第三章:出会い
「よし、まずはあの街へ行こう」
立ち上がったルカは、足元の草を踏みしめながら歩き出した。たった数歩でも、心が躍る。
風が肌を撫で、鳥の声が近づいたり遠のいたりする。そのすべてが、神だった頃には“見下ろして”いたものだった。
「……こういうのも、悪くないな」
歩きながら、自分の身体を改めて確認する。
(魔力……ある。けど、少し重い。意図的に制限されてるな。まぁ、当然か。完全に神力を持ち込んでしまえば、世界が壊れる)
右手をかざし、小さく「灯」と唱える。
指先に、ふわりと火花のような光が灯った。神としての魔法ではない――人間の魔法だ。それでも、なんとなく感動してしまう。
「このレベルの魔法で感動するとは……人間らしい感性ってやつか」
ふと、遠くで鳥が一斉に飛び立った。何かの気配。空気が、一瞬だけ張り詰める。
(……戦っていいのか? いや、戦わずに済むならそれに越したことはない)
森の先に目を凝らすと、一頭の魔獣が木々の間から姿を現した。
狼のような身体に、背には水晶のような突起。目は赤く光り、よだれを垂らしている。
「いきなりこれか……試されてるな」
ルカは右手を構えた。だが、そのとき――
「危ないっ!!」
どこからか、少女の声が響き、矢が一直線に魔獣の目を射抜いた。
魔獣は呻き声をあげて倒れこみ、そのまま動かなくなった。
現れたのは、小柄なエルフの少女だった。年の頃は十代半ば。背には弓、腰には魔法書。そして――腕には不思議な紋章。
「あなた、無事!? こんなところにひとりでいたら危ないでしょ!」
「……ああ、大丈夫だ。助かった」
少女はホッと息を吐き、近くに腰を下ろした。
「わたしはティア。あなたは?」
「ルカ、だ。旅の途中で、少し道に迷ってた」
少女ティアは、微笑むとこう言った。
「それなら、ちょうどいい。この街に来たのなら――今、大変なことになってるから」
こうして、ルカの「静かな人生計画」は、最初の試練を迎えることになる。