第一話
学校の屋上、錆びた鉄柵に「底辺は消えろ」と赤いスプレーで乱雑に書かれた文字が目に入る。
佐藤健太はコンクリートの壁に押し付けられ、恐怖で喉が締め付けられる。
中位カーストのヤンキー、鈴木蓮が拳を振り上げ、「お前みたいな奴はここにいていい身分じゃねえ!」と唾を飛ばす。
仲間たちの嘲るような視線を背に、蓮が鋭く睨みつける。
健太は声を押し殺し、握った拳が震えて白くなる。
薄暗い屋上で、健太の揺れる影が伸びる。
黒髪ロングの少女が立ち、冷たく一瞥する。
「うるせーんだよ! ぶっ殺すぞ!」
その叫びが屋上に鋭く響く。
次の瞬間、鋭い蹴りが空気を切り裂き、彼らは地面に叩きつけられた。
朝、健太は学校の門をくぐる。
擦り切れたスニーカーが砂利を踏む音が校庭に響く。
色褪せた文化祭のポスター「2年B組 メイドカフェ!」が風に揺れる。
それを見ると思い出すのは、去年の失敗――演劇の舞台背景を倒し、クラスメイトの嘲笑と冷たい視線に晒された記憶。
胸が締め付けられる。
あの日以来、母さんの「いい子でいなさい」という言葉が、なぜかひときわ重い。
よれた制服をまとい、うつむいたまま肩をすくめて歩く。
ポケットのスマホに手を伸ばすが、SNSには「佐藤、最下層」と書かれたスクショが拡散されている。
廊下を歩くと、クラスメイトの「ゴミムシ」という囁きが耳を刺し、背後に嘲る笑い声が響く。
上位カーストの女子がチラリと投げる蔑むような目つきに、健太はまるで透明な存在のように感じる。
彼は制服の裾を掴み、教室へ急ぐ。
早く机に座って、誰とも目を合わさないように――
教室では、蓮とその取り巻きが健太の机を占拠する。
「よぉ健太。座りたきゃ出すもん出しな」と蓮が近づき、不敵な笑みを浮かべる。
鋭い眼光を向け、傷だらけの指輪が光る。
彼は冷や汗のにじむ手で財布を握り、「……昨日、親に渡しちゃった」と小さな嘘をつく。
蓮の睨みつける瞳に息が詰まり、顎を固くして耐える。
「……こんな状況、絶対に変える」と一瞬だけ蓮を睨む。
「放課後、屋上な」と蓮が捨て台詞を残す。
健太は財布を握ってカバンを抱きしめた。
放課後、教室を出ると、薄暗い裏階段で蓮と2人の仲間に囲まれる。
階段の壁に刻まれた「最下層は這うだけ」の落書きが、健太の胸を締め付ける。
蓮が健太の腕をぐいっと掴んでニヤつく。
「下のやつは黙って従えよ」
彼の心臓がドクンと跳ね、不安に体が硬直する。
「や、やめて……」と呟くと、蓮の目がさらに険しくなる。
階段を上がり、屋上の扉が開く。
夕陽が眩しく、コンクリートの冷たさが背中に伝わる。
蓮が一歩踏み出し、「ルール違反はよくないよなぁ?」とせせら笑う。
取り巻きが取り囲み、健太の背中を壁に押しつける。
健太は一瞬だけ蓮を睨むが、すぐに恐怖で体が凍る。
彼が威圧的に手を振り上げる。
「ほら、さっさと出せ」と低い声で迫る。
屋上の隅で寝ていた少女が目を覚まし、顔から格闘技雑誌を払って立ち上がる。
制服のブラウスに浮かぶ雷神ジムのロゴと、引き締まった腕が夕陽に光る。
黒髪ロングの少女・石川美咲が立ち、冷たく一瞥する。
「うるせーんだよ! ぶっ殺すぞ!」と美咲が舌打ちして立ち上がり、髪を無造作に掻く。
「てめえ、関係ない奴は――」と蓮が声を荒げるが、途中で言葉を止める。
美咲の黒髪が風に揺れ、冷ややかな目で蓮を一瞥。
「石川……さん?」
蓮が一瞬たじろぎ、敬意と苛立ちが入り混じった声で言う。
「佐藤みたいな底辺をどうしようが、俺たちの勝手じゃないですか……?」
美咲は片眉を上げ、鼻で笑う。
「うるさい。あたしが気に食わない。文句があるなら、さっさと来い」
彼女の声は低く、蓮を見下す。
蓮の顔が赤らみ、拳を握りしめるが、カーストの壁に一瞬躊躇する。
仲間のひとりが声を潜めて囁く。
「蓮さん、美咲さん今ひとりっすよ。アイツ潰せば、上位の先輩が認めてくれるっすよ」
もう一人が肩をすくめ、「どうすっか、蓮さん? こっちは男3人です。やっちまえますよ」と煽る。
蓮の目が揺れ、怒りとためらいが交錯する。
「……ったく、舐めんなよ!」と蓮が低く唸り、葛藤を振り切る。
「囲め! 一気にやっちまうぞ!」と叫び、仲間と共に襲いかかる。
美咲は軽く鼻を鳴らし、「ふーん」と立ち上がる。
彼女はしなやかに動き、蓮のパンチをかわして強烈な蹴りで足を払う。
「うわっ!」と蓮が硬い地面に倒れる。
2人目が腕を掴もうと飛びかかるが、美咲は一瞬で投げ技を決め、「ドン!」と床に叩きつける。
3人目が「てめえ!」と突進。
美咲は一瞬目を見開くが、素早く体をずらし、鮮やかな突きで地面に沈める。
蓮がよろめきながら立ち上がり、唾を吐く。
「くそっ、舐めんな!」と叫び、再び突進。
美咲は唇の端を軽く上げ、「元気いいね」と呟く。
彼女はしなやかに蓮の突進をかわし、正確無比な蹴りを脇腹に叩き込む。
「グハッ!」と蓮が膝から崩れ落ちる。
仲間の一人が右から腕を掴もうとするが、美咲は素早く腕を捻って地面に叩きつける。
もう一人が「てめえ!」と拳を振り回すが、美咲は低く身を滑らせ、強烈な蹴りで腹を沈める。
蓮が「まだだ!」と唸るが、美咲は軽やかにかわし、胸に強烈な膝蹴りを一撃。
「まだやる?」と冷たく笑う。
仲間たちが「くそっ、逃げようぜ!」と叫び、屋上の扉へ慌てて逃げ出す。
「二度と来んなよー」と美咲が言い放つ。
彼女の黒髪が風に揺れ、雷神ジムのロゴが薄闇に浮かぶ。
混乱のなか、健太は立ち尽くす。
逃げ遅れた蓮が振り返り、ギラつく目で健太を睨みつける。
「お前、俺の顔に泥塗ってただじゃ済まねえからな!」
蓮が拳を振り上げる。
恐怖で体が凍りつくが、咄嗟に蓮の拳を目で追い、体をずらそうとする。
だが、拳が頬をかすめ、痛みに顔を歪める。
頬から血が滲み、膝が崩れる。
美咲が「ん?」と小さく呟き、健太をチラリと見る。
「へぇ、反応悪くないじゃん」
蓮は「お前はいつまで経っても下のままだ!」と吐き捨て、仲間と逃げる。
健太の目から涙がこぼれ、頬の痛みと「ゴミムシ」の囁きが胸を焼き付ける。
「また……何もできなかった」と呟き、地面に爪を食い込ませる。
美咲が彼の前に立つ。
「ほら、さっさと立てよ」と彼女が軽く鼻で笑う。
「今までずっと我慢してきた……もう、うんざりだ」と健太が呟き、歯を食いしばる。
「あなたみたいに強くなれたら……絶対、こんな目にあわないのに!」と涙を乱暴に拭う。
屋上に静寂が広がり、冷たい風が彼の頬を刺す。
美咲は「あー、もー」と面倒くさそうにため息をつき、髪をかき上げる。
「泣き虫の面倒とか、マジだるいんだけど」と呟きつつ、彼の震える肩を軽く見つめる。
「携帯出して」と少し柔らかい声で命令。
健太がスマホを渡すと、彼女は人気の動画サイトPicoTubeを開き、「雷神カイトのストリートファイト回避術」を再生。
サムネイルには、謎の仮面男カイトが「逃げる勇気を持て!」と叫ぶ姿が映る。
「これ見て勉強しろ。こんなとこでグズグズしてると、また絡まれるぞ」と肩をすくめ、スマホを突き返す。
「なんで助けてくれたの?」
「助けてねーよ。寝てるときに邪魔すんな、ウザいだろ」
「えっ。いや……そうですね。でも、ありがとうございます」
彼女は怪訝な顔で彼の肩を叩く。
「強くなりたいなら本気を見せな」と言い残し、夕陽に照らされた背中が屋上を去る。
健太は頬の痛みを押さえ、スマホを見つめる。
家に帰り、健太はベッドに倒れ込む。
頬の痣が疼き、鏡の情けない自分を睨む。
「今日も……ボロボロだな……」
スマホを開き、PicoTubeで雷神カイトの動画を再生。
「実戦じゃ、足運びが命だ! 相手の重心と肩の動きを見ろ。癖を見抜いて、ブラジリアン柔術のステップで躱せ!」
健太は蓮のパンチを思い出す。
「あの時……そういえば肩が一瞬動いてたな……!」と呟き、ノートに「肩の動き」「ステップ」と殴り書き。
右足を引いてステップを試みる。
足がもつれ、床に倒れる。
「くっ!」
動画を一時停止し、「ステップの角度」と書き足す。
何十回と試し、時計の針が深夜2時を過ぎても動きを止めない。
徐々にステップが滑らかに決まり、鏡の自分がブレなくなっていく。
「……これでいいのか?」と呟き、胸に小さな希望が灯る。
だが、屋上での嘲笑や、美咲の「強くなりたいなら本気を見せな」が頭をよぎる。
屈辱と憧れが胸で絡み合い、唇を噛む。
「もうあんな目に合わない……絶対に変わる!」と鏡を睨む。
狭い部屋に荒々しい息が響き、汗がTシャツを濡らす。
膝の擦り傷がじわりと滲む。
深夜、膝が震えても動きを止めず、朝日がカーテンの隙間から差し込む部屋で、汗と痣にまみれた顔が鏡に映る。
「絶対に、みんなを見返してやる!」と呟き、スマホの光が汗に濡れた拳を照らす。
机の上の文化祭ポスターに、赤いペンで「次やったら殺す」と殴り書きされた文字が目に入る。
ポケットのスマホが震え、通知を開くと、蓮からのメッセージ――「明日、覚悟しろよ」
健太は唇を噛み、拳を力強く握り締める。
ぎこちない一歩が、確かに踏み出された。




