第5話 境界の森
列車を降りた新は、小さな無人駅に向かっていた。
時計はすでに昼をすぎているはずだが、空はどこか
灰色がかっている。まるで、時間の流れが
違っているようだった。
駅から伸びる細い道を、地図を頼りに進む。
やがて、木々が生い茂る森の入り口にたどりついた。
それが、"境界の森"。地図にさえ載っていない、
伝説のジャングルへの唯一の道だ。
「ここから先は…本当に、別の世界なんだな」
霧が立ちこめている。風もないのに、木の葉が
ゆらりと揺れていた。森の奥から、獣のような声が
聞こえた気がしたが、新は振り返らなかった。
一歩足を踏み入れると、空気の重さがかわった。
まるで何かに試されているような、視線を感じる。
葉がこすれる音、枝の折れる音。なにかが、
新を見ている。それでも新は歩き続けた。
流那のため。あの約束のため。
ふいに、足元の地面が緩んだ。
「…あっ!」
土が崩れ、新はとっさに近くの根をつかんで
落下するのを免れた。足元をのぞきこむと、
そこには深い穴。人工的に掘られたような丸い形をしていた。
「…罠?」
誰が、なんのために?
新の背筋に、冷たいなにかがはしる。
この森には、ただの霧や獣だけじゃない。
"人の意志"がある。そんな気がした。
「油断はできないな」
地図をもう1度確かめ、歩き出す。
ジャングルの奥深く。伝説の薬、そして"鍵"が眠る場所へ。だが、新はまだ知らなかった。
この森のどこかで、すでに新を見つめている者が
いることを。
その鋭い眼差しを持つ、剣士の存在を。
(#6に続く)