第2話 「共犯宣言」
周囲のざわめきが、まるで潮が満ちるように、彼らの周りを覆っていく。
「二人、知り合いなの?」
「一条組の若頭と、あの鈴原の令嬢が……」
「雰囲気がおかしいわ……」
それらの声は耳に入りながらも、二人の間に凝固した、互いしか存在しない空間を揺るがすことはできない。鈴原桜は、彼女の「お久しぶりでございます」という一言の後に、一条竜也の瞳に渦巻いた感情がどれほど激しいものであったかをはっきりと見ていた。それは、単なる再会の狂喜ではない。今まさに死に瀕した人間が、唯一の命綱を掴んだかのような、魂の確認だった。
彼は一歩踏み出した。その長身が、瞬時に彼女の全身を覆い隠し、周囲の詮索する視線から彼女を隔絶する。その距離は、彼から漂う、シダーウッドと硝煙が混じり合ったような微かな香りを嗅ぎ取れるほど近かった。それは、彼特有の、危険でありながらも、この上なく安心できる匂いだ。
「ここは、話す場所じゃない」彼の声は低く掠れており、反論を許さない断定を帯びている。既に片手が、彼女の二の腕をそっと掴んでいた。力は抑制されながらも揺るぎなく、それは**「守る」という姿勢であり、「振りほどくことを許さない」という導きでもあった。
桜は抵抗しなかった。彼女は、舞い散る桜雨の中を、無数の驚愕や好奇の眼差しを縫うように、彼に連れられるまま、キャンパスのより静かな一角へと向かった。
古い校舎の裏手、背の高い植え込みがまだらな影を落とし、ついに外界の喧騒が遮断された。彼は立ち止まり、振り向いた。彼の眼差しは、まるで最も精密な計器のように、再び彼女を頭から爪先まで検分する。それは、彼女の存在が現実のものか、無傷であるかを確認しようとするかのようだった。
「一条竜也」彼女は顔を上げ、彼の底が見えない、いまだ感情の波が収まらない瞳を真っ直ぐに見つめる。声は静かだが、すべてを見通す力を帯びていた。「貴方も、私と同じだって知っている」
それは疑問ではなく、断言だった。
彼の瞳孔が、鋭く収縮した。全身から放たれる気配が、瞬時に極度のプレッシャーを帯びる。彼女を掴む手は無意識に締め付けられ、薄い唇は冷たい直線に結ばれた。長い沈黙の後、彼は喉の奥から、極限まで掠れた問いを絞り出した。
「……どの瞬間の記憶が、一番痛い?」
この問いは、まるで毒を塗った短剣のように、二人共通の心臓を正確に突き刺し、血にまみれた、決して癒えることのない傷口をこじ開けた。
桜は、自らの心臓が冷たい手に強く握り潰されたような感覚に襲われ、再び窒息しそうになる。彼女は目を閉じた。前世の終幕が脳内で激しくフラッシュバックする――冷たい墓石。風雨に揺れる桜の若木。彼が白い桜の花を置いた時の、絶望的で静謐な横顔。そして……風雨に飲み込まれて、彼女が聞くはずのなかった銃声。
再び目を開いた時、彼女の瞳には、クリアな諦観と、断固たる決意を秘めた痛みが宿っていた。
「貴方が私の墓前で、桜を捧げたあの日よ」彼女は静かに答えた。その一言一言は、血の重みを伴っていた。
「――ッ!!!」
まるで、彼の体内で何かが完全に崩れ落ちたような衝撃が走った。
全ての自制心、全ての理性が、この答えを聞いた瞬間に、瓦解した。
彼は乱暴に腕を伸ばし、彼女を骨の髄まで、その血肉に溶かし込もうとするかのような力で、固く、彼女を抱きしめた。彼女の頬は、彼の硬く熱い胸に押し付けられる。その奥で、心臓はこれまでにないほどの力と速さで狂ったように鼓動し、彼女の鼓膜を打ちつけた。
「今度こそ」彼の熱い吐息が彼女の耳元を灼く。声は掠れていながらも、最も重い誓いのようで、一語一語が、彼女の心に叩きつけられる。「お前を傷つけた奴は、全員消す」
彼の抱擁は、少々痛いほどに密着していた。しかし、その痛みの中には、これまでに感じたことのない絶対的な安心感があった。まるで、長く漂流していた孤舟が、ようやく唯一の港を見つけたかのように。彼女は、彼の身体が微かに震えているのを感じた。それは、強大な男が、失ってから取り戻したことによる、抑えきれない後悔と、深すぎる慈しみの震えだった。
鈴原桜は微動だにしなかった。
彼女はしばらくの間、静かに彼の胸に身を委ねた後、腕を上げ、同じように力を込めて、彼の逞しい腰を抱き返した。それは、一つの応答であり、確認であり、そして盟約の締結だった。
「いいえ」彼女は彼の言葉を静かに訂正した。声は大きくないが、異様なほどクリアで揺るぎなく、彼と同等の力を帯びていた。「私たちが、一緒によ」
共犯者。
この言葉は口に出す必要はない。しかし、この瞬間、それは彼らの間に最も強固な絆として結ばれた。彼らは最も痛ましい記憶を共有し、そして必ずや、共に筆を執り、運命の結末を書き換えるだろう。
一条竜也の身体は、彼女のその一言によって、さらに一瞬、硬直した。そして、抱擁の力はさらに数段強まる。彼はもう何も言わず、ただ、彼女の柔らかい髪の頂に自らの顎をそっと乗せ、目を閉じた。
遠くから、学生の活動の喧騒が微かに聞こえてくる。しかし、この木陰に包まれた一角は、痛烈な過去と新生の決意を内包した静寂に沈んでいた。彼らの戦いは、この瞬間、正式に幕を開けたのだ。




