に、「底辺の逆襲」「颯に喧嘩売った奴」なるコメントが溢れる。
健太は頬が熱くなり、「でも、これ……俺だけの力じゃないんです」とつぶやく。
カイトが肩を叩き、「バズればなんでもコンテンツだ! 君は今やスターだ! 一緒に格闘技界を盛り上げよう!」
美咲がロープに寄りかかり、「ウザいでしょ? だからずっと屋上で寝てたんだ」とつぶやく。
彼女の目には、苛立ちと微かな家族愛が混じる。
健太はカイトの動画を思い出す。
「雷神カイトのストリートファイト回避術」で学んだステップが、蓮の拳を躱すきっかけだった。
「あなたの動画で俺、ちょっとだけ強くなれたんです」と言う。
美咲がカイトを見やり、静かに言う。
「兄貴、こいつを鍛えてやってよ。来月の体育祭で、勝負するんだ。相手は高校3年で、格闘技10年やってる」
カイトが目を輝かせ、「おお、勝負! いいね! 俺が君を最強のファイターに鍛え上げ、コラボ動画でバズもゲット! 完璧なプランだ!」と指を鳴らす。
「じゃあ、毎日ジムに来い! 俺が鍛え上げてやろう!」と宣言。
健太は「え、毎日!?」と驚くが、美咲が「断ってもいいぞ?」と冷静に突っ込む。
健太は目を丸くしつつ、彼女の家に毎日通うことにドキドキする。
トレーニング初日。
雷神ジムのリング、冷たい照明が汗とゴムの匂いを浮かび上がらせる。
道場の隅に美咲が寝転がり、イヤホンを耳にしながらスマホをスクロールしている。
カイトが素手で立つ、黒いマスクの目がギラリと光る。
「まずは守りだ! 守りと言えば少林寺拳法! 受け流しができないと腕が折れちゃうぞ!」と健太をマット中央に引きずり出す。
「少林寺拳法? なんだそれ……?」
カイトがニヤリと笑う。
「日本の武術だ! 攻撃を力で受けるな、流すんだ! まずは実践で見せよう! 美咲、来い!」
美咲が面倒くさそうにイヤホンを外し、「うっぜ」と言いながらリングに上がる。
カイトが「いくぞ!」と叫び、右ストレートを放つ。
美咲は肩を落とし、左腕を軽く曲げて相手のパンチを外側にそらす防御で、カイトの攻撃を体の横に滑らかにずらす。
カイトが上段回し蹴りを繰り出すが、美咲は右腕を曲げて蹴りを中心に流す技で、腕の内側で軽く触れ、腰をひねってその力を逸らし、軽くステップバック。
カイトが「いいぞ!」と笑い、美咲が突きと膝蹴りのコンビネーションで反撃する。
カイトは外受けで流し、素早く距離を詰めるが、美咲がロープに跳ね返ってカウンターの突き。
目にも止まらぬ速さで、リングに足音が響く。
健太は口をあんぐり開けて驚く。
「す、すげえ……! これが少林寺拳法!?」
美咲が、健太をチラリと見て小さく笑う。
「汗かいた。シャワー浴びてくる」とリングを降り、道場の奥に消える。
カイトが振り返り、「見たか! これが受け流しだ! さあ、お前の番だ! 俺の突きを流してみろ!」
カイトがゆっくり右ストレートを繰り出し、「外受けだ! 腕を固くせず、力をそらせ!」と指導。
健太の左腕を掴み、肘を軽く曲げて外にスライドさせる。
「君は絶望的にセンスがないな! 肩を落とせ、柔らかく!」とカイトが笑い、健太の肩を叩いてリラックスさせる。
健太はぎこちなく真似して突きを逸らすが、力が入りすぎて腕が震える。
「うっ、硬い……!」と呻く。
カイトが次に上段蹴りを繰り出す。
「今度は内受け! 腰をひねって蹴りをずらせ!」と右腕を内側に動かし、フォームを教える。
健太は最初、タイミングを外し、蹴りが腕をかすめる。
「速っ……!」と焦るが、カイトの「肩の動きを見ろ!」とのアドバイスで徐々にコツを掴む。
カイトが「よし、10回連続で流せ!」と突きと蹴りをランダムに繰り出す。
健太はガードを下げ、最初の数回は硬くブロックして腕に衝撃が走るが、「流すんだ!」と叫ぶカイトの指導で肩の力を抜く。
15分後、外受けと内受けが滑らかになり、汗まみれで小さくガッツポーズ。
「地味だが、これが少林寺拳法の基本! 防御は戦いの命綱だ!」とカイトが拳を振り上げる。
ジムの裏庭、2メートルの穴にビニールシートが敷かれ、小麦粉の匂いが漂う。
カイトは三脚を固定し、1台目のスマホをセット。
2台目のスマホを手に持つ。
カイトは三脚のスマホの録画ボタンを押し、「3、2、1、ゴー!」と叫ぶ。
ホースを手に水をジャーッと流し、小麦粉をどろどろに混ぜる。
「超絶格闘技! 科学実験シリーズ、復活だぜ!」とハイテンションで叫び、カメラ目線でニヤリ。
カイトは100kgの重し入りリュックサックを「ドンッ!」と地面に置く。
「背負って走れ! ダイラタンシー現象! 強く踏めば沈まないぞ!」と拳を突き上げる。
健太にリュックサックを押し付け、「重いだろ! 視聴者にアピールしろ!」と指示。
健太が「うっ、ヤバい重さ!」と呻く。
カイトは「俺の見本を見ろ!」と声を上げ、どろどろの表面を軽快にダッシュ。
自分の足元を自撮りし、「ほら、見ろ! 簡単だ!」と叫ぶ。
健太が「マジか……!」と目を丸くする。
健太が恐る恐る穴に踏み込む。
足元がズブッと沈む。
健太が「うわっ、ダメだ!」と叫び、縁にしがみつく。
カイトは健太を片手で引き上げ「慌てるな! 強く踏め、リズムだ!」と指導する。
健太は颯を倒すイメージで膝を高く上げ、再挑戦。
最初はもつれて沈みかけるが、カイトの「肩の力を抜け!」の声でリズムを掴む。
3セット目、健太が10分ダッシュを沈まず完走。
カイトは「下克上キッドの夏の科学実験ダイラタンシートレーニング! これからどうなっちゃうの~!」と叫ぶ。
健太が小麦粉まみれで「くそー! 他人事だと思って!」と叫びながら、カメラに向かってぎこちなくダッシュする。
カイトはカメラにグイッと寄り、「視聴者諸君! 彼が頑張ってると思ったら、チャンネル登録! 高評価よろしくぅ!」と煽る。
健太が「やってやるよおお!」と叫ぶ。
裏庭の縁で美咲がジュースを啜る。
「……なにやってんだ、こいつら?」
トレーニング後、健太は汗と小麦粉でまみれた顔をタオルで拭く。
健太は全身に筋肉痛を感じる。
「こんなんで、本当に勝てるのか……?」と呟き、目を閉じる。
頭に浮かぶのは、クラスのカーストで常に見下されてきた自分。
目立たず、笑われる存在にうんざりだ。
「でも、何もやらなければ、何も変わらないよな」
あの強敵を倒すには、今の自分を越えなきゃいけない。
心の弱さが、恐怖が、胸を締め付ける。
「逃げたくない……自分を変えるんだ!」
美咲がドアの影から現れて静かに言う。
「お前、兄貴のペースに飲まれるなよ」
健太は彼女の目を見て、颯の嘲笑を振り払うように頷く。
「……絶対勝つ。自分を変えるんだ!」
美咲は小さく笑い、「まあ、やってみろよ」と肩をすくめて去る。
健太は鏡に向かい、拳を握り直す。




