21話 初めは安らぎ亭の売店から
⸺⸺翌朝7時前、安らぎ亭ロビーにて。
「ローラ、保温箱持ってきたぞ」
私の部屋に置きっぱなしになっていた保温箱をクウガさんが軽々と持ってロビーに入ってくる。
「ありがとクウガ。ワゴンの下に置いてくれる?」
「おうよ。シルフィ、俺らの分まで保温箱と魔導氷冷器ありがとな! 全員の部屋に設置完了したぜ!」
「どういたしまして! 色んなもの冷やしてみて」
「良いワゴンじゃないか。シルフィちゃんのクラフトで作ったのかい?」
と、ルシールさん。
「うん、でもデザインを考えて絵にしてくれたのはローラさんなんだよ」
「あはは、良いコンビじゃない」
「うん!」
猫背のテオ君が両手で魔導ライターを握りしめてスタスタと入ってくる。翼もシュンと縮こまって、元気がなさそうだ。それにしてもあの翼……スズメみたいな模様だな。
「あっ、あっ、あの……お、おはようございます……」
「おはよ〜!」
と、一同。
「あの、シルフィさん……!」
テオ君はうつむいたまま身体だけ私の方を向けた。
「シルフィで良いよ。私すっごく年下だし」
「えぇぇ、そそ、そんな……こんな偉大なお方を……」
「い、偉大……?」
私はキョトンとして目をぱちくりとさせた。
「先程、クウガさんから魔導具というものをいただきました。シルフィさんが作った物だと……」
「うん、昨日のうちにあげられたら良かったんだけど、昨日は開店準備で忙しくて……今日起きてすぐ作ったんだ。遅くなってごめんね」
私がそう言うと、テオ君は高速で首を左右にふるふるした。
「とと、とんでもないです! こんな素晴らしい物をくださったのに謝らないでください……。あの、お礼を言いたくて……ありがとうございます……」
テオ君は何度もペコペコと頭を下げていた。
「あはは、どういたしまして♪」
テオ君は人見知りだけど、それでもお礼を言わなきゃって勇気を出して来てくれたのかな。
「ぼ、僕……マッチを使ったことがなくて、昨晩は怖くて使う勇気が出なくて、真っ暗な部屋で過ごしたんです……。魔導具なら、マッチを使えなくても、明かりがつけられます……!」
「えっ、マッチを使ったことがない!?」
ダグラスさんは口をあんぐりと開けて固まる。この世界ではマッチは生活必需品だ。
「おまっ、テオ、そういうことはもっと早く言えっての」
「うわぁ〜、もっと早く魔導具あげたら良かった……」
あちゃー、と頭を抱えるクウガさんに私。
「……自立したいのは、何か深い理由がありそうだねぇ……」
ルシールさんは小さな声でブツブツと呟いていた。なるほど、テオ君は自立をしたいという理由で仕事を探していたんだ。
「ルシールさん、すごい良いタイミングでテオ君を雇ったわね。魔導具をシルちゃんが発明したばかりのこのタイミング。さすがです……」
と、ローラさん。
「あっはっは、さすがにこれは偶然だよ」
そんなふうに盛り上がっていると、泊まっていたイヌ耳のお客さんが1階へと降りてきた。
「今日は、朝から賑やかだなぁ……って、なんだ? 何かお店を始めるのかい?」
「はい、魔導具屋さんとコーヒー屋さんです!」
私はそう言ってローラさんお手製の看板を見るように促した。
「えっ……! あの部屋にあった魔導具が買えるようになったのかい! そりゃすげぇや……。こっちはコーヒーを……使い捨ての紙のコップ!? それも新しすぎるな……もう、買えるのかい?」
「はい、どちらも7時開店の予定なので、もう購入出来ますよ」
と、ローラさん。時計を見ると、もう7時を回っていた。
「やったぜ。ん? この氷冷器ってのは部屋にはなかったな……へぇ、木箱とかに入れて使うのか……」
ローラさんのイラストのおかげで説明もほとんどいらない。
結局そのイヌ耳のお客さんは魔導具全種類と、ドリップコーヒーを注文してくれた。
このままここで飲みたいお客さんのために設置したカフェテーブルで、イヌ耳のお客さんはコーヒーを飲んでいってくれた。
「おっ、このコーヒーめちゃくちゃ美味いじゃねぇか! なるほど、紙で飲み終わったらすぐゴミ箱に捨てられるから、どこでも飲めるってことだな。これならカフェの中で飲み切る必要もないし、気軽に買えるな。うわっ、氷冷器ってやつも結構冷えるな。これはここの部屋には置かねぇのか?」
「少しずつ設置していく予定ですよ」
と、ルシールさん。彼女と話し合って、空いた部屋に保温箱と魔導氷冷器を組み合わせた“冷蔵庫”を設置していく予定だ。
「そりゃ良いな。部屋で試しに使った魔導具を帰りにここで買っていけるって流れが最高じゃねぇか」
「ありがとうございます」
私はペコリとお礼を言う。まさに、それが狙いなんだよね。
宿泊客限定販売にすることで混乱を防ぐことも出来るし、同時に魔導具を1日お試ししてもらうことも出来る。
なんだあの魔導具便利だから買っていこう。そういう流れになればいいと思っていたけど、お客さん自身もそう思ってくれているのは大成功だ。
初めてのお客さんは、その後コーヒーをおかわりして旅立って行った。
⸺⸺
その後、宿に泊まったお客さんの全員が出かける時に全種類の魔導具を1つずつ買ってくれたため、用意していた在庫は午前中で完売御礼となった。
ローラさんのお店も全員が何かしらを注文してくれて、最初のお客さんみたいにおかわりをして旅立つ人も多かったので、仕入れたコーヒー豆が全てなくなってしまったらしい。こちらも完売御礼だ。
「やったわね、シルちゃん! 初日大成功よ!」
「うん! やったねローラさん!」
私とローラさんは向かい合って笑うと、パチンとハイタッチした。
そして、魔導具が全部売れて1日でとんでもない稼ぎを叩き出した私は、テオ君の歓迎も兼ねてお昼に従業員の4人で酒場に行くことにした。




