10話 父親の如く
⸺⸺安らぎ亭、寮202号室⸺⸺
本を買って自室に戻ってくると、ダンジョンで大量に集めた“メタの木”という木の枝を使って、メモ用の“ノート”をクラフトした。
なぜか各ページの隅の方に猫のシルエットが描かれている。可愛いから良いんだけどね?
更にメタの木の枝と、石炭として使える“カーボン鉱石”を使って“鉛筆”を作成。やはり持ち手の部分には猫のシルエット。
雑貨屋さんにも道具屋さんにも鉛筆なんて売ってなくて、インクをつけて書く羽根ペンしか売ってないんだもん。そんなの面倒くさいから自作。
“消しゴム”もダンジョンに生えている“ゴムの木”で出来る。当たり前のように猫の顔の形になっている。こういうのって尖った耳の部分から使いたくなるのは私だけ?
⸺⸺
「よし、魔力の勉強をするぞー!」
机に向かうとファムも机の上でちょこんと座った。『魔力の全て』を開き、一緒に覗き込む。
最初の章は『マナ』というタイトルだった。
「マナ? 魔力じゃないの……?」
ページを進める。
この世界の空気中には『マナ』という元素がある。酸素よりも割合が多く、通常は5割程度含まれているらしい。
「マナは全ての生命の源、生命はマナを身体へ取り込み、体内で魔力に変換するものと、物理エネルギーに変換するものに分けられる……と」
サラサラと鉛筆を滑らせ、ノートにメモを取る。
「この安らぎ亭にもちゃんと両方いるのだ」
と、ファム。
「魔力に変換してるのが、ドワーフ族と人間族で、物理エネルギーに変換してるのが獣人族と鬼族って事だよね」
「そうなのだ」
「魔力はなんとなく分かるけど、物理エネルギーって……何かな。クウガさんは力持ちだけど……獣人族のローラさんは……あっ、そうだ、こんな時こそ、世界樹の祝福の便利機能を使わせてもらおうかな♪ オベロン陛下、今時間あるかな?」
「確認してみるのだ」
ファムの身体がほわっと光に包まれると、ファムの辺りからオベロン王の声が聞こえてきた。
『シルフィ? 今どこにいる?』
「あっ、オベロン陛下! 今、安らぎ亭の寮の自分の部屋にいるよ。オベロン陛下、今忙しい?」
『私は問題ない。お前の噂は我がユグドーラ城にも届いているぞ。宿屋の仕事を懸命に頑張って、昼下がりにはダンジョンの上層部を徘徊しているそうだな』
「あはは、なんか後半はちょっと恥ずかしい……」
「でも、間違ってはいないのだ」
『ここでの暮らしはもう慣れたのか? 何か困っていることはないか?』
なんか、私の方から連絡したのにめっちゃ聞いてくるじゃん……。
「うん、もうすっかり慣れたよ。安らぎ亭の人たちもみんなすごく優しくてね、宿に泊まりに来る人たちも“偉いね”って褒めてくれるんだぁ♪ 困ってる事は何もないよ。強いて言うなら、早くみんなに恩返しが出来るようになりたい」
「恩返しのつもりで、自分でクラフトした蝋燭を毎日宿屋の在庫にこっそり足しているのだ。でも、ルシールは気付いているけど、気付かないフリをしてくれているのだ」
「えっ、ルシールさん気付いてるの!?」
ファムのカミングアウトに思わず声を上げる私。
「この前シルフィが自作の蝋燭を抱えて倉庫に入って行くのを、ルシールは微笑ましそうに見ていたのだ。口パクで『ありがとうね』って言っていたのだ」
「んぎゃぁ……何それ恥ずかしい……ファム言ってよ〜!」
『……お前たちもなかなか良いコンビのようだな』
「今のを聞いて良いコンビだと思うの!?」
私がそうツッコむと、クックと喉で笑っている声が聞こえてくる。
「もー、オベロン陛下、馬鹿にしてる〜!」
『していない。楽しそうで、何よりだ』
「うん……毎日すっごく楽しいよ。これも全部オベロン陛下のおかげ。えへへ、本当にありがとう」
『……っ』
あれ? 何も返事が返ってこない……。どういたしましてとか、言ってくれないのかな。
「オベロン陛下?」
『……そ、そんな事より、何か用事があったのではないのか』
なんでそんなに慌てているのだろう。でも、そうだった。本来の目的を忘れるところだった。
「そうそう、あのね、今私、オベロン陛下が書いた『魔力の全て』って言う本でお勉強をしているんだけど……」
『何? 安らぎ亭に置いてあるのか?』
「ううん。町の本屋さんで買ったの。初めてのお給料で一番最初に買ったんだよ♪」
『っ!? ……お前も物好きだな……』
「そ、そうかな……? あのね、最初のマナのところなんだけど……」
それからオベロン王は、この世界の種族のことをたくさん教えてくれた。
物理エネルギーとは何も鬼族の怪力のことだけではなく、獣人族は素早く走れたり、高く跳躍出来たりするらしい。
また、鳥の翼を持つ鳥人族も魔力を持たないけど、ものすごい速さで空を飛ぶことが出来るそう。色んな種族がいて面白い。
マナは四大精霊の宿る自然によって生み出されている。
水の大精霊の宿る海、炎の大精霊の宿る活火山、風の大精霊の宿る風、それから地の大精霊の宿る世界樹がマナを生み出しているそう。
世界樹の地下に巨大なダンジョンが生成されているのも、世界樹がマナの源になっているからだそうだ。
『世界樹のダンジョンには魔石がたくさん落ちているだろう? あれは、濃いマナの影響で出来る副産物なのだよ』
「あっ、魔石たくさん拾ったよ! なんかすごそうな物だからクラフトに使えるかなって思ったのに、なんにもなさそうなんだよね……やっぱり道具屋さんに買い取ってもらおうかな……」
『ふむ。それはきっと、シルフィが魔石の働きを知らないからであろう。魔石の働きを理解するには、ドワーフの“魔装飾職人”を訪ねるのが一番早い』
「ましょーしょくしょくにん……?」
『……魔装飾職人だ』
「早口言葉じゃん……」
『いいから、明日、宿屋の仕事を終えたらユグドーラ城へと来なさい。ドワーフの国の地下都市へと連れて行ってやる』
「えっ、地下都市!? い、行きたい! お友だちにも声掛けても良い?」
『構わん』
「ありがとう! オベロン陛下! わぁ〜、楽しみだなぁ♪」
⸺⸺
1ヶ月ぶりに話したオベロン王は、なんだかお父さんみたいだった。これからも本で勉強するときは、オベロン王に聞きながら勉強しようかな。
そして、このドワーフの魔装飾職人さんとの出会いが、私の新たな扉を開くことになるのである。




