Day14② 個性弾けるスモーブロー
私とガクが出会ったのは十数年も昔のこと。試験で彼を見た時、まさかあの時の小さな子供が竜騎士団に入団してくるとは思ってもおらず、驚いたのを覚えている。
団員となってからは接点が増えるどころか碌に話もできなかった。それは団長と団員という関係性以上に、ガク自身が無口だったからだ。
偶然、私が足をもつれさせたときに助けてもらい、言葉を交わしたことはある。顔を真っ赤にした様子から、理由は分からないが酷く嫌われていることだけは分かった。当時はとても悲しかった。しかしそれ以外では目が合う程度で話すことはほとんど記憶にない。
「ちっ…。なんだよ、ババアかと思ったのにとんだ人違いだ。ようやく捕まえられると思ったのに」
だからこんな風に話すことも、舌打ちをして苛立ちを隠すこともなく眉を顰める姿も始めて見た。
最近はかつての部下たちの知らなかった一面をよく目にする。知るたびに、自分がいかに彼らと親交を深めておらず、彼らに好かれていなかったのだと自覚してしまう。
まぁ騎士団にいたときも、私が通路を通ればそれまでは騒がしかった場がシンッと静まり返り、団員が綺麗に真顔で並んでいたことからも、心を開かれていなかったことなど分かっていたのだが。
「お前の鼻は飾りか。使えない」
上空を見て毒を吐くガクに、私は彼の相棒であるヒューズもいるのだと理解した。
それにしてもなぜ昨日の今日で竜騎士団員と遭遇してしまうのか。会わないようにと少し遠いところを選んだというのに。まだ彼らの探索範囲内だったのだと己の考えの甘さに歯噛みする。
『使えないのはお前だろ。気配がするとか言ってたくせに。使えねぇ』
空から降りて、器用に泉縁にとまるヒューズも相変わらず元気そうで何よりだ。言い合いを始める二人。私は遠目でしか見たことのない、竜騎士団名物ガクとヒューズのやり取りを間近で見れたことに少し心が浮き立つ。
『近くにいるのは確かだって…ん?』
鼻を鳴らしたヒューズは視線を彷徨わせて、やがて止まる。一点を見つめる目に映っているのは、水中に顔の半分を隠したレヴィだ。何度も鼻を鳴らし、グイッと身を乗り出すヒューズにレヴィが大きく仰け反った。
『…なんでお前から、レヴィースカの匂いがするんだ。しかも隣の子供からは団長の匂いまでしやがる』
「…何?…確かに、王竜と同色の竜を連れたガキ…。お前ら一体何者だ」
レヴィだけではなく私の匂いまで嗅ぎ分けられるのか。ガクとヒューズから向けられる懐疑の目に、私とレヴィはたじたじだ。
『ど、どうすれば…!』
「いや、まだ策は残ってる…!」
「何をコソコソ話してる。何かしようと企んでても無駄だ。俺は女子供だろうが容赦しない」
詰められる距離に、私は息を飲んだ。ここでバレてはせっかくの楽しい旅が終わってしまう。まだ訪れていない場所も、食べてみたい食材も、沢山あるというのに。
『お前ら、王竜と団長となんか関係あるだろ!』
それに心の準備が整っていないのだ。彼らに捕まり断罪されるには、まだ早すぎる。
「わ、私たちは、」
一か八かと叫んだ。
「血縁者なんだ!」
「『…けつ、えんしゃ…?」』
呆然とするガクとヒューズ。そして隣では、『奇策としては良いかもしれませんが、後々めんどくさいことになりそうな予感が…。いやしかし、これ以外に思いついたかと問われると…。うーん』と呟いているレヴィ。匂いも見た目もこれほどそっくりで赤の他人は難しい。血縁者というのが一番良い策だと思う。
「『血縁者?!」』
衝撃から回復した二人は、同時に詰め寄って来た。
「なっ、結婚もしてなかっただろ!つかその前に、子供なのか?!」
「そうだ」
「あの年で産めるのか?!」
『レヴィースカも番はいなかったはずだ!』
『えーっと、その~……ゆきずりの者との間に生まれた…みたいな?』
『尊い血を持つ王竜なのに?!』
疑わしい視線は消えないが、これほど見た目も匂いも似てるからか彼らは徐々に信じ始めた。
「本当に…?」
『お前らは、あの団長とレヴィースカが…?』
「母だ!」『母親です』
最終的には信じてくれて一安心だ。息を付いたのも束の間。
「誰だよどこのクソ野郎だよ俺がいながらテメェは一人よろしく子供作ってたってことかよしかもガキの見た目から少なくとも十七年前に…。許さない許さない許さない…。俺よりも弱い雑魚がババアに触れたってのも、ババアが簡単に股開きやがったってのも許さない…!」
『テメェを倒すのもぶちのめしてひれ伏させるのも全部オレが、オレだけが、成し遂げる偉業のはずだったんだ。なのに顔も名前も知らねぇそこらのゆきずりの雄にひれ伏したってことかよ?あのババア、ふざけんじゃねぇよ!』
「『見つけ出してぶっ殺す!」』
「『?!」』
感情を爆発させ怒りを露わにする彼らに私は恐れ戦いた。
「な、なんでだ?!なんであんなに怒ってるんだ?!」
『執着心に何かしらの火が付いたのは分かりますが、殺意が湧くほどのことなのか…?』
少なくとも今正体がバレればすぐさま首を飛ばされる勢いだ。お互い目指す先が私たちをぶっ殺すというなんとも物騒な目標を掲げていたはずなのに、再び喧嘩を始めてしまう二人。意識がお互いに向いている今なら、ここから逃げられるかもしれない。しかし服はガクたちの足元だ。流石にこの年で服を着ず逃げるのは難しい。この年でなくとも、見せつけるタイプの痴女だと通報されてしまう。
悩む私に気づき、争いをやめる。逃げる隙が無くなってしまった。
「なんだよ」
「あ、いやその、そろそろ服を、だな」
足元にある服に気づいたガクはフッと鼻で笑った。
「別に見たところでミリも興奮しない。ガキの裸に興味はないからな」
「…ほう」
本当に、意外な一面はあるものだ。新鮮に思うと同時に、私は泉から飛び出していた。
突然裸で出て来た女を脅威と捉えていなかったのだろう。反応が遅れたガクは持ち前の反射神経で応戦しようとするが、一瞬の価値は大きなものだ。足を払い後ろから馬乗りになり、両手を拘束して全体重をかける。
「っ、ぐっ…!」
レヴィの力によって少女に変えられていても、私の力は変わらない。まだ成長途中である27歳の青年に負けるほど、柔な鍛え方はしていない。
「確かに、私の体は見れるものではない。興奮もできないほどに廃れた身だ。お前の興味関心についても深堀しない。しかし、その態度は目に余る。困っている者、助けを必要としている者。全ての人々に手を差し伸べ、救い、守り、導く。竜騎士団として当然の行いを全うできぬ者に、竜と共に空を飛ぶ権利はない」
抵抗が弱まる。私もかけていた力を緩め体を起こすと、ガクがこちらを向いた。だから、その鼻頭をつまんだ。
「そもそも、ガキだなんだと失礼な話だ。レディに年齢は関係ない。お前、もしこれが私ではなくうら若い娘だったらどうする。裸を見てしまったのなら、責任を取らなければならないんだぞ?」
「いっ、いだだだだだ!やめ、やめろ!てか責任とか、一体いつの話してんだ!」
「時代関係は関係ない!女性を辱めておいて、何の責も負わない馬鹿がどこにいる!」
「俺は馬鹿じゃない!騎士団の中でも優秀で、」
「優れた剣技を持っていようと、その剣を振るう理由を理解していないようでは意味がないんだ!そんなことも分からないから馬鹿だと言っている!」
痛いところを付かれたのか、声は小さくなり、「別に、俺だって…」と言葉は続かなかった。
「今一度、己が何のために在るのかを理解しろ」
「…」
渋々ではあったが、小さく頷くガク。伝わったみたいで良かった。
「よし。さっきは突然すまなかったな。体はどこも痛めてないか?」
「…別に」
注意の仕方は流石にやりすぎだった。ふと、自分が吐いた「そんなことも分からないのか」という言葉を思い出す。理解の度合いは人によるし、理解していても実行・実践できるかも個人差がある。だというのに、自分基準に考え、ガクを糾弾したのはいけないことだ。言い過ぎたことも謝罪をしたが、何のことか分からないと首を傾げられ、「…俺は馬鹿じゃない」とだけ返された。ガクは気にしていなくても、いけないことはいけないことだと反省しつつ、落ち着いたガクを立たせて、私は自分の服を拾った。身に纏っている途中、後ろから視線を感じる。
「なんだ。興味はなかったんじゃないのか?」
「は?ぁ、いや、違う!そっ、下心があって見てたわけじゃない!勘違いすんなよな!」
「ははは!分かっているよ。こんなボロボロのババアの体、見たくもないだろう」
「いや…別に、長年鍛錬を積んできた体付きしてるなって思っただけで…。ん?ババア?」
前半の言葉に、ババアに気を使ってくれる優しい子だなと感動していたのも束の間。首を傾げるガクに慌てた。
「あ、その!母がよく口にしていたから!だから私も、自分のことをババアって言うのが癖になっちゃったんだ!」
「確かに…。話し方もそっくりだ。普通こんなに似るもんか?」
「うん!そりゃもう、子どもだからね!」
納得してくれたガクに胸を撫でおろす。せっかく一難が去ったと言うのに自分から難を引き寄せてどうする。
丁度腹が鳴る。レヴィだけではなく、ガクやヒューズもだった。
「腹が空いたな!さぁ、ご飯にしよう!」
メニューは何にしようかと悩むことはない。ここに来る前に行商と会い、必要な食材は既に購入しているからだ。
レヴィが食べたいと言ったのは、スモーブロー。バゲットに具材を乗せるだけの簡単なオープンサンドだ。常であれば、バターを塗ったバゲットに、魚の塩漬けか燻製肉を乗せるだけ。しかし今日は一味違う。
購入した食材、もといスモーブローの具材は、塩漬けや燻製肉だけではなく、野菜や果物など多岐にわたる。自分の好きな物を好きなだけ乗せて食べるのだ。
遠征では勿論、遠征に参加しなくなってからも、常に食事は誰かが作ったものを取っていた私やレヴィからすれば、好きに物を食べるのは新鮮なことだ。私はたまに調理場を借りて夜食を作ったり、差し入れをこっそりもらったりしていたのだが、レヴィには秘密である。そして好きに物を食べるのと、好きなだけ食べのはまた違う楽しさがある。
ガクも物珍しそうに「バイキングみたいな感じか」と広げた食材を見る。一番楽しみにしているだろうレヴィに視線を向けると、そこには視線を逸らさないヒューズに脅えるレヴィの姿があった。
「何があった?!」
『似すぎてんなって思っただけだ。別に取って食おうとしたわけじゃねぇ』
『気を抜いた瞬間、丸呑みされるかと思いました…』
震えるレヴィを回収し、皆でスモーブローを食べる。各々好きな具材をバゲットに乗せていくので、好物や個性が分かって面白い。ヒューズとガクは予想通り肉を中心に乗せているが、他の食材に違いが出ていた。ヒューズは塩漬けにした牛肉の薄切りを山盛り乗せ、レバーペーストに肉の煮凝り、そして周りにアボカドやスライスオニオンを乗せている。一方ガクは、ローストビーフの薄切り肉を程よく乗せて、ハーブとキャベツの千切り、そしてオレンジの薄切りを乗せている。ガッツリ濃厚を求めるヒューズと、ガッツリの中で爽やかさも求めるガク。片や一口で、片や口一杯に頬張り、美味しいと目を輝かせる。
今回私がしたことと言えば、野菜を切ったり炒めたり。自分が作ったわけではないのだが、食事を楽しんでもらえると嬉しくなる。
「やっぱりレヴィはチーズとポテトを入れたな」
『チーズ、ポテト、そして肉。これらが合わさって不味いことなどあり得ません。確実に美味しいのですから、入れるのは当然です。お前も、ニシンにエビにサーモンに、薄切りレモンとディルと、いつもの如く魚介類ばかり入れて…って、これニシンを除けば定番の具材じゃないですか。挑戦しろ。そしてしっかり肉を食え』
「新しいの挑戦するの怖い…。それに好きなだけ入れるのがスモーブローなんだから、良いじゃないか」
言い争いながら次の具材を選んでいたガクとヒューズ。ヒューズから声をかけられ、もしや具材の中で乗せ方が分からないものがあったのか、いやもしかしたらバターの塗り方が分からないのかもしれないと思ったが、違った。
『なんでそいつんこと、レヴィって、王竜と同じ名前で呼んでんだ』