23話 親しき仲にも礼儀あり
安らぎ亭へ帰ってくると、ローラは夜もカフェを開くようなのでコーヒー豆の買い出しに出かけた。
私の魔導具屋さんは7時から12時まで。ローラのカフェは7時から12時、19時から21時の営業と決めて、看板に営業時間を書き足してもらった。
クウガとテオも宿の掃除に向かったため、私はロビーで店番をしているルシールさんのところへと向かった。
「ルシールさん、ただいま」
「おかえり、シルフィちゃん。テオ君とは仲良くなれたかい?」
「はい、バッチリです!」
「おや、本当かい。それは良かった、ちょっと心配していたからねぇ……」
ルシールさんはホッと胸を撫で下ろした。
「これ、お土産です! 大樹亭のフィッシュパイだよ」
私はそう言って持っていた紙袋を彼女へ手渡した。
「まぁ、大樹亭のフィッシュパイ、アタシ大好きなんだよ。ありがとうね、後で旦那といただくよ」
「うん! それでね、ルシールさん。宿屋のお仕事の件なんだけど……」
「うん、話してごらん」
「私、午前中に魔導具屋さんを開いて、午後からは素材を集めに行ったり、次の日の在庫を作ったりしようと思ってるから、宿屋のお仕事はやめようと思ってるの」
「そうだね。やりたい事が見つかったんだから、そっちに集中したら良いよ」
「ありがとう、ルシールさん。それでね、ここからは、ルシールさんとのお仕事の話」
「アタシとの……? なるほど、宿屋の女将と魔導具屋の店主の仕事の話って訳だね」
「うん……まず、宿屋の従業員ではなくなるから、正式に宿屋の中でお店を経営する許可が欲しいの」
「そうだね、分かった。後で旦那に役所に行ってもらうよ」
「ありがとう! 後は、寮のことだけど、もう一人従業員さんを雇うまでは住ませてほしいです。家賃を払います。ご飯も、テオともっと仲良くなるまでしばらく一緒に食べたいから、食費を払うので一緒に食べさせてください」
「あはは、ローラちゃんと全く同じことを言い出したね」
ルシールさんはあっはっはと大笑いをする。
「えっ、そうなの!?」
「なんだい、2人で話を合わせたんじゃないのかい」
「うん、自分でこうしようって思って……」
「シルフィちゃん……初めは右も左も分からないようだったのに、立派になったじゃないか……。アタシは、そういう自立しようとする意思は尊重するよ」
ルシールさんはそう言ってニッコリと微笑む。
酒場でローラが言ってた通りだ。ルシールさんは、一歩踏み出そうとしている人の力になりたいんだ。
「ありがとう、ルシールさん」
「じゃ、ローラちゃんと同じ、月の家賃は3万で、食費は1万もらうよ」
「えっ、それだけで良いの?」
「あぁ、これだけもらえれば十分だね。その代わり、どれだけ外食しても1万ってことにしよう。その方がシルフィちゃんも今日みたいに気軽に外食出来るだろう?」
「うん、分かった。家賃と食費は銀行からの引き落としに出来る?」
「もちろん出来るよ。後で手続きしようねぇ」
「うん、本当にありがとう!」
⸺⸺
「さて、なら次はアタシからの提案だ」
と、ルシールさん。
「うん、なになに?」
「今後、客室に新しい魔導具を置きたいときは、アタシに売りつけておくれ。値段はシルフィちゃんに任せるよ。今まではタダで置いてもらっていたからね、これからは、それもちゃんと買うよ」
「それなんだけど、お部屋に置かせてもらえることで、魔導具の宣伝にもなってるの。だから、販売価格の4分の1で、どうですか?」
「あぁ、値段は任せると言っただろう? 了解だよ、これからはその値段でアタシに営業しておくれ」
「うん!」
「さぁ、まとまったね。なら、今の話を旦那にしておいで。ダイニングで休憩しているはずだから。それで、悪いけど旦那と一緒に手続きしに行ってもらえるかい? アタシは店番しなくちゃだから」
「分かりました! ありがとう、ルシールさん!」
「うんうん、頑張るんだよ」
「はい!」
その後ダイニングでくつろいでいたダグラスさんに報告をすると、彼は「シルフィちゃんがこんなに立派になっちゃって……おじさんは嬉しいよ……!」とわんわん泣き出してしまった。
なんとかなだめて一緒に役所に行き、営業許可の手続きを。更に銀行に行って、家賃と食費の引き落としの手続きもしてもらった。
⸺⸺
ローラともお仕事の話をして、ローラは紙コップとマドラーの購入を。私は看板にイラストや商品名を追加してもらう時の依頼料を払うこととなった。
クウガとは用心棒の話を。いくら世界樹の祝福があって魔物が寄ってこなくても、ボスは絶対に倒さなくちゃいけない。だから、その時には用心棒として雇わせてもらう、そういう話でまとまった。
⸺⸺
諸々の話を終えて寮の自室に戻ると、背中からベッドへドサッと倒れ込んだ。
「どうしたのだ? 疲れたのだ?」
ファムがそう言って一緒にベッドに寝転がる。
「ううん、疲れたんじゃなくて、達成感と言うか何と言うか……。私、ようやく一人前になって自立出来たのかなって思ってさ」
「シルフィはちゃんと宿屋でも働いていたのだ」
「でも、3食寝床付きだったんだよ? それは私の中では半人前、だったかな」
「にゃるほど。これで他の大人と同じ、一人前なのだ」
「そう言うこと! さぁ、素材の在庫はありそうだし、早速明日の分の魔導具のクラフトしますか♪」
そう言ってガバッと起き上がる。しかしファムは寝転がったまま「にゃぁはこのままお昼寝するのだ」と言って丸くなった。
「あはは、おやすみ、ファム」
猫だもんね、昼間はたっぷりお昼寝しないと。
私は「よし!」と気合を入れると無心でクラフトを唱え続けた。




