第21話 夜食の攻勢
夜が深まり、一条組本部には依然として明かりが灯っていた。伊藤傘下企業への資金トラップは重要な局面に入っており、黒田と金融操作を担当する組員たちは、市場の動向と敵の資金の流れを神経質に監視していた。
会議室は煙草の煙が立ち込め、重苦しい雰囲気に包まれている。
その時、入口で微かなざわめきが起こった。会議室のドアが押し開かれ、鈴原桜の姿が現れた。彼女の後ろには二人の秘書が立ち、有名な居酒屋のロゴが入った大きな包みをいくつも抱えていた。
「皆さん、お疲れ様です」鈴原桜の声は清らかで心地よく、会議室の沈鬱な空気を一瞬で打ち破った。「夜食を持ってきました」
コンピューターの画面とデータに没頭していた組員たちは、一斉に顔を上げ、戸惑いの表情を浮かべながら、清冷な雰囲気の令嬢と、彼女の後ろから漂う食欲をそそる香りを眺めた。
黒田が真っ先に立ち上がった。「夫人、なぜこちらへ?」
「皆さんが連日残業されていると伺いましたので、ついでに」鈴原桜は微笑み、秘書たちに食籠を会議テーブルの空きスペースに置くよう促した。「『寅屋』の弁当と、おでんです。あそこの出汁は格別です。皆さん、温かいうちにどうぞ」
彼女は自ら進み出て、食籠の蓋を開けた。湯気が立ち上り、芳醇な香りが会議室に広がる。高級な蒲焼鰻弁当、サクサクの天麩羅盛り合わせ、そして具材たっぷりの熱々のおでん――深夜まで働く組員たちにとって、その豪華なメニューは喉を鳴らすほど魅力的だった。
「どうか、遠慮なさらず」鈴原桜は温和な笑顔で促した。「少し休憩して、何か食べてからの方が、仕事も捗ります」
彼女は自ら、一人ひとりに弁当と、おでんの入った紙碗を配り始めた。最初は畏まっていた組員たちも、美食と、鈴原桜の自然で分け隔てのない態度に触れ、すぐに緊張が解けていった。
「ありがとうございます、夫人!」
「こ、これは恐縮です!」
「うわ!寅屋だ!予約が超難しいんですよ!」
感謝と喜びの声が次々に上がった。温かい食べ物が体に入り、深夜の疲労と冷気を追い払い、会議室の雰囲気は一気に活気と温かさに満たされた。
一人の若い組員が、感激のあまり、隣の仲間に小声で囁いた。「若頭は、本当に素晴らしい奥様を見つけたよな!美人で優しくて、こんなに気が利くなんて!」
その声は小さかったが、賑わい始めた部屋の中ではっきりと聞こえた。他の組員たちも頷き、鈴原桜を見る目には、心からの感謝と仲間としての承認の色が満ちていた。
***
竜也が、別の用事を終えて会議室のドアを開けた時、彼が目にしたのは、まさにこの光景だった――。
彼の威圧感に常に怯えているはずの組員たちが、鈴原桜を囲み、リラックスした笑顔で何か話している。桜は少し首を傾けながら彼らの話を聞き、その口元には、薄く、しかし偽りのない弧が描かれていた。照明が彼女に落ち、その姿は信じられないほど柔らかく見えた。
彼はドアの枠にもたれかかり、すぐには中へ入らなかった。彼女が持ち込んだ夜食と温かさが、この冷たく張り詰めていたはずの空気を、一瞬にして**「家庭の団欒」のようなものに変えたことに、彼は内心で驚きと、自分でも自覚できないほどの安堵を覚えた。
忙しさからくる殺気に満ちた組員の一人が、ようやくドア口の竜也に気づき、瞬時に緊張した声を出した。「わ、若頭!」
組員全員が、急いで笑顔を引っ込め、立ち上がった。
鈴原桜も振り向き、彼を見た。その視線は、静かだった。
竜也は身体を起こし、中へと歩み入った。テーブルの上の豪華な食籠と、組員たちの手に残るおでんの残り香を一瞥し、最後に桜の顔に視線を固定した。
「来たのか」彼の声には、特に感情は読み取れなかった。
「ええ」鈴原桜は頷いた。「そちらの電気がまだついていたので、ついでに食べ物を持ってきました」
竜也は「ああ」とだけ返したが、彼の全身から、複雑な事務処理によって生じていた苛立ちと殺気は、いつの間にか大半が消え失せていた。
彼の心の奥にある、氷のように冷たい堅い部分が、この予期せぬ、食べ物の香りを含む温かさによって、静かに一角を融解させられたのを感じていた。




