鍾乳洞の領主は昔私付の近衛で、しなくて良いのに客の前でその時の苦労話をしてくれました。
すみません。昨日は信州の八ヶ岳に山ごもりしていて帰ってきたのは遅く更新できませんでした。
落ち込んだ私は凱旋門の屋上にロンバウトに手を引かれて上がったのだ。
お客様に手を引かれてなんて良くないと思いつつ、嫌な目に遭った私を慰めてくれるロンバウトの優しい気持ちが少し私を暖めてくれた。
「な、なんなの、あの女は! 添乗員のクセに! ロン様に手を引かれるなんて!」
私がロンバウトに手を引かれて上がってきたのを見てエーディットが噛みついてきた。
「ロン様、気分が悪くなった私をここまで連れてきて頂いてありがとうございました」
私はロンバウトに御礼を言った。
「いや、俺は大したことは何もしていない」
ロンバウトは軽く笑うと去って行った。
「ちょっと、ロン様、次は私の手を引いて下さい」
「君は元気じゃないか! 彼女は立ちくらみがして座り込んでいたからね」
早速ロンバウトにエーディットが強請っていたが、ロンバウトにあっさりと躱されていた。
「リーゼさん、大丈夫ですか?」
慌ててヨハンが飛んできたが、
「ちょっと立ちくらみがしただけだから、全然大丈夫よ」
私は笑ってヨハンに答えていた。セクハラ親父のデ・ボック子爵の行動に気分が少し悪くなっただけで、健康状態は何も悪くないのだ。
もっとしっかりしなければ!
私は気持ちを入れ替えたのだ。
今度何か言ってきたらガツンと言ってやる!
そう思って馬車に帰ってデ・ボックを見た途端だ。
なんとあのデ・ボックがすっ飛んできたのだ。
私は一瞬ギクッとしたが、傍にモーリスもいたから大丈夫だろうと見返すと
「申し訳ありませんでした」
いきなり謝罪してきたんだけど、皆の前でいきなり止めてよ!
何があったと皆私を見てくるし……
モーリスだけはデ・ボックを腐ったウジ虫のように見ているんだけど。
絶対にモーリスが何か釘を刺してくれたに違いない。
「いえ、気分の悪くなられたデ・ボック子爵様は仕方がありませんわ。いきなり抱きつかれて私も驚きましたけど」
私の言葉に女達がぎょっとしてデ・ボックを見ていたけれど、これくらい言ってやっても良いだろう。
「すみません。あまりの階段の急さに意識がもうろうとしておりまして」
必死に私に合わせてデ・ボックが言い訳してきた。
本来は私に抱きつくなんて処刑ものだが、本人は今も私が王女なんて知らないのだ。
これくらいで許してやろう。
「もう、ご気分は大丈夫ですか?」
私は聞いてあげたのだ。
「はい、本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げて慌ててデ・ボックは去って行った。
これで静かになれば良いけれど。
次の食事処は街道沿いの山間の高級レストランで川魚料理が出てきた。
和食風のレストランだったのだ。
鮎のような魚が出てきたけれど、それをナイフとフォークを使って食べるのは結構面倒だった。
「いろいろご面倒をおかけいたしました」
食事の時に人か周りにいない時を見計らって、私はモーリスにお礼を言っておいた。
「さあ、何のことですかな。私は何も知りませんぞ」
モーリスが首を振ってくれたが目は笑っていたので、私はお礼を言うに留めたのだ。
デ・ボック子爵は余程モーリスにされたことが堪えたのか私を避けていた。
これで問題は無くなったと私はほっとしたのだ。
そして、食事の後は今日のメインのスクナの大鍾乳洞だった。
街道から少し離れたところにある山間の鍾乳洞だ。
近年の観光ブームで結構栄えていた。
ここはガイドが別につくのだ。
山間に見つかった鍾乳洞はこの地に多くの客を呼び込むことになり領地を潤すことになったので領主のスクナ男爵はとても力を入れていたのだ。
その男爵自体が鍾乳洞の事務所にいるとは思ってもいなかった。
「何だ、今回のネイホフ旅行社の添乗員はカルラでは無いのか」
私を見下したように話してきたのがスクナ男爵だった。
「これはこれは男爵様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。このたびチーフ添乗員を務めておりますリーゼ・ブラストと申します」
私が丁寧に挨拶すると
「ほう、小娘、儂が領主と判ったのか?」
領主は少しだけ機嫌を直していた。
「はい、この鍾乳洞を発見され、ここまで大きくされたスクナ男爵様のお話は王都まで聞こえております」
私はそうお世辞を言うと、
「そうか、そうか、小娘でも知るくらいに儂は有名か」
途端にスクナは頬を緩めてくれた。
「では、仕方があるまい。儂自ら挨拶してくれよう」
そう言うとニコニコ笑ってスクナ男爵は立ち上がった。
私はこの男爵が高位貴族の前できちんとしてくれるか一抹の不安があったが、それは杞憂だった。男爵は客には低姿勢だったのだ。
「皆様、このスクナ大鍾乳洞にお越し頂き、誠にありがとうございます。私はこの領地の領主をしておりますスクナと申します」
「男爵の挨拶は良いからさっさと案内して」
しかし、横からエーディットがいきなり男爵に文句をつけてきた。
「な、何だと!」
男爵もこんな我が儘な客は初めてだったのだろう。いきなり顔色を変えたが、
「バルーン侯爵令嬢様です」
私が横から教えると、
「こ、侯爵令嬢様?」
そう叫ぶと、慌てて男爵はエーディットの所に飛んで行ったのだ。
「これはこれはバルーン侯爵令嬢様。わざわざこのような地にお越し頂いてありがとうございます」
「まあ、挨拶は良いから早く案内して!」
低姿勢に出られて満更でもない様子でエーディトが依頼すると、
「さようでございますな。ここは私めが」
男爵が自ら案内しようと申し出てくれたのだ。
今回は馬車ごとにガイドをつけたのだが、エーディットの馬車の面々を自分が案内すると言いだした。
「そう、では頼むわね」
それにエーディットも更に気を良くした。
「も、モーリス様ではございませんか」
しかし、そのスクナ男爵は次の瞬間モーリスを見て叫んでいた。
「これはこれはスクナ殿、相久しいな」
話を聞くとなんとスクナ男爵は昔近衛騎士団にいたことがあり、モーリスの下で働いていたことがあるというのだ。
「スクナ殿など堅苦しいですな。昔どおりスクナと呼び捨てでお願いします」
「そういうわけにもいくまい」
「いえいえ、私のお仕えしておりましたおてんば姫様はご息災ですか」
「えっ?」
私はその言葉を聞いて思わず声が出てしまった。
皆慌てて私を見る。
モーリスとファルハーレン夫人の目が生暖かいんだけど……
「まあ、小娘、王女殿下をおてんば姫と申したのは悪いが、姫様付の我ら近衛は大変での。姫様付は本当に苦労させられたのだ」
ええええ! この男私の近衛だったの?
何でも五歳の時に1年間私付だったらしい。私付で一年間もいたのなら、私の姿見て気づけよと言いたくなった。まあ、その時から髪色は変装していたから判らなかったかもしれないけれど……
その後領地を継ぐために戻って来たらしい。
その後、スクナ男爵は私の苦労話を始めたものだから、私は穴には入れたら入りたかった。
「スクナ男爵様。時間もおしておりますので、中のご案内をお願いします」
私がそう言い出せたのは男爵が余計な思い出話をし始めてから五分も経った後だった。
ここまで読んで頂いて有難うございます。
次は鍾乳洞の中です。
今夜お楽しみに