22話 身分も年齢も種族も
⸺⸺酒場『大樹亭』⸺⸺
今日は私のおごり。初めての魔導具屋さんの稼ぎは絶対にみんなのために使いたいって思ってたから。
ダグラスさんとルシールさんは宿屋の店番をしなくちゃで来られなかったから、帰りにお土産を買って帰る予定。
「かんぱーい!」
「か、かんぱい……!」
全員ジュースで乾杯。ここのマンゴージュース美味しいんだよなぁ。なんでもここのマンゴーは世界樹の近辺で育てていて、世界樹の恵みが詰まっているからだとか。
クウガさんもローラさんも遠慮しないでガンガン頼んでくれる。きっとそれも私のためなんだろうなと思う。
「いやぁ、しかし、今までマッチを使ったことがねぇってのは驚いたな……ほら、鳥人は雑食だろ? ポテトに唐揚げ、食え食え」
「は、はぃ……ありがとうございます……」
「鳥人族って、唐揚げ食べるんだ……」
共食いという言葉が脳裏をよぎってしまう。
「それな」
と、クウガさん。いや、唐揚げ差し出したのクウガさんだからね?
そんな私の疑問にローラさんが答えてくれる。
「個々の好き嫌いは別として、鳥人族は鶏肉も卵も食べるし、魚人族は魚も魚介類も食べるわよ。エルフは身体の構造上みんな草食で、獣人族の一部にも同じ理由で草食や肉食がいるわね。私は知っての通り雑食よ」
「なるほど、勉強になります!」
酒場のメニューを見ると面白い。ちゃんと肉食用のメニューや草食用のメニューもある。ハンバーグで言うと、肉100%のハンバーグや大豆ハンバーグなんかがそうだ。
⸺⸺
話をマッチに戻すと、そう言えば私もマッチは使ったことがなかったことを思い出す。だって、ユグドラシアに来て初めて電気がないって知ったんだから。
「テオ君、部屋の明かりは今までお手伝いさんがつけてくれてた?」
私がそう尋ねると、クウガさんは「そっか、そういやシルフィもそうだったよな!」と納得する。
「シルちゃんは前世の記憶があったから、マッチの擦り方も知ってたってことよね。だからむしろ、貴族ならマッチを擦れなくても当たり前……ってことね」
と、ローラさん。つまり私が言いたいのはそういうことだ。
テオ君は、静かにコクンと頷いた。
「はぃ、皆さんのおっしゃる通りで……今まで使用人に世話をしてもらっていたため、恥ずかしい話ですが、マッチすら擦れなかったのが僕の現状です……。あ、あの、それで、シルフィさんの前世の記憶と言うのは……?」
「うん、あのね……」
私は今までの経緯をテオ君に全て話した。
⸺⸺
「あの魔導具は……前世の機械という道具からヒントを得た物だったのですね。それに、ケットシーがいるなって思っていたら、まさか世界樹の祝福によるものだったとは……」
テオ君は珍しく興奮気味にそう言った。私の前世のこととか、ファムのこととか興味を持ってくれているんだ。ちょっと嬉しい。
「にゃぁはファムなのだ」
「は、はぃ、すみません、ファムさん……」
「ファムさんは気持ち悪いのだ」
「す、すみません……えっと……ファム様……」
「違うのだ、向かっている方向が真逆なのだ」
ファムとテオ君のシュールなやり取りに私たちは思わず笑ってしまった。ファムもはっきり呼び捨てで良いよって言わないあたり、テオ君をおちょくってそう。
そんな私たちを見て、テオ君は覚悟を決めたようにこう言った。
「シルフィさんは、そんなすごい秘密をなんのためらいもなく教えてくれました。それに……皆さんもこんな僕を煙たがる事もなく、こうして仲間に入れてくれている……。だから、聞いてください……僕の、話も」
私たちは揃って「うん」と頷き、テオ君を見守った。
「僕の本名はテオバルト・ホークアイズ。代々タカの鳥人一族が治める『都市国家ホークアイズ』の第7王子です」
「えーっ! 王子様!?」
と、驚愕する一同。
「み、皆さん……声が大きいです……」
「おっと、わりぃわりぃ……」
「ごめん、つい……」
「ごめんね……」
「酒場自体がざわついているからセーフなのだ。誰も気にしていないのだ」
ファムにそう言われてキョロキョロと辺りを見回すと、こっちを気にしているような人は誰もいなかった。ふぅ、危ない危ない。
「あれ? タカの一族……? でも、テオ君のその翼は……」
スズメの模様でもふもふそうだから、仲良くなったら触らせてもらいたいって思ってたんだよね。
「はい。タカの遺伝子は強く、どの種との子でも“男であれば”タカが生まれて来るはずなのです。そのため、僕の国は王族の男児は無条件で王族入り。女児は貴族に養子に引き取られ、その家の将来の当主になる。僕たちの国はそう言ったしきたりのある、小さくて閉鎖的な国なんです」
「なるほどな、けど、テオはタカじゃなくてスズメだった、と……」
と、クウガさん。
「はい……。確かに僕は男なんです。ですが、翼は母上の翼を受け継いでしまい、しかも……皆3歳くらいで飛び始めるのに、僕は……未だに飛べないんです」
「その種の当たり前に持っている特徴を持たずに生まれてくる人。結構いるのよ。そういう人は、同じ種族の中で生きるのは結構辛いのよ」
ローラさんはどこか遠い目でそう言った。あれ、ひょっとして、ローラさんも……。
それに、テオ君がおどおどと引っ込み思案なのも納得だ。きっと、あんまり良い待遇を受けてこなかったんだろう。
「兄弟の中では僕が王族で居続けることに異を唱える者もいるのも事実です。僕は、別に王族でいたい訳じゃない。だから僕は……逃げ出しました……」
「そりゃ、逃げたくもなるよな……。むしろ、よく12になるまで耐えたよな、辛かったろ」
と、クウガさん。
「えっ、あの……逃げ出したこと、責めないんですね……」
「私も、新しい母親に殺されそうになって、オベロン陛下に助けてもらって、家から逃げ出してここにいるよ」
「実は私も、実家であんまり上手くいかなくて、飛び出して来ちゃってるの」
「ははは、実は俺も……」
ローラさんと、クウガさんもそうだったんだ……。
「なんつーか、ルシールさんはそういう居場所を求めてさまよってる人を捕まえるのが得意なんだよな」
と、クウガさん。
「そう。でもね、たださまよってるだけじゃなくて、一歩を踏み出そうとしてる人を捕まえてるのかなとも最近思うのよね。シルちゃんだって、勇気を出してみんなに声をかけたんでしょ?」
「うん……あはは、懐かしいなぁ」
「ま、だからよ。互いに傷を舐め合うんじゃなくて、これからの事、助け合って行こうぜ。俺らの間には、身分も、年齢も、種族も関係ねぇ。どっちが上とか下とか、そういうのはもうねぇんだ」
「は、はい……!」
テオ君は、初めてみんなの前で笑顔を見せた。
「身分も、年齢も、種族も関係ない……良い言葉だね!」
私はふふっと微笑む。
その日から私はローラ、クウガ、テオと呼ぶようになり、テオも私の真似をしてかそれぞれ呼び捨てで呼ぶようになった。
テオが来てくれたおかげでまたみんなとの距離が縮まるきっかけにもなった。テオも、早くここが居場所だって思ってくれたらいいな。




