チーフ添乗員として参加することになったツアーの馬車が足りなくて、友人に借りようとしたら友人も参加することになってしまいました
「ええええ!」
シモン部長の言葉を聞いて私は思わず叫んでいた。
「カルラ先輩が添乗に間に合わないんですって!」
それは衝撃の事実だった。
「そうなんだ。カルラが添乗している隣国ツアーが川の増水で足止め喰らってしまって、出発に間に合いそうもないと一昨日連絡があったんだ」
部長も青くなっていた。
この迷宮ツアーは高額で参加者も元近衛騎士団長を始め身分の高い人も多いのだ。
それに値段も一人金貨100枚と高いのだ。今の日本円に直して約500万円。
現在の集客数は21名。総トータル1億越えのツアーなのだ。
チーフツアーコンダクターのカルラ先輩がいなくなったら、どうなるのだ? 責任は全てサブの私の背に乗ってくるではないか!
「リーゼ、お前が行った日帰り王宮ツアーは好評だった。ここはお前が是非ともチーフで行ってくれ」
部長がとんでもないことを言い出した。
「そんな、無理ですって!」
私は抵抗した。
初めての泊まりがけの添乗がチーフになるなんて、それもこんな高額ツアー、絶対に無理だ。
「カルラのツアーの行程が伸びて、現地でもクレームが出ているんだ。まあ天候不順で行程の遅れはよくあることだが、三日以上になるとさすがにまずい。対応の為に社長が現地に行っているんだ。俺は責任者としてここに残らなければいけないし、添乗に行ける奴が全てツアーで出払っているんだ」
確かカルラ先輩のあのツアーにはうるさ型のボビー伯爵が参加していたはずだ。確かにその対応は社長しか出来ないだろう。でも、他に行くメンバーがいない訳はないはずだ。
「ルドルフは帝国へのツアーで添乗中だし、エリは産休に入ったし、ドーラも添乗中だ」
「フランカがいますよ!」
「お前と年が変わらないし、あいつは添乗は絶対に出たくないと言っているんだ」
「でも、そんなこと言われても、いきなりチーフは」
私は戸惑った。
「リーゼ、良いか? いつかチーフをやるんだ。それが早いか遅いかだけだろう。俺なんて、最初からチーフだったぞ」
シモン部長は言ってくれるが、繊細という言葉を生まれた時からどこかに置いてきた図太い部長と私を同じにして欲しくない!
「それに、何でも参加いただくモーリスさんとはリーゼは親しいんだろう。そうヨハンからは聞いているぞ」
ヨハンの奴め余計な事を言ってくれて。それは私がミスしてもモーリスならフォローしてくれると思うけれど……でも、それとこれは違う!
「サブにはヨハンをつけるから。何をさせていいぞ」
「ヨハンって新人じゃないですか」
新人なんていてもほとんど役に立たないはずだ。
「ヨハンは学園を優秀な成績で卒業しているんだろ。いざという時は使えるはずだ」
「部長、思っても言わないこと言わないでください!」
私が王立学園に在学中から、学園にいても意味はないだろう、旅行社に入りたいなら、学園を止めてすぐに来いと散々部長には誘われていたのだ。確かに学園にいても、旅行会社で働くのにプラスになることは人脈を作ることしかなかった。その人脈も、王女だとばらせない私としては全く意味がなかったのだ。
「まあ、良いじゃないか! お前がいれば大丈夫だ。俺が保証する!」
部長はめちゃくちゃ無責任なことを言ってくれるんだけど、そもそも私はまたアルバイトなんだけど……
もっともこの世界は能力給なので、バイトだろうが正社員だろうが、給料はそんなに変わらなかったけれど……。
「何があっても知りませんからね」
「問題があれば首になるだけだ。その時は送別会を開いてやるから」
全く気休めにもならないことを部長は言ってくれるんだけど……
「今日はその準備と確認に費やしていいから。頼んだぞ」
そう言うと、やることの溜ってそうな部長は部屋を出て行ったのだ。
ええええ! もう決定事項なの!
私の叫び声は誰にも聞いてもらえなかった。
私は仕方なしに、別室に行ってそこにいたヨハンと最終確認に入ったのだ。
まずは馬車だ。元々高額ツアーは自前の馬車で添乗するのだ。今回はカルラ先輩の隣国ツアーの馬車5台をそのまま使う予定だった。でも、その馬車が帰って来れないとなればすぐに別の馬車を四泊五日の行程で手配しなければならない。
どうするのよ!
私はパニックになりそうだったが、そこは既に部長が四方八方から手配して、全部で5台の馬車を強引に集めてくれていた。
でも、どんな馬車なんだろう。高額ツアーの馬車に使えるのか?
私は不安だった。
部長が手配した馬車会社は3つに別れていて確認したら大体、高級ツアーに耐えられそうな馬車だった。
でも、いつもはベテランの馭者達に護衛と気にしなくても問題ないスタッフなのが、今回は海千山千、どんな馭者と護衛か判ったものではなかった。ツアー初参加の馬車もいるだろう。
「えっ、ちょっと待ってください。荷馬車なんですか?」
一つの貸し馬車屋に魔導電話で確認した私は開いた口が塞がらなかった。
「何言っているんだ。お宅のヨハンとか言う男が何でもいいから五日間馬車を貸してくれって電話してきたんじゃないか!」
私は貸し馬車屋の親父に怒鳴られた。
「ヨハン、あなた荷馬車なんか頼んだの?」
「えっ、俺が頼んだのはワゴンですよ」
「それが荷馬車でしょ! あなた、超高級ツアーの馬車に荷馬車を使うつもりなの?」
「えっ、でも、いくら探しても馬車は空いていなくて、ワゴンなら空いているって言われたから」
必死に言い訳するヨハンに私は頭を抱えたくなった。
「馬鹿もん! お前は何を考えているんだ!」
私から報告を受けた部長がヨハンを怒鳴っていた。
「でも、部長は何でもいいから後一台馬車を手配しろっておっしゃったじゃないですか?」
「お前、常識で考えろ! お前は金貨100枚も払って頂いた高級ツアーに参加していただけるお貴族様を荷馬車に乗せるのか!」
「いや、それは」
もうヨハンは涙目だった。
「部長、怒ることよりも馬車を手配しないと」
それから私達はカウンターの女の子にも手伝ってもらって、なんとか馬車を手配できないか交渉してみた。
でも、観光シーズンなのか五日間、空いている馬車が無かったのだ。
「社長のところの馬車は社長が使ってしまったからないし」
「部長は持っていないんですか?」
「俺は平民だからある訳ないだろう。それよりリーゼの所はどうなんだ?」
部長に聞かれたけれど、王家の馬車なんて持ち出してきたら大変だし、確実にお父様とお兄様のチェックが入るはずだ。ブラストの所の貴族用の馬車は基本はブラストの登城用の馬車だし……
「荷馬車をコーチに改造したらどう?」
他人ごとのフランカがどうしようも無い意見を提案してくれけれど、そんな時間的な余裕は無かった。
皆いい加減に疲れてきたし、私も電話するのに疲れた。
最悪お客様の馬車を出してもらおうかとも思ったけれど、さすがにそれはまずいだろう。
「そうだ!」
私は良いことを思いついたのだ。早速魔導電話をかけた。
「すみません。リーゼと申しますが、ステファニーさんいらっしゃいますか」
「少々お待ちください」
電話に出てきた侍女に取り次ぎをお願いしたのだ。
「リーゼ、久しぶりじゃ無い! どうしたの?」
「ごめん、あなた所のお忍び用の馬車を少し貸してくれないかな」
私は学園時代の伯爵家の友人にお願いしたのだ。この子の所のお忍び用の馬車はスプリングも効いていて結構ましだったのだ。
「ええええ! 何に使うのよ。変なことに使ったら駄目よ」
「ちょっと、私が添乗に行くツアーで馬車が足りなくて」
「ええええ! リーゼか添乗するの? 嘘! めちゃくちゃ面白そうじゃ無い。私も参加させてくれるなら貸してあげても良いわ」
「ちょっと、何言っているのよ。遊びじゃ無いのよ。それに宿の空きがないわよ」
1日目の宿泊地のタカヤマの宿が満員だというのを部長が部長権限で強引に開けさせたのだ。これ以上は絶対に厳しいはずだった。
「じゃあ、嫌だ!」
ステファニーはあっさり拒否してくれたんだけど……
「そんなこと言わずにさ。今度ハンサムな男の子紹介するから」
私はヨハンを見て言った。ヨハンも今回の責任を取って、少しは役に立つべきよ。
「リーゼ、それは当然よ。ね、宿は私がなんとかするから、私も参加させてよ」
しつこくステファニーがお願いしてきた。彼女は絶対に面白がっているのだ。
「いや、でも」
私は出来れば参加させたくなかった。
『宿が相手負担なら参加させて良い』
部長がでかでかと紙に書いて私に見せてくれたんだけど、そんなことしていいのか?
添乗行くのは私だし、周りの客から何故あの子だけ別の宿なのよと文句を言われるのは私なんだけど。カルラ先輩からは自由行動以外はできるだけ別行動はさせてはいけないと口が酸っぱくなるほど注意されていたのに!
でも、背に腹は代えられなかった。
「判ったわ。その案を飲むからよろしくね」
「やった!」
私は大喜びするステファニーの声を聞きながら、先の事を考えてうんざりしていた。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
元近衞騎士団長に自分を振ってくれた帝国皇子に物見遊山気分満載の友人の参加が決まりました。
リーゼの初添乗は果たしてうまくいくのか?
前途多難な様子しか想像できないのは筆者だけだろうか?
続きは明日です。
お楽しみに!