第22話 組内の承認
「夜宵事件」は、温かい風のように、一条組本部の隅々にまで吹き渡った。その影響は、翌日にはっきりと表れ始めた。
午前中、黒田哲也は日課通りに竜也へ業務報告を行った。主要な報告を終えた後、彼は微かにためらいつつも、付け加えた。その口調には、偽りのない誠実さが滲んでいた。
「若頭。夫人が昨夜差し入れしてくださった夜食について、皆、心から感謝しております。下の者たちの間では、『若頭と夫人についていけば、未来がある。心が温まる』という声が多く上がっております」
竜也は書類をめくる手を、ほとんど気づかれないほどに一瞬止めた。表情は変えなかったが、静かに「ああ」とだけ応じ、了解の意を示した。しかし、黒田には、少主の周囲の張り詰めた空気が、わずかに緩和されたのを感じ取ることができた。
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時を同じくして、組内の休憩室や廊下では、幹部や組員たちの間で交わされる話題が、静かに変化していた。
「あの大小姐、想像していたのと全く違うな」
「ああ、全然偉ぶらないんだ。自らおでんを配ってくれたんだぜ」
「『桜華信貸』の件も、全部夫人が主導しているらしい。相当な手腕だ」
「頭も切れて、驕りもなく、組のために本気で力を尽くしてくれている」
これらの議論には、当初抱いていた疑念や品定めのような視線はもはやなく、代わりに心からの承認と感服の色が宿っていた。鈴原桜は、彼女の知性と、決定的な瞬間に見せた細やかな気遣いによって、組員たちの心の防壁を打ち破ることに成功したのだ。一条組における彼女の地位は、「若頭の女」という依拠的な存在から、核心メンバーに能力と貢献を認められた**「真のパートナー」へと変わりつつあった。
以前、島田と親交が深く、事業転換計画に懐疑的だった数名の中堅幹部ですら、昼食時にひそかに話し合っていた。
「どうやら、あの奥様は、単に安穏を貪るだけの花瓶ではないらしい」
「若頭の眼力は、やはり恐ろしい。彼女がいれば、事業転換の道も、本当に開けるかもしれない」
「島田の件だが……我々も、もう一度立場を考え直すべきかもしれないな」
人々の心の向背は、このように微細な場所から緩み、変わり始める。鈴原桜の存在は、湖面に投げ込まれた小石のように、静かに波紋を広げ、一条組内部の生態を徐々に変えていった。
竜也は、これらの議論に直接参加することはなかったが、黒田からの報告と自身の鋭敏な観察を通じて、組内の変化を全て把握していた。彼は、以前島田と関係が近く、会議で曖昧な態度を取っていた中堅幹部たちが、最近になって業務報告をより明確かつ積極的に行うようになり、新たな立場を表明し始めていることを確認した。
彼は執務室の窓辺に立ち、階下の喧騒とした街並みを見下ろした。脳裏には、昨夜、組員たちに囲まれ、温和で揺るぎない横顔を見せていた鈴原桜の姿が浮かんでいた。
彼女は、彼が想像していたよりも早く、そして効果的な方法で、この**「龍の巣」の承認を勝ち取りつつあった。




