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Day9 ケルピーと遺跡満喫

 昼食後。左に曲がり、右に曲がり、下に降りたり上に登ったり。先に調査隊が入っていたことで、道には足元注意の看板、壁には触れたら罠が飛んでくる注意書きが張られている。お陰で足止めを食らうことなく、私たちはどんどん奥へと進むことができた。時折ネズミやウサギと言った小動物が現れるがすぐに逃げてしまうし、大きな動物や魔物は現れない。


「快適だな」

『つまらないです』


 不服そうなレヴィがこちらを向く。


『生き物が出ないのは当然のこと。出たとしても問題ではありません。なぜなら生き物の頂点に立つ竜の王である、私がいるのですから!しかし古代遺跡に入ったならば、未知との遭遇。危険な罠や仕掛けから逃げ惑い掻い潜り、そして行き着くのはまだ誰も目にしたことのない宝!それが醍醐味でしょう?なのになんです!罠や仕掛けは事前に看破されて丁寧な注意書きまで施されている!宝や遺物も根こそぎ回収されている!これでは、ただまったりと歴史的建造物の中を散歩しているだけではありませんか!老後に体を動かさねばと健康のために小一時間散歩してる年寄りですか!』

「事実年寄りだからな」


 地団駄を踏むと地面だけではなく天上や壁も揺れて、上からパラパラと土や砂が落ちてくる。崩壊の危険を感じて、私は慌ててレヴィに落ち着くように言う。


「こんな狭いところで暴れるな!ほら、こことか何か隠されてそうじゃないか?この窪みのところなんか、いかにもだろう?」


 壁の中にある小さな窪み。手のひらサイズの凹みを軽く押してみる。ガチャ、と装置が作動した音が聞こえる。私とレヴィが顔を合わせた次の瞬間、底が抜けて体は浮遊感を感じた。


「っ…!」

『ぬぁ?!底が!』


 何とか壁に捕まろうとしたが滑り、私とレヴィは為す術もなく落ちた。


「あいたた…」


 腰を摩りながら天井を見るが、塞がれてしまったようで落ちて来た道はもうない。周りをぐるりと見渡すが、敵意や害意は感じないし、魔物など危険生物もいない。レヴィは変な所を打ち付けてしまったらしく、『ぐぅ…!』と呻いて地に伏している。


「せっかく立派な翼があるんだから、飛べばよかっただろうに」

『突然のことに驚いたんです。あと、翼を広げていたら壁に引っかかって、私の大切な翼が傷ついていました』

「それは困るな」


 更に下へ落ちたわけだが、周囲はやはり明るい。しかし上階よりも、天井や壁、地面には苔がへばりついて、地面には草が生えている。所々に壊れた壁や天井の破片が落ちてそのままにされていることから、長い間ここには誰も入っていないのだろうことが伺える。空気が籠っておらず、澄んでいることからどこか抜け穴に通じているのかもしれない。ふと鼻をかすめたのは、磯の香。


「磯…?どうして…」


 確かにこの国の周りには海があるが、森は国の真ん中にある。なのにどうして。


『ノア!』


 レヴィに名前を呼ばれ振り向く。壁を前に立つレヴィに近づけば、壁には先に進む道があった。レヴィがギリギリ通れるほどの大きさだ。他には道も穴も何もない。進めるのは一つだけ。まるで誘い込まれているかのようだ。奥は見えず、ただ闇が続いている。罠や仕掛けが施されているか、もしかしたら魔物が潜んでいるかもしれない。


「それでも、進むしかないか」

『これぞ私が求めていた遺跡の醍醐味!ワクワク!ドキドキ!宝の匂いが素晴らしい!』


 今までの道よりもほんのり暗い通路は、目が慣れてしまえばどうってことはない。足音が響く。壁を叩いてみるが、空洞ではなさそうだ。


「魔物の気配はするか?」

『…奥から一体。それ以外はありません』


 魔物を警戒する必要はないようだ。であれば、罠や仕掛けに意識を向ければ良いだけのこと。それから、上から矢が降ってきたり、床が消えたと思ったら底に槍が設置されていたり。矢は紙一重で避けることができたのは私だけで、レヴィは当たったが鱗の方が固くて無傷。突然消えた床に反応できずに落ちかけたが、レヴィが捕まえてくれたから落ちることもなく。竜の一歩で跨げる程度の大きさだったため軽々飛び越えた。以降も仕掛けは対竜を想定したものではなく、余裕で進むことができてしまった。


『私が竜であったばかりに、せっかくの罠や仕掛けの面白みが半減してしまっているとは。そうだ!ノア、竜専用の仕掛けを設置した遺跡やダンジョンを探しに行きましょう。そこでなら私も思う存分楽しむことができます』

「良いけど、私が一緒に行ったら死なないか?それ」

『お前の体は常人よりも頑丈だから問題ありません』


 そんな話をしている間に最奥に到着してしまったようだ。重厚な扉の奥からは、何やら物々しいオーラが漏れている。


「凄いぞレヴィ!このオーラ…きっと奥には、まだ見ぬ強い強敵がいる!」

『はいはい分かりましたから、落ち着け。ほら、扉を開けますよ』


 引きつった音を出しながら、レヴィの手によって扉が開かれる。扉の先でまず初めに見えたのは、水だった。広い洞窟の中で水が溜まって幻想的な空間を作り出している。香るのはやはり磯の匂いで、溜まっているのは海水だろうか。一歩踏み出した私に近づくものが。予め構えていた剣を手に気配がした方へ向けれた私は、思わず「へ」と声を出してしまった。


「ケ、ケルピー?」


 トコトコこちらに歩いてくるのは馬の姿をした魔物、ケルピーだ。艶々の毛と肌を持ち、潤んだ瞳でこちらを見る姿は大変可愛らしい。私に擦り寄り、撫でてくれと頼まれては断れない。


『おい』

「分かっているよ」


 背を撫でて、気持ちが良いと目を細めるケルピー。顔を覗き込むと、足を折って背に乗せてくれるようだ。軽く乗るとひんやりとした冷たさが肌に伝わる。感触は魚に近い。前は水だが、何も躊躇わずにケルピーは一歩を踏み出す。水の上を走る感覚はいつだって不思議だ。飛ぶ、泳ぐことが自分にとっては普通なのだから当然だろう。

 軽やかに走るケルピーの背に座りながら、そろそろかと伸びをする。そのまま勢いを付けて、ケルピーの体から宙に飛び上がる。動きに合わせて腰に差していた剣を抜き、重力に従って落ちていく体を捻った。振り返ったケルピーの目には、可愛らしさなどどこにもなく、敵意が向けられている。可哀そう、と思うことは一切ない。体を捻った勢いのまま、狙いを定めて剣を振るえば、ザッと音がした後にケルピーの首が落ちた。そして当然、ケルピーにも乗っていない私はそのまま水に落ちたのだった。

 泳いで近づいてきたレヴィに引き上げられて、濡れた体を温めるために隅で火を起こす。服の水を絞り火で暖を取りながら、私はケルピーについて考えていた。


「ケルピーは人間をおびき寄せ溺れさせ、襲い殺す魔物。解体や研究から習性や弱点も分かっている。しかし彼らのおびき寄せに敢えて乗り、水中に引きづられる前に討伐するという方法が果たして最も効率的な討伐方法なのか…。獲物が捕れたと安心するケルピーの隙は分かりやすいが、こうして水に濡れてしまう。もし周りに他の魔物がいる場合、濡れて重くなった体は動きずらい。専門職であれば容易に対処できるだろうが、一般人では少々難しいだろう。しかし警戒心が高いケルピーに出合い頭で討伐をするとなると、ケルピー以上の反射とスピードが必要になる。遠距離…は複数でないと難しいし、」

『分析よりも、まずは自分の体を温めなさい』


 口に出ていたらしい。レヴィに促されるまま火に近づこうとして、ケルピーが見えた私はレヴィに少し待ってくれと頼んで、ケルピーの元へ走った。

 暖を十分に取った後、血抜きをしておいたケルピー肉の処理に入る。魔物の肉を食べるのか、と思われるかもしれないが、食べる。それに結構美味しいのだ。遠征や戦争に行った際、食料が尽きることはよくあること。そんなときには現地調達をしなければならず、団員全員分の肉となるとなかなか難しい。そこで出番なのが魔物肉だ。魔物の肉は物によっては毒や痺れといった成分が含まれる場合もあるので注意が必要だが、知識があれば、処理の仕方を知っていれば、普通の動物と同じである。


 フライパンを火にかけ、油を敷く。油が十分に熱されたら、丁度良い大きさに切ったケルピー肉を焼いていく。出来上がった肉は皿に乗せて、簡単だ。いつものちゃんとした料理を作りたいが、材料が十分にない状況では仕方がない。ずっと何も食べていなかったから、ただ焼いただけのケルピー肉も非常に美味しそうに見える。キラキラと目を輝かせるレヴィに、私はどうぞと皿を差し出した。レヴィは遠慮なくかぶりつく。


『っ~~~!鶏も豚も牛も良いですが、馬肉はなんと言ってもこの油が良い!何とも言えない香ばしさと旨味がぎゅっと肉一つに詰まっているというのに、なぜこんなにもあっさりしているのか!』

「そこは上バラだよ。この香ばしい匂い…コンソメっぽいな?洋風の料理と合うかもしれない」

『こちらの肉は、先程よりも少し歯ごたえがありますね…。しかし噛めば噛むほど溢れてくる肉汁のなんとも美味しく甘い!』

「それは上カルビ。お腹周りの助骨の間の肉だ。焼きすぎると固くなるため注意が必要だが、うん、丁度良い歯ごたえだ」

『!こちらは、先程とは違いあっさりとしていますが、肉が柔らかい…!はっ、分かりました。これはハラミ!ハラミでしょう?』

「正解だ。先程の二つよりも油が少なく、柔らかい。そして馬肉はやっぱり、まずは塩で食べるのが美味しいな」

『油の旨味を最も存分に楽しむことができますからね。ですが私はやはり、タレが好きです!』

「そう言うと思って、タレも作ってある」


 ケルピー肉を堪能した後に気になるのは、なぜ扉の前で物々しいオーラを感じたのか、だ。


「あのオーラは確実に、何か未知で強力なものだった」


 しかし実際にいたのはケルピーが一匹だけ。可笑しいと思いながら、水の周りをぐるりと囲む岩の道を歩く。入り口から半分歩いた先に続く道は何もない。後を戻っても結局行きつくのは天上も壁もどこも開いていない場所だ。ならばこの道を無理やり破壊し、何とか前に進むしかないのでは?と壁を軽く叩くと、他の壁とは違い軽い音が聞こえる。もしかしてと壁を強く蹴れば、壁が少し崩れた。奥に何か部屋がある。


「レヴィ!」

『宝ですか!』


 肯定も否定もできないが、弾みながら近づいてきたレヴィはそのまま壁に体当たりして粉々に破壊する。崩れた先に現れたのは荘厳な部屋だ。レヴィが入れる大きさではなかったので、期待していて申し訳ないが私が取りに向かう。壇上に置かれているのは、箱だ。触れても部屋が壊れるとか更なる魔物が出てくることはない。しかし私は警戒が解けなかった。オーラが、箱の中から溢れているからだ。


「こんな小さな箱の中に、これほどのオーラを出す物…。全く想像できない。小型魔物は確かにいるが、私が知っている限り全て大した強さではない。だからと言って強大な魔物にこの大きさはない。もしかして何かしらの不思議な力で小さくなって入れられているのかもしれな、」

『早く開けろ馬鹿!』


 レヴィから急かされていよいよ箱を開けることになる。もし中から強大な未知の魔物が出てきた場合、私はどうなるか分からないがレヴィが何とかしてくれるだろう。覚悟を決めて箱を開ける。わずかに開いた箱の隙間からオーラが溢れるが、それだけだ。襲われることも、私の体が何かしら変化した様子もない。中を見て、首を傾げた私に、レヴィがそわそわと覗き込んでくる。


『何が入っていましたか?古代の遺物?それとも先人が残した書物?もしや伝説の食材…?!』

「いや、遺物でも書物でも、食材でもない。食材だったら腐ってるな」


 私が取り出したのは、私の両手ほどの大きさのリングである。


『…何ですか?それ』

「いや、私もさっぱり…」


 腕輪や首輪にしては大きすぎるし、何よりも不思議な文様が彫り込まれていること以外はただの普通の石に見える。レヴィと二人で首を傾げていると、ゴゴゴ…と地鳴りが響く。揺れる壁や天井、かと思えば崩れ始めるではないか。


「このままでは生き埋めだ!」

『!そこ、部屋の奥、何か光が見えます!もしや外に通じるのでは?!』

「本当か!よし、私が掘るから、レヴィはちょっとこれ持っててくれ!」

『え、ちょ、これ持っていくんですか?邪魔になるから置いていった方が良いのでは?』


 何か言っているが今は一刻を争う。丁度レヴィの指のサイズにピッタリだったので、無理やり嵌めた。こうすれば邪魔にならないだろう。一縷の望みをかけて躊躇することなく壁を蹴れば、光が見えた。外への道は見つけられたが、しかし問題は部屋の広さだ。このままではレヴィの顔しか通れない。もっと部屋自体を大きくしなければ。

 その時、背後で天井が崩れたことで瓦礫が水に落ちた大きな音が聞こえた。間に合わない、と思った瞬間、何かが私の腹に飛びついてくる。抵抗する間もなく、私はそのまま壁にぶつかり、勢いのまま壁が壊れて外へ出た。

 眩しい光の先にあったのは海に繋がる洞窟だ。海が光を反射して洞窟の天井に波模様が反映されている。

 なるほど、遺跡は左右上下に進み、国の中心にある森から海まで来ていたのか。磯の香りがした理由が分かってホッとしたが、レヴィがいない。振り返ってもそこには瓦礫で塞がってしまった壁があるだけだ。


「レヴィ!」

『そんな大きな声を出さなくても聞こえています』


 姿が見えないのに、何故かレヴィの声がする。声は下の方からだった。ゆっくり視線を下げていくと、先程衝撃を受けた腹で止まる。そこには、まるでレヴィを小さくしたような、白銀の竜がいた。

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