8話 今日の終わり
その日のお仕事は完了したので、ローラさんとクウガさんと共に寮へと向かう。
寮は安らぎ亭のすぐ隣に併設されていて、2階建てで1階と2階に2部屋ずつある小さなアパートだ。
ローラさんは201号室、クウガさんは102号室を使っていたため、私は202号室を使わせてもらうことになった。
部屋の間取りは1K。お風呂ではなくシャワー室が付いており、トイレとは別。
シャワーのお湯は安らぎ亭のボイラー室で夫妻が沸かしてくれたものを引っ張ってきているそうで、ガスとか電気がなくてもちゃんとお湯が出る。すごい。
部屋はベッドと机とクローゼットだけの質素なもので、元実家の私の部屋の半分くらいの広さしかなかったけれど、それでもこっちの方がずっと居心地が良いと感じた。
机の上に自分でクラフトしたキャンドルランタンをコトンと置いて、1階へと降りた。
アパートの庭は共同の洗濯場となっていて、なんと洗濯板で自分でゴシゴシと洗うそうだ。屋根が付いているので雨の日でも安心だ。
でも、私はあることに気付いてしまった。
「そう言えば私……お洋服の替え、持ってないや……」
着ているワンピース1着に手ぶらで森へと連れてこられた私。
そんな私を見て、ローラさんは服のポケットから小銭入れを取り出した。
「じゃーん。実はルシールさんからお金もらってるのよ。これで必要なものを買いましょ♪」
「えっ……えっと、お給料の前借りとか?」
私がそう言うとローラさんはふふっと笑う。
「多分、違うと思うけど……。もし、気になるんなら給料から天引きしてーって、後で頼んでごらんよ」
「そうなんだ……うん、そうする。甘えてばっかりじゃいけないからね」
「甘えられるうちにたくさん甘えとけ。その年で一人で生活しようって思ってるだけでもすげぇんだからさ」
と、クウガさん。彼は自分が昨日干したのであろう洗濯物を取り込んでいた。
「クウガさん……ありがとう」
⸺⸺
それからローラさんとファムと一緒に世界樹の麓に広がる町を練り歩いた。
「ここは、王都なの?」
「そうよ。王都の中でもユグドーラ城に一番近いところで、城下町だって思ったら良いよ。正式名称は『王都ユグドラシア、世界樹の麓』ね。この麓を中心として大森林の中に大きな都市が広がっているの」
「そっかぁ。すごいなぁ……」
「あっ、あっちに子ども用の服屋さんがあるわ。あそこで探しましょ」
「うん!」
メルヘンなワンピースに部屋着に下着、毎日の生活に必要なタオルや石けん、櫛に歯ブラシ、更には蝋燭やマッチなんかも買って、独り暮らしの準備完了だ。
蝋燭のクラフトに必要なハゼの実はそこら中にあるらしいから、自分で集めて来たら蝋燭は買わなくて良くなりそう。
買い物が終わる頃にはもう日が落ちかけており、エルフのお兄さんが杖を持って「ファイア!」と唱え、炎の魔法を放って街灯に火を灯していた。杖の先に光の魔法陣が浮かんでおり、カッコいい。
大きい炎を遠くへ飛ばすときは、魔法用の杖と呪文が必要なんだ。
⸺⸺
安らぎ亭のダイニングへ戻ると、既に晩ご飯が出来ていた。今日のご飯はオムライス。元実家では主食はお米ではなくパンやパスタだったけど、ここはお米もパンも麺類も色々食べるみたい。
前世ぶりに食べたオムライスは泣きそうなくらい美味しかった。
夕食後、お皿洗いを手伝いながら「今日のお金は天引きにしてほしい」とルシールさんへ頼んでみたけど、全然受け入れてもらえなかった。私、助けてもらってばっかりだ。
そのため明日からのお仕事をより一層頑張ろうと決意をして、今日のお金はありがたくいただいた。
⸺⸺202号室⸺⸺
自分の部屋へ戻り、マッチでキャンドルランタンに火をつける。ファムも壁に付いていたキャンドルランプに火をつけるのを手伝ってくれた。
「部屋を明るくするだけでも大変なんだなぁ……」
前世では当たり前にLEDの照明を付けていたのに。だけど、このランタンの火、落ち着くなぁ……。これはこれでオシャレな気はする。
シャワーを浴び、買ったばかりの部屋着を着て、ベランダへと顔を出す。
夜空を見上げると満天の星が輝いていた。
「うわぁ、綺麗だねぇ」
「キラキラなのだ♪」
「明日は、まず起きたら洗濯して、朝食作りの手伝いをするんだぁ」
星空を見ながら明日の妄想を広げる。
「その後は何をするのだ?」
「その後はねぇ、朝ご飯を食べて、お部屋の空きが出たらお部屋のお掃除するんだ。掃除機なんてものはないから、箒で掃くんだよ」
「この世界ではそれが当たり前なのだ」
「メイドさんたちも大変だったんだなぁ……。私も頑張るぞー!」
明日からの毎日も楽しみだ。さて、起きられないと困るし、もう寝よう。
ベランダから部屋へ戻って蝋燭の火を消すと、ファムと一緒にベッドへと潜り込んだ。