竜也の怒火
そのバットが振り下ろされる直前、路地の入口から耳をつんざくようなタイヤのスキール音が響き渡った。一台の眩いヘッドライトが、暗い路地を一刀両断するかのように突入し、その強烈な光の中に、全ての男たちの動きを凝固させた。
「キーッ!」
一台の黒いセダンが、荒々しいドリフトで横滑りしながら停車し、ドアが勢いよく蹴り開けられた。
一条竜也の姿が、地獄から帰還した阿修羅のように、凄まじい殺気を伴って戦場へと飛び込んできた。彼は余計な動きを一切せず、桜に近づこうとしたチンピラを、最初の一撃で蹴り飛ばした。男はまるで糸の切れた凧のように壁に叩きつけられ、鈍い音を立てて崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「動かした、だと?」彼の声は低く掠れていたが、厳冬の寒風よりも骨身に沁みる冷たさを伴っていた。その視線は、そこにいる全てのチンピラを、まるで既に死んでいる者を見るかのように見下ろしていた。
「貴様らも、そして貴様らの背後の主も、全員、死に値する」
その後の数十秒間は、一方的な蹂躙だった。
竜也の動作は、残像しか追えないほど速い。一撃ごとに、骨の砕ける音と、凄まじい悲鳴が響き渡った。彼はバットを奪い取り、そのバットの反動で別のチンピラの腕を打ち砕き、さらに次の男の脇腹に強烈な肘打ちを見舞った。その男は、その場で血を吐き、意識を失って倒れ込んだ。
彼が連れてきた精鋭の組員たちも同時に戦闘に加わり、形勢は瞬時に逆転した。それまで威勢が良かったチンピラたちは、まるで雑草のように次々と薙ぎ倒され、残ったのは苦痛の呻き声と命乞いの声だけだった。
竜也は、足元に広がる惨状を一顧だにせず、真っ直ぐに桜のいる隅へと向かった。彼は彼女を自分の後ろに強く引き寄せ、上から下まで念入りに確認した。その声は張り詰めていた。
「怪我は、ないか?」
彼の胸板は激しく上下し、その眼差しには、まだ収まらない暴戾さと、拭い去れない極度の後悔が滲んでいた。
鈴原桜は首を横に振った。顔色は蒼白だったが、その瞳は依然として冷静さを保っていた。「私は、無事です」
彼女の安全を本当に確認した途端、竜也は猛然と彼女を抱きしめた。その力は、彼女の息が詰まるほどだった。彼の腕は彼女の肩を強く抱き締め、その身体は微かに震えていた。彼は、彼女を自分の骨肉の中に揉み込み、この現実で彼女の存在を確かめることでしか、あの恐ろしい喪失の記憶を鎮めることができなかった。
「大丈夫だ」彼は彼女の耳元に、低く囁いた。それは、彼女を慰める言葉であると同時に、今生のトラウマに怯える自分自身への安堵でもあった。
彼は、彼女の手を強く握りしめた。彼の指先は冷え切っており、桜の微温かい掌とは対照的だ。鈴原桜は、彼の掌から伝わる、抑えきれない微細な震えと、強靭な腕に秘められた、今にも爆発しそうな力を感じ取っていた。
路地には、呻き声と、血の匂いだけが残った。竜也が連れてきた組員たちが、素早く現場を片付け始めている。
「一人たりとも逃がすな」竜也の声は、再び冷たい命令口調に戻っていた。彼は地上のチンピラたちを、何の感情もなく見下ろし、手下に言った。「誰の指示か、徹底的に吐かせろ」
「畏まりました、若頭!」
竜也はそれ以上留まらず、鈴原桜の手を固く握りしめたまま、血腥い路地を後にした。




