山雨来たる
「桜華信貸」の資格審査の危機は順調に解除され、【〇〇物産】への資金トラップも最終段階に入り、後は時機を見て収穫を待つのみとなった。全てが、竜也と桜の計画通りに、着実に進んでいた。
しかし、太陽が最も高く昇る時に、影は静かに忍び寄る。
夕刻。竜也がオフィスで、黒田から【〇〇物産】の最新の資金動向について報告を受けていた時、組内の安全警備を担当する幹部、倉本が、緊張した面持ちでノックし入ってきた。
「少主」倉本の声は張り詰めていた。「下の者から報告がありました。山口組の連中が最近、活動を活発化させています。我々が管轄するいくつかのナイトクラブやゲームセンターの付近をうろつき、まだ直接的な揉め事にはなっていませんが……明らかに不穏な動きです。何らかの試探をしているように見えます」
竜也の眼差しは、瞬時に冷え切った。山口組。関西に本拠を置く巨大組織であり、以前から一条組の関東における勢力拡大と、近年の「合法化(シノギの清算)」の動きに、不満を抱いていた。
「どこの派閥か、わかっているのか?」竜也の声には、一切の感情が読み取れない。
「山口組の若頭補佐、柴田一派の者たちです」倉本が答えた。「柴田の親分は、強硬な手段による縄張り拡大を主張する古いタイプで、我々一条組の**『転換』を特に疎ましく思っているようです」
黒田が眉間に皺を寄せ、付け加えた。「柴田一派の主要な資金源の一つは、地下金融と高利貸しです。『桜華信貸』を立ち上げ、合法的な金融事業に乗り出した我々を、彼らは直接的な挑戦、あるいは**『軟弱になった』と見なしているのかもしれません」
竜也は椅子の背もたれに体重を預け、口元に冷たい弧を描いた。その目には、微塵も笑いがなかった。「どうやら、安穏な日々が長すぎたようだ。痛みを忘れたらしい」
彼は、窓の外に覆いかぶさる夜の闇を見つめた。ネオンサインが、不夜城の東京を照らし始める。
「すべてのシマの警戒を強化しろ。特に現金流の多い場所だ。下の者たちには、目を光らせておくように伝えろ。だが、こちらから手出しはするな」竜也は落ち着いた声で命令した。「奴らが何を仕掛けてくるのか、見極める」
「畏まりました!」倉本は深々と頭を下げ、急いで退室した。
黒田は懸念を示した。「若頭、山口組がこのタイミングで動くのは、伊藤家と何か関係があるのでしょうか?あまりにもタイミングが良すぎます」
竜也の眼差しは深遠だった。「火事場泥棒を企んでいるか、あるいは誰かに**『鉄砲玉』として利用されているか。どちらにせよ」彼は言葉を区切り、その口調は凄惨だった。「死に値する」
その時、竜也の携帯電話の画面が光った。隣のアパートの鈴原桜からのメッセージで、【〇〇物産】の最終収穫のタイミングに関する詳細の確認だった。
竜也はメッセージに返信を打ち込むと、黒田に向き直った。「計画は変更なし。まずは、伊藤という肉を食い尽くすことに集中する。山口組については……」
彼の瞳に、嗜血的な光が閃いた。
「我々の家の掃除が終わってから、ゆっくりと相手をしてやろう」
ほぼ同時刻、歌舞伎町のバーの裏路地。一人の山口組の小頭目が、手下たちに向かって吠えていた。
「一条組の腑抜けどもは、もうすぐサラリーマンにでもなるらしい!今回はきっちりケジメをつけてやる。関東のシマは、奴らが簡単にシロにできる場所じゃないってことをな!」
嵐の前の静けさ。風は既に、満ちていた。




