58話 海竜の涙
⸺⸺海底神殿、海神の間⸺⸺
ピスキス城内の転送魔法陣から転送された先は海底神殿にある“海神の間”というところに繋がっていた。
そこは何か特別な物が置いてある訳ではなく、神殿内部のなんでもないただの1室のような、そんな部屋だった。
しかし、窓から外を覗き込むと真っ暗な夜のような景色の中によく分からない魚が泳ぎ回っていて、ここは本当に海の底なんだと思い知らされる。
物珍しそうに辺りをキョロキョロしまくる私たちへニコラス王が口を開いた。
「一般の冒険者は、ピスキアノス内にある転送魔法陣から海底神殿にある海底のダンジョンの入り口に直接転送されるため、ここに来ることは出来ない。そこにある転送魔法陣からも海底のダンジョンへ潜ることが出来るため、ぜひとも活用してくれたまえ。一般の入り口よりも混まずにスムーズにダンジョンに挑むことが出来るぞ」
「マジか……ありがとうございます!」
クウガは素早く鋭角にお辞儀をした。それならきっとダンジョン攻略に集中出来るから、早く下層へ進められそうだね。
「ニコラス陛下、この海神の間とは何をするところなのでしょうか?」
と、テオ。確かに気になる。だって、何もない。まるでティターニア様のいる世界樹の間みたいだ……あっ、もしかして!
「もしかして、海神様の意思がどこかに!?」
私がそう叫ぶと、ニコラス王はこくんと頷く。
そして、返事をしてくれたのはニコラス王ではない、別の男性の声だった。
『さすがは世界樹の祝福を授かりし者。そなた、名は何という?』
その声が聞こえたかと思うと神殿の外からゴゴゴゴゴと流水の音がして、この海神の間の中央付近にポッと光の球が現れた。
「わわわっ、すげぇ音!」
「なんか、急に光が……!」
クウガとテオはプチパニックになっている。あの水の音は、多分この神殿の目の前まで海神様が来ているんだ……。
「私はシルフィ・ラベンダーです。あなたは、四大精霊の海神様ですか……?」
『左様。我が名は“海竜ティアマト”。水の大精霊だ。この国の者からは“海神様”と呼ばれている。さてニコラスよ。シルフィらを連れてきたのは、そこの鳥人族の少年を我に紹介するためか?』
「えっ、僕!?」
驚くテオをよそに、ニコラス王は「そうです」と答えた。
『珍しい……そなたからは我ら水の民の魔力を感じる』
海神様にそう言われたテオは、すぐにピシッと姿勢を正した。
「僕……私はエアリアル様の加護領域内にある都市国家ホークアイズという小国の第7王子、テオバルト・ホークアイズと申します。私の祖父が魚人であり、妖精王曰く特殊な隔世遺伝だとのことです」
『ふむ。我が同胞テオバルトよ、そんなにかしこまることはない。“僕”で構わないぞ』
「えっ、あっ……はい、ありがとうございます……」
『そなたの魔力からは、強い信頼と愛情のようなものを感じる。そなたはその魚人の魔力を受け入れ、共存してくれているのだな』
「はい。僕にこの魔力があると分かってから、僕の人生は一変しました。この魚人の魔力は僕にとってかけがえのない物であり、僕の誇りです」
真っ直ぐにそう言うテオに、側で聞いていた私たちもうんうんと頷いた。テオは本当に変わった。
魔力のことを知る前から変わりたいという気持ちがあったからだとは思うけれど、彼は強く、たくましくなった。
『実に良き心情だ。それならば、我もそなたの敬意に応え、世界樹の祝福と同等の加護、“海竜の涙”をそなたへ授けよう』
「えっ!?」
驚いて固まっているテオの頭上から青くキラキラとした光が降り注ぐ。やがてその光が収まると、テオの肩の上にポンッとケットシーが出現した。
「ファムみたいなのが出てきた! でも、下半身がお魚さんだ。ケットシーなのかな!?」
私はそのケットシーの容姿の新しさにひとり大興奮をしている。ファムのような妖精の羽はなく、上半身が猫で下半身がお魚。大きさはファムと同じ手のひらサイズだ。
すると、生まれたばかりのその半魚猫が口を開いた。
「あたちもケットシーよ。あたちの主様が猫と魚の姿を潜在的に所望していたからこの姿になったのね」
「主様って……僕のこと!?」
「そうよ、他に誰がいるのよ?」
「テオ、潜在的に猫と魚の妖精を望んでたんだな……」
と、クウガ。
「うぅっ、多分ファムの影響だよ……ちょっと恥ずかしい……」
テオはそう言って手で顔を覆った。確かに潜在的とか、自分の本当の心を丸裸にされたような感じになるね……。
私はパニックになっているテオに代わって海神様へ質問する。
「海神様。海竜の涙の加護は、具体的にどんな効果があるんですか? 結界とか?」
『左様。結界や、妖精を通して我やニコラスと意思疎通を図るのは世界樹の祝福と同じだろう。もう1つ海竜の涙には、水属性の魔力を強める効果がある。腕試しに海底のダンジョンでも攻略してくると良い』
「結界はあたちがオンオフ切り替えられるからね。雑魚のフロアは結界を使って、経験値が欲しくなったらオフにすれば良いのよ♪」
「す……すごい! こんなすごい力、僕がもらっても良かったのでしょうか……」
「つーかそれ、俺にも恩恵あるな……雑魚フロアを秒で突破出来るのはめちゃくちゃ助かるぜ……」
ソワソワと落ち着かないテオとクウガ。
『ふむ。自分には荷が重いと感じるのであれば、そちらの“鬼の友”のためにその加護の力を使うと良い』
「! はい、ありがとうございます!」
こうしてテオは、海竜の涙の加護と半魚猫の妖精を手に入れたのであった。まずはテオ、その子に名前を付けてあげないとね♪




