観光地で客に抱きつかれてしまいました
ロンバウトのせいで30分遅れてしまった。
でも、馬車の旅は30分の遅れを取り戻すのはとても大変なのだ。
馬のスピードを上げて無理させても、馬が先にバテてしまってはどうしようもないし、そうかと言って休憩時間を減らすと馬の疲れが取れなくてそれでバテても駄目だし。それに今日は観光が盛りだくさんで普通にいっても迷宮都市に着くのは18時の予定だったのだ。
それが30分遅れになると18時半だ。
ツアーの到着にしては遅い時間になる。前世では格安ツアーは当たり前だったけれど。土産物巡りしてバックマージンを稼いでそこでツアー料金を稼ぐのだ。
でも、このツアーは高級ツアーで、そもそもこちらの人間は前世の日本人みたいにアクセスしてはいないのだ。普通は17時に着いているはずだった。
私は出来たら定刻の18時に着きたかったんだけど……
「まあ、リーゼ様。慌ててもどうしようもありません。そういう時ほど遅れるものなんです」
ベテラン馭者のメイベルさんが経験則でそう言ってくれたんだけど。
「ツアーは私も初めてですが、どうしても領地の往復で、何かの都合で遅くなると更に遅れるもの何のです。そういう時は焦りは禁物です。遅れても良いというその気持ちが大切なのです。焦っては更に失敗しますから」
懇切丁寧にメイベルさんは話してくれた。
「そうね。最悪19時着も考えましょう」
私はベテランの考えに頷いたのだ。
最悪そうなった時のとこを想定して考えておけば良いだろう。
私は腹をくくった。
今回のこの時間のガイドはヨハンに任せてある。
大聖堂から郊外の凱旋門までをお願いしたのだ。
ヨハンは時たま詰まったが、ちゃんと勉強してきたみたいで、ある程度ガイドできていた。
私は少しほっとした。
メイベルさんは遅れそうだと言ってくれたが、少し早めに馬車を進めてくれたみたいで、次の凱旋門には予定より5分早く着いたのだ。さすがベテランだ。このままいけば想定の10分遅れくらいで着けそうだ。私は少し明るくなった。
街道沿いに聳え立っている凱旋門は10階建ての高さで、上まで階段で上がるのだ。
これがまた大変だった。
「では皆様。頑張っていきましょう」
先頭をここはヨハンが歩いてくれた。
その後を若手の女性陣が登っていく。護衛は馬車にビートが残り、残りの二人は適当に付いてくれた。
「ちょっとロン様。お待ちください」
さっさと登ろうとしたロンバウトをエーディットが追いかけていった。
皆、続々と登っていく。
「では俺もいこう」
デボック子爵が一番最後の私に微笑みかけたのだけど……
デ・ボック子爵は当然留守番すると思ったのに、歩き出したのだ。
大丈夫だろうか?
私はその巨体を見て危惧したのだが、その危惧はすぐに現実のものとなった。
「はあはあ」
デ・ボック子爵の息が2階層もいかないうちに上ってきたのだ。
「大丈夫ですか?」
私は後ろから声をかける。
「まだ大丈夫だが、少し休ませてくれ」
子爵はそう言うと階段に座り込んでくれた。
先を急いでいるが、私はここはじっくりと待つことにした。
デ・ボックは中々立上がらなかった。
「そろそろ行きませんか」
少ししていい加減に焦りだした私はデ・ボック子爵を促したのだ。
「そうだな。リーゼ、じゃあ、俺を立たせてくれないか」
「判りました」
私は差し出されたデ・ボック子爵の手を掴んで引っ張って立たせたのだ。
その瞬間だ。
私はデ・ボックに手を引かれたのだ。
「えっ?」
次に気付いた時には私はデ・ボックに抱きしめられていた。
私は一瞬何が起こったか理解できなかった。
「な、何をするんですか!」
「騒ぐな。騒ぐと二度と貴様の所の旅行会社を使わないぞ」
デ・ボックが私を脅してくれた。
こいつは何を言ってくれるのだ?
私は混乱した。
「貴様の不慣れなところを俺がフォローしてやろうというのだ。今日、俺の部屋に来い。じっくりと可愛がってやるぞ」
私はさあああああっと怖気が走った。こいつ何を言ってくれるのだ?
私はデ・ボックを突き放そうとした。
「良いのか? そんなことをして! 添乗に不慣れな上に上顧客を一人失っても」
耳元でデ・ボックに囁かれて私は固まってしまった。
私は恋愛を止めて仕事に生きようとしたのだ。このガマガエルを突き飛ばすのはいつでも出来る。でも、ここで顧客を失ったら会社にとって損失だ。それは私のプライドが許さなかった。カルラ先輩なら、もっとうまくやるのではないか?
一瞬どう反応するか迷ってしまった。
その時だ。
「リーゼさん!」
上の方からロンバウトの声が聞こえたのだ。
ギクッとしたデ・ボックの腕の束縛が緩んだ隙に、
「ロンさん!」
私は大声を上げて、デ・ボックの横を駆け上ったのだ。
私はデ・ボックに油断して自分が抱きつかれたのが許せなかった。
カルラ先輩ならもっとうまくやっていたはずだ。元々気をつけるように散々カルラ先輩からは言われていたのだ。それを油断してしまった私が悪かった。少し目が潤んでしまった。
「どうした? リーゼさん?」
心配そうにロンバウトが私に聞いてきた。
「いえ、何でもないです」
私は目をこすって何でもないようにロンバウトに笑いかけたのだ。
その私の姿を見て横にいたモーリスがさっと顔色を変えた。
「えっ、モーリスさん?」
「すみません。少し忘れ物をしました」
そう言って笑うとモーリスはゆっくりと階段を下って行ったのだ。
「さあ、リーゼさん。上まであと少しだ」
そう言うとロンバウトが私の手を掴んで歩き出してくれたのだ。
デ・ボックに触られた時のように不快感は何故かなかった。
「ギャーーーー」
下の方でデ・ボックと思われるものの悲鳴が聞こえたような気がしたけど、気のせいだろうと私は無視することにしたのだ。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
セクハラ男に鉄槌が下された?
続きは今夜の予定です