2話 世界樹のもとへ
「この森は……人喰いの魔物はいないの?」
キョロキョロと辺りを見回すが、それらしき気配は一切なかった。
「それは、私が昔人間の国に流した噂だ。この大陸には様々な種族の国があるが、何百年も前、人間だけが世界樹を悪用しようとした。そのため、世界樹の怒りに触れ、世界樹は人間だけではこの森を抜けられないように幻惑をかけた。しかし、人間は世界樹を求めてこの森に入り、出られなくなってそこら中に死体が転がってしまうという問題が発生した」
「うっ……」
「このままではこの森が死の森と化してしまうと危惧した私は、世界樹の精であるピクシーを人間の国へと派遣し、人喰いの魔物が出るという噂を流させたのだ」
「そうなんだ。じゃぁ、人喰いの魔物が出るっていう噂は、逆に人間を助けるためだったんだね……。大昔の人は、世界樹とかエルフっていう言葉を知っていたんだ。今は、全く聞かないや」
「それで良い。知ればまた欲が出る。それは人間だけではない、私たち“ヒト”の本能である。それを、抑えられるかどうかが重要なのだ」
「そっか……」
「さぁ、ここから先はお前の知らない世界だ」
オベロン王は私の肩に手を置いた状態で進んでいく。すると、何もないはずの空間が突然波打ち、まるで水の壁を抜けたかのような感覚を覚えた。
「?」
一体今のは何だったんだろう……?
「ここまではどうしても結界を通らなくてはいけないため徒歩で進んだが、ここからは飛んでいこう」
「飛んで……? うわぁっ!」
突然ふわっと身体が浮き上がり、オベロン王に抱きかかえられているのだと言うことを知る。
どんどんと地面が離れていき、森の木々が小さくなっていく。
そして、私はこの世界の広さを目の当たりにした。
「わぁぁっ!」
まだずっと続いている森の先には森に囲まれた町が見え、更にその先には西洋風のお城。そして、周りの木々が米粒に見えてしまいそうなほどの巨木がそびえ立っていた。
「あの大きな木が世界樹!?」
「そうだ」
知らなかった。私は、ここは私のいた国と魔の森があるだけの小さな島だと思っていた。
だけど、オベロン王は“大陸”って言った。その言葉通り、世界樹の向こうには山脈や渓谷が広がり、平原が広がり、砂漠が広がり……。
いかに私は狭い世界で生きてきていたのかを思い知らされた。
「私が許可した故に大丈夫だとは思うが、一応人間族であるため世界樹のもとへ行くぞ」
「うん……!」
オベロン王はスィーッと滑空をしながら世界樹へと向かい、そしてゆっくりと着地した。
⸺⸺ユグドーラ王国、王都ユグドラシア、世界樹の麓⸺⸺
大きな根に寄り添うかのように建物やお店が並び、角の生えた人や鳥の翼を持った人、また、うさぎの耳の生えた人や、服を着た猫が2速歩行で歩いているのなんかも見かける。
世界樹って言うからもっと近寄りがたいのかと思ったけど、むしろ根っこの下に入っていく人なんかもいて、思ってたよりもずっと賑やかな場所だった。
「みんな……ヒト?」
「そうだ。お前の人間族も含め、我々は種族が違うだけでみんな同じヒトだ」
「すごい、いろんな人がいて楽しいなぁ……♪」
「その気持ちは大事だ。決して自分と違うからと言って虐げるような事をしてはいけない」
「うん」
「こっちだ、付いてこい」
「うん」
オベロン王の後をてくてくと追いかけると、大きな根っこの下が洞窟の入り口のようになっており、色んな人とすれ違いながらその洞窟へと入った。
すれ違う人の中には「キャーッ! オベロン陛下よ!」とか「妖精王オベロン陛下! 初めて見たぜ!」なんて言っている人もいて、この人は本当に王様なんだと思った。
⸺⸺世界樹の洞窟⸺⸺
洞窟の中は開けていてキラキラと不思議に輝く水晶の石があちこちの壁から顔を出しており、神秘的な雰囲気を感じた。
武器を持った人たちがみんな左の通路へ入っていく中、私たちはフロアの右奥へと進む。
そこには2つの光の魔法陣が地面の敷かれており、案内係のようなエルフのお姉さんが立っていた。
しかし、そのお姉さんには妖精のような透明な羽は付いていない。キョロキョロと他のエルフの人を見てみても、誰もオベロン王のような羽は付いていなかった。
「この妖精さんの羽が、妖精王の証?」
「そうだ。この羽は王の座を継ぐ際に世界樹から賜るものだ」
「そうなんだ、すご……」
「オベロン陛下! お疲れ様です!」
「うむ」
エルフのお姉さんに軽く相槌を打って魔法陣へと向かうオベロン王。
「こんにちは……!」
私も勇気を出してお姉さんに挨拶をすると、お姉さんは「まぁ、可愛らしい“ドワーフさん”、こんにちは」と挨拶を返してくれた。
「ドワーフって思われちゃった……」
オベロン王にコソッとそう告げる。
「まぁ、普通の人らは人間はもう滅んだものだと思っているからなぁ……」
「そうなんだ……人間って、あんまり言わない方がいい?」
「別に、隠す必要はない。嘘をつくのが忍びないなら訂正をすればいい」
「分かった。あっ、あの、私、ドワーフじゃなくて人間です!」
そう言って手を振りながら、オベロン王の乗った魔法陣へと飛び乗った。魔法陣の横には『世界樹の間』という看板が立っている。
エルフのお姉さんが「あっ、ごめんなさい……えっ!? 人間!?」と目を真ん丸にするところを見ながら、私たちは魔法陣の光に包まれた。
⸺⸺世界樹の間⸺⸺
光が収まると、さっきとはまるで別の空間に移動をしていることに気付く。床にはタイルが敷き詰められ、ガラスの壁で囲われ、ガラスの向こうには枝や木の葉が生い茂っている不思議な空間だった。
「わぁ……これ、移動をする魔法陣なの?」
「そうだ。転送魔法陣と言う。世界中のあちこちに設置されているから、どこに行くのかしっかりと確認をしてから乗るといい」
「うん、分かった!」
『オベロン……その子は、人間ですね……?』
落ち着いた女性の声が聞こえると同時に、目の前に光の球が浮かび上がった。
まさか、この光が世界樹……! 確か、人間のこと、怒ってるんだったよね。
私は緊張しつつ、背筋をピシッと伸ばした。