第四章:封印の揺らぎ
「それなら、ちょうどいい。この街に来たのなら――今、大変なことになってるから。」
ティアは深刻な顔でこう言った、
「魔族がこの街の周辺に出るようになったの…この街ももうじき危ないわ。すぐ街を出た方がいいわよ」
「魔族……?」
ルカは、ティアの口から出た言葉に眉をひそめた。
神だった頃、魔族は“人間や他種族に悪意を持つ存在”として封じられた記憶がある。しかし、その封印は確かに“完璧”だったはずだった。
「うん。最近になって急に、近くの森に魔族の姿が現れるようになって……最初はただの偵察みたいだったけど、今は村や旅人を襲ってるの。ついこの前も、友達が……」
ティアの声がかすかに震える。
「城の魔法騎士団も出動してるけど、相手は『知恵を持った魔族』。普通の魔物とはまるで違う……。そして、もうひとつ奇妙なことがあるの」
ティアは自分の腕にある“紋章”を指さす。
「これ。古い神殿の奥で見つけた魔道具に触れたときに、突然浮かび上がったの。熱くも冷たくもないのに、妙に安心する……。でもこれを持ってから、魔族が私を狙うようになった」
ルカは、じっとその紋章を見つめた。それは、かつて神が選ばれし者にのみ与えた“封印の鍵”の証だった。
(まさか……俺が神位を離れたことで、“封印”が弱まり始めてる?)
神だった頃の記憶が、重く胸にのしかかる。
もしそれが本当なら、この世界に再び“災厄の時代”が訪れかねない。
「その村……今、どうなってる?」
ルカの声が、少しだけ低くなった。
ティアは立ち上がり、小さくうなずく。
「…今夜、この街に魔族が攻め込むって噂が広がってる。騎士団も警戒してるけど、本当に来たら……耐えられないかもしれない」
ルカは、空を見上げた。二つの太陽が、徐々に重なり始めている。
……本当はただ、のんびり暮らしたかったんだけどな
彼は、そっと掌を握る。そこには、まだ“神の力の名残”がわずかに残っていた。
…まぁ、初日から平穏を期待するほうが間違ってるか…人が死ぬのは見たくない。
「俺もその戦いを手伝わせてくれ。なにか役に立てるかもしれない。」
ティアはさっきまで緊張していた顔がほぐれて笑顔になった。
「本当に!?ありがとう!
………これからはルカって呼んでいいかしら?」
「ああ、好きに呼んでくれ。」
かくして、ルカは再び“世界の秩序”に関わっていくことになる――
今度は、元神としてではなく、一人の人間として。