第7話 霧の中の契約
その夜、ふたりは大きな岩の下に小さな焚き火を作った。霧のせいで湿った木々に火はつきにくかったが、
新がくふうして拾ってきた枯れ枝が功を奏し、
かすかに炎が揺れている。
「…火起こし、慣れてるな」
カイが珍しく口を開いた。
「昔、キャンプ好きの父にしごかれました。」
新が笑いながらそう答えた。
カイはうなずくと、剣をそっと地面に置き、火を見つめる。いつの間にか、その表情から鋭さが抜けていた。
「お前、本気なんだな…薬を手に入れるっての」
「はい。流那は…僕の大事な人なんです。子供のころ、絶対に助けるって約束したんです。」
火の音だけが、しばしふたりの間を満たす。
カイは枝にひとつ火にくべると、静かに言った。
「俺にも…似たような人がいた。守れなかったけどな」その言葉は、ぽつりと落ちた水滴のように
静かで、重かった。
「だから…お前の気持ちは少しわかる。」
「ありがとう。カイさん。」
「"さん"付けはやめろ。距離を感じる。」
新が目を開いて驚くと、カイは少しだけ笑った。
その笑みは、今までのどんな鋭さよりも人間味があった。
「お前、強くはない。でも覚悟だけは本物だ。」
「それで十分なんですか?」
「足りねぇよ。でも、俺が補う。それが今の"契約"ってやつだ。」
夜の霧が濃くなる。
焚き火の炎は心細く揺れながら、ふたりの間の
距離を少しずつ溶かしていった。
(#8に続く)