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18話 もう一人の夢

 翌日、私は宿屋のお仕事をお休みさせてもらって、自室にこもって魔導具屋さんを開くにはどうするかの計画を立てていた。


「シルフィ……これはなんの絵なのだ?」

 ファムは私の描いたアイデアのイラストを見て、思いっ切り首を傾げた。

「これね、露天商さんの絵だよ?」

「露天商人……蜘蛛(くも)の魔物かと思ったのだ……」

「えぇ、人ですらない……!」

「そうなのだ。この絵は人ですらないのだ」

「がーん……!」


 そう、私はビックリするぐらい絵心がなかった。ローラさんのあの完ぺきなイラスト、本当に尊敬する。

 でも、ローラさんはきっとたくさん絵の練習をしたんだと思う。ローラさんならきっと、自分のお店を持っても素敵な看板が描けるよね。


⸺⸺ローラさん、ずっとお店を開くのが夢だったのに、私の方が先にお店を始めることになっちゃった……。


 思わずアイデアをメモする手がピタッと止まる。

「シルフィ、落ち込んだのだ? ごめんなのだ」

 ファムにそう言われてハッと我に返る。

「えっ、違う違う、ローラさんだって、お店やりたかったのになって思って……」

「コーヒーなら、シルフィと同じようにロビーで販売出来るのだ」

「ロビーで……でも、ロビーにはかまどがないから沸かしたてのお湯を注ぐことが……あっ!」


 私は慌ててクラフトスキルブックをペラペラとめくった。

「あった!」

 お目当ての物は、魔導具の炎の魔石を使うところに載っていた。


「スチール鉱石と魔石と炎の魔石……火を使う道具はほとんどこの組み合わせで出来るね。ガラスの部分がある物はこれプラス砂って感じ」

 ダンジョンで取ってきた素材を入れてある木箱をガサゴソと漁り、スチール鉱石2つと魔石と炎の魔石を取り出した。

 今回はスチール鉱石を2つ使う。物によって素材の割合は微妙に変わってくるようだ。


「よし……“魔導ドリップケトル”をクラフト!」

 机の上に、注ぎ口の細長いやかんのような見た目の魔導具が完成した。水を入れて下の方に付いているボタンを押すと、お湯が沸く仕組みだ。

「これなら、かまどがなくてもコーヒーが淹れられる……!」


 更に私は、この世界にはなかった“紙コップ”をクラフトした。コップの周りに断熱加工がついていて、なぜか猫のシルエット付きだ。

「魔導具には猫の模様は付かないのに、小物系を作ると必ず入ってるんだよなぁ……」

 可愛いから良いんだけどね。


「これは……紙で出来たコップなのだ。でも、なんで紙のコップなのだ? どうせなら陶器のティーカップの方がオシャレなのだ」

 ファムはそう言いながら紙コップを持ち上げて色んな角度から眺めていた。


「これはね、宿に泊まる人がコーヒーを買って自分の部屋でゆっくり飲んで、そのまま部屋のゴミ箱に捨てられるようにしたんだよ。それに出発する前に買った人も、ロビーで無理して飲まなくても外に出て歩きながら飲めるでしょ? だって、ティーカップを返さなくても良いんだから」


「にゃるほどなのだ。1回きりのティーカップなのだ」

「こういうの、使い捨てって言うんだよ」

「これなら気軽にコーヒーを飲もうって思えるのだ」

「でしょ、でしょ!? 早速ローラさんに見せに行こう!」

 私はサッとクラフトした木箱に魔導ドリップケトルと紙コップを入れて、部屋を飛び出した。


⸺⸺安らぎ亭、ロビー⸺⸺


「ルシールさん! ローラさんどこにいる!?」

「おや、シルフィちゃん。そんな嬉しそうに木箱を抱えて……ローラちゃんならすぐそこの階段を掃除していたと思うよ」

「分かった、ありがとう!」


 階段へ向かうと、サッサッと(ほうき)を掃く音が聞こえてきて、上の階から下りてくるローラさんと鉢合わせた。

「ローラさん、みっけ!」

「シルちゃんじゃない。そんな木箱持ってどうしたの? 確か、お店の計画立てるんじゃ……」

「うん、そうなんだけどね。これをどうしてもローラさんに見てもらいたくて!」

 私はそう言って木箱の中から魔導ドリップケトルと紙コップを取り出した。


「これ……ドリップ用のやかん……? あっ、魔導具じゃない! これは……紙で出来たコップね……周りが独特の肌触りだわ。あっ、猫ちゃんの模様、可愛い♪」

「あのね、ローラさんも一緒にロビーでお店、やろう!」

「えっ!? ちょっと待って、これってまさか……わ、私のために……!?」

 ローラさんは驚いているのか、目をぱちくりとさせていた。次第にうるうると涙ぐんでくる。


「わっ、ローラさんごめんなさい! 私、余計なこと、したかな……」

 どうしよう、泣かせてしまった……! しかし、ローラさんはぶんぶんと首を横に振った。

「違うの、違うの……ごめんね、嬉しくて……。シルちゃんは……本当に優しくて良い子よね。シルちゃんに出会えて良かった。宿屋のロビーでカフェを開く発想はなかったなぁ……」

 ローラさんは服の袖で涙を拭きながらそう言った。


「ロビーでもコーヒーの販売を出来るってアイデアをくれたのはファムなんだよ」

「ファムが……? そっか、ファムもありがとうね。ちなみに、この紙のコップはどんな感じで使うの?」

「えっとね……」


 私は、さっきファムにした紙コップの説明をもう一度した。

 すると、いつの間にかルシールさんが話の輪の中へと入って来ていたみたいだけど、私もローラさんも紙コップに夢中で気付かない。


「すごい! 使い捨てのコップ! シルちゃんの前世の世界は便利な物がたくさんあったのね……。それなら確かにロビーでも淹れたてのコーヒーをお客さんに提供する事が出来る……。良いなぁ……私もやりたいな。でも、私にはここのお仕事が……」

「何言ってんだい!」

「「わぁっ、ルシールさん!?」」

 私とローラさんが揃って驚くと、ルシールさんは「あっはっは」と大笑いをしていた。


「そもそも、ローラちゃんを雇ったのだって、カフェを開くお金が貯まるまでって話だったろう? やっと夢への第一歩が踏み出せるんだ。何をウチに遠慮なんてしてんだい、そういうのは無しだよって最初に言ったじゃないか」


「あっ、そう言えばそうだった……。もう3年もいるから、ここで働くことが当たり前になっちゃってて……でも、2人も抜けちゃって、宿屋の仕事はどうするんですか?」

 と、ローラさん。

「冒険者ギルドで新しく雇うことにするよ。あんたたちもロビーでお店を開くんだから完全に抜ける訳じゃないし、1人入ってもらえばなんとかなるだろうさ」


 ルシールさんがそう言うと、私とローラさんは顔を見合わせてはにかんだ。

「「一緒にお店やろう!」」


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