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Day10 リヴァイアサンと遭遇

 潮の風が吹き、波の穏やかな音が聞こえる洞窟で、腹の上に乗るレヴィそっくりの小竜に私は目を白黒させた。恐る恐る手を伸ばすが、噛まれることも威嚇されることもない。砂埃を被ってしまった鱗を払えば、綺麗な白銀が現れる。金の目もレヴィそっくりで、ますます頭が混乱した。


『何呆けた顔をしているのですか?というか、何故お前は突然巨人のように大きくなったのですか?』

「いや、どちらかというと、レヴィが小さくなったというのが正しいと思う」

『私が、小さく…?』


 何を言ってるんだと笑った小竜は、自分の手を見て叫んだ。


『私が小さくなってる?!』


 腹から降りて、足やら尻尾やらをクルクル回りながら確認し終えたレヴィは再び『本当に小さくなってます…』と悲痛の声が洞窟に響いた。自分の大きな体が小さくなっていることに絶望し沈んでいる。


「レヴィ、なんだな」


 信じがたいが、鱗や瞳の色身も、数十年連れ添いよく知る性格も、全くレヴィと一致してあるので間違いはない。一番信じられないのはレヴィだ。しかしすぐ落ち着きを取り戻し、冷静に原因を考え始める。私とレヴィは少し前の記憶を一つ一つ辿った。荘厳な部屋に入る前は、いつも通りの大きさだった。部屋に入ることができないほどの大きさで、宝箱を早く開けろと急かされた。次に、壇上に置かれていた箱の中を見たときも、まだ元の姿だった気がする。そして箱の中から、何やら大きな輪っかの石を発見したと思ったら、遺跡が崩壊し始めたのだ。脱出しようと試みた時、邪魔な石をレヴィの指に嵌めた。部屋の奥の壁を破壊していたら、突如腹に衝撃を感じて壁をぶち壊し、洞窟に出たというわけである。

 レヴィの方は、私に無理やり嵌められた輪っか石を、邪魔だから外そうとしていた。その時私が崩壊した瓦礫にぶつかりそうになっているのが見えて、手を伸ばしたそうだ。すると体が部屋にするりと簡単に入り、私の腹に直撃して脱出成功ができたと教えてくれた。

 記憶を整理していて、明らかな箇所が一つある。私とレヴィ、考えることは同じだ。二人同時に目を見合わせて、共にレヴィの指に嵌められた指輪を見た。


「どう考えてもこれだな」

『どう考えてもこれですね』


 先程までは私の両手大だったはずの輪っかの石は、小さくなったレヴィの指のサイズ、手でつまめるほどの大きさに変化している。レヴィの相手を変身させる力と同様、解明できない不思議現象を引き起こす、古代の遺物か。


「装着者の体の大きさを変化させる、呪物…。遺跡に眠る秘宝の中に、魔法じみた物があると書物で読んだことはあるが、本当にあるとは思いもしなかったな。てっきり創作物だと思っていた」

『私だって竜の噂で耳にする程度。実物を見たのは初めてです』


 一見はただの石だ。本当に、特殊な力があるとは到底思えない。しかし事実、レヴィの体は小さくなり、私と出会った頃の大きさに変化してしまっている。可愛らしい容姿に思わず頬擦りしたくなった私の考えを察知したレヴィは、素早く距離を取った。いつもは鱗を撫でろという癖に、頬擦りや撫で回すのは駄目なのか。


『この体ではお前を乗せて満足に飛ぶこともできません。早く指輪を取りなさい』


 レヴィ自身で外すことはできないらしい。差し出された指を前に、懐かしいレヴィをもう少し堪能したいと思うが、鋭い金の目は許してくれそうもない。レヴィの指にはまる指輪を外そうとした時、ドォン!と激しい音と共に、波が荒ぶる。何事かと洞窟の入り口に走り外を見た私の目は、きっと輝いていたことだろう。


「あ、あれは!リヴァイアサン!!」


 荒ぶる波と吹き荒れる風雨を掌握し、出会ったが最後、逃げることはできない、海の恐怖の象徴。巨大な蛇の姿を持つ魔物の名は、リヴァイアサン(とぐろを巻いたもの)。強く、恐ろしく、そして、未知に包まれた存在である。私の知りたい魔物ランキングの中でも上位に位置する存在と、まさかこのような場所で再び見ることができるとは思っても見なかった。奇跡のような巡りあわせに動悸が止まらない。


「ヒスイ!前に出過ぎては駄目だ!」

「っ、分かってるって感じ」


 しかし聞こえた声に、私は動きを止めた。リヴァイアサンから少し離れた上空。距離はあるが、動体視力が良いためしっかりと姿を確認することができる。竜と、彼らに乗った二人の竜騎士団員は見覚えのある者たち。トキワとヒスイ、そして彼らの相棒であるゴルガルとミュトラである。懐かしい、と感慨に耽るよりも、何故ここにという驚きの方が大きい。近くに来ていたレヴィも彼らに気づいたようだ。竜は遠くに離れていても会話をすることができる。相手のなんとなくの位置も分かるらしいのだが、そのためには集中しなければいけないらしい。ずっと気を張っているようなものだと以前教えてもらったことがある。しかし私が指名手配されていると分かってからは、常時竜の位置を確認してくれていたようだ。


『遺跡の中だと位置が把握できないみたいです』


 位置把握の制限に関する新情報は後程詳しく聞くとして、再度洞窟の外へ目を向ける。外では今尚、トキワたちがリヴァイアサンと戦っている。先程聞こえた激しい音から分かるように、戦いは激化していた。助けに入らなければと動いた私をレヴィが引き留める。


『お前は今、竜騎士団から指名手配されているのですよ。ここで奴らの前に出てしまえば、確実に捕まってしまいます』


 逃げましょう、と言うレヴィ。洞窟の横には細いが岩が積み上げられており、上に登る足場になりそうで、彼らがリヴァイアサンと対峙している間に逃げることは可能だ。せっかくのリヴァイアサン。可能なら少しでも弱点や生態を調べられたらと思ったが、この状況でそんなことは言えない。レヴィの言う通り、今は逃げるべきだ。


「ぐっ!」

『トキワ!』


 ゴルガルの声が聞こえて外を見るとトキワがリヴァイアサンからの攻撃を避けきれず、ゴルガルの背から振り落とされて海に落ちていた。ヒスイとミュトラがリヴァイアサンの意識をトキワ立ちではなく自分たちへ集めるように仕向けているが、リヴァイアサンにとっては最高のコンディションである嵐の中では、逃げ続けるのは難しいだろう。


 ノア、とレヴィが名前を呼んだ。


「…すまない、レヴィ。でも私は、彼らを見捨てて己の保身に走ることはできないんだ」


 腰に差さった剣に手を添える。竜騎士団員となった時、心に誓った。この世の平和のために、人々を救うために、敵を払い魔物を殲滅すべく剣を振るうと。

 呆れたレヴィのため息が聞こえる。


『お前ならばそう言うと思いました』

「ありがとう、レヴィ」


 洞窟から外へ飛び出し、リヴァイアサンへ一直線に向かう。その時洞窟の中で、自分の指輪に気づいたレヴィが『まず私の指輪を外していけ!』と叫んでいたのだが、嵐が酷くて私は気づくことができなかった。


 洞窟から出て上に登る。上は崖になっており、嵐の酷さ、波の荒さがよく分かった。風は体を攫うほどの強さで吹き付けて、強風と豪雨が視界を邪魔する。波は大きく跳ねて、一度海に入れば海面に顔を出すことさえ難しいだろう。どう考えてもリヴァイアサンに有利過ぎる環境と状況だった。リヴァイアサンの討伐が過去に一度も成功していない理由の一つはここにある。相対する敵に圧倒的不利な状況に加えて、リヴァイアサン自体の強さも合わさることにより、海の恐怖の象徴と呼ばれることになった。討伐は、まだできない。リヴァイアサンから逃げる術なら、存在する。そのためには天空を支配する竜の手助けが必要不可欠なのだが、


「あ、レヴィいないんだった」


 私はレヴィが小竜で空を飛べず、洞窟に置いてきてしまったことを思い出した。今から洞窟に戻るかと思ったが、リヴァイアサンからの攻撃を避けられず、ヒスイを庇ったミュトラと共に、彼らは海に落ちてしまう。このままでは、全員の命が危ない。そう思った瞬間に、私は崖の上から走り出してリヴァイアサンに向けて跳んでいた。


「ゴルガル!」


 トキワを助けようとしていたゴルガルが、私の声に反応して振り向く。彼に向けて手を伸ばした。何も疑うことはない。私の相棒はとても優れた竜なのだから。

 王竜から配下へ、短く飛ばされる指示。


 ———私の相棒であるノアに、全ての指揮権を委ねろ


「来い!」

『はっ!』


 力強く翼をはためかせた竜は一直線に私の所まで飛んできて、無事に私を背に乗せてくれる。王竜からの命令に反射で答えたゴルガルは目を白黒させていた。


『?!な、なぜ突然王竜殿の声が?!団長殿が、なぜここに?!というかそのお姿は、一体…?!』

「突然すまない。詳しい説明は後だ。今は、目の前のことを対処しよう」


 トントンと軽く背を叩けば、優秀な竜はすぐに意識を正し、集中してくれる。聞きたいことも多いだろうに私に指揮権を任せてくれることを有難いと思いつつ、ゴルガルに命令を下す。まずはリヴァイアサンに最も近いところにいる、ヒスイとミュトラの回収だ。リヴァイアサンからの攻撃を避けながら、彼らを回収して崖の上へと運ぶ。大丈夫かと思ったが、飲んでしまった海水を何とか吐き出すヒスイとミュトラにホッと安堵の息を吐く。

 次はトキワだ。溺れていないか心配だったが、海上に頭が出ていて分かった。高い波に攫われないよう踏ん張るトキワへ、手を伸ばす。


「トキワ!手を掴め!」

「っ、ぐ!」


 力強く握られた手を放さず、良いタイミングでゴルガルが上昇。崖の上へ連れて行く。団員の回収は完了した。しかし、リヴァイアサンの敵意はまだこちらに向いたままだ。どうやってリヴァイアサンから逃げるのか。


「ミュトラも!手伝ってくれ!」

『?!わ、分かったのよ!』


 回復したばかりのミュトラも浮かび上がる。私は二体に耳打ちする。できるか?と訪ねると、彼らは力強く頷いて浮上した。リヴァイアサンが攻撃してくるのを避け、空高く浮かび上がったゴルガルとミュトラの口から、重い空に向かってドラゴンブレスが放たれる。ブレスは雲を突き破ったことで、空から海へ一筋の光が差し込んだ。太陽は、リヴァイアサンが嫌うもの。温かく明るい日の光がリヴァイアサンに降り注いだことで、魔物の動きを止めてくれる。崖の上に降り立った私は、ゴルガルとミュトラにトキワとヒスイを連れて逃げるよう指示をした。


「ま、って、くれ、お嬢さん…!」

「一体、誰って、感、じ…!」


 その願いにも質問にも答えることができない。相棒に抱えられて遠ざかる彼らを確認し、私も逃げなければならない。しかし再び重い雲で太陽を隠したリヴァイアサンが、敵意に満ちた顔でこちらを見ていた。大きな口が開かれ、眩い光が向けられる。


「まずい、ブレスか!」


 竜と同じく、リヴァイアサンも火を吹く。広範囲且つ高威力のリヴァイアサンのブレスを、これほどの近い距離で向けられては避けられない。

 竜の加護が本当にあるのなら、常人よりも頑強な体は炎で身を焼かれても無事に生きることができるかもしれない。しかし過度な攻撃には耐えられず死んでしまう可能性がある中、賭けに出るのは得策とは言えない。せめて少しでも距離を取ろうと思ったが、リヴァイアサンの攻撃準備は整ってしまった。敵を確実に葬り去るため、辺り一帯を燃やすほどの炎のブレスが放出された。

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