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Day8 遺跡の中でのランチタイム

 人の多い街の中から飛んで逃げた私とレヴィは今、深い森の中にいた。人里を避けた理由は当然、指名手配をされているからだ。自国から一体どこまで指名手配書が配布されているかが分からないので、迂闊に街を歩き回ることさえできない。だからと言って、森の中や人目のないところであれば安全というわけでもないのだ。


 右前方でいくつかの音が聞こえる。剣を構えれば、鳥が飛んでいくだけだ。次に左の木の影が揺れているのが見えた。剣を左に向ければ、鹿だった。後ろの方からガサガサッと音が聞こえる。ハッとして振り向けば、可愛らしい兎だった。


『お前…。警戒しすぎです』

「彼らは優秀だ。私のようなババア、簡単に見つけて捕まえられる。…もしかして、あの兎、団員の一人が変身して…?」

『そんなわけあるか』


 周りの音や影に一々反応する私をうっとおしいとレヴィが押す。


『何故それほど脅えるのですか。別に捕まったとしても、めんどくさいことにはなれど、酷いことはされないでしょう?』


 グイグイと押すレヴィの腕に背を預け、丁度良いところを探した。ベストポジションが見つかれば、後は力を抜いてただレヴィに押してもらうだけだ。


「指名手配するほど私を恨み、憎んでいるんだぞ?酷いことはされないまでも、酷いことを言われたらどうする。真正面からそんなことを言われた日には、私はもう立ち直れない」

『気にしすぎです。団員への接し方も、お前は気を遣い過ぎです。もっと気楽に話せば良いものを』

「いや、だってなぁ…」


 竜騎士団内で、私は皆から敬遠される存在だった。団長という高い立場から話しかけずらいのかと思い、ではこちらから話しかければ良いのだと声をかければ凄い勢いで逃げられた。少しでも交流を持とうと食堂で食べたら、誰一人話さなかった。上官がいる場所では確かに、思い思いに話すことはできないと、それ以降部屋で食べるようになった。

 私が団長に就任したのは三十二歳の時。当時、竜騎士団は著しく団員数が減少していた。汚いことに手を染めていた上官たちだけではなく、上官に唆された下の団員も多くおり、彼らは皆辞職することとなったからだ。以降、徐々に竜騎士団への印象は改善され、入団希望者も年々増えた。訓練の厳しさや業務の忙しさから辞める団員も一定数いるのだが、人には合う仕事と合わない仕事があるのだから、問題ではない。新しく入ってくる団員は皆私よりも、おおよそ二十、歳が離れている者ばかりだということが問題なのだ。


「だってだ、もし下手なことを言って、彼らに不快な思いをさせてしまったらどうする?」


 齢十八で竜騎士団に入団した始めの頃は、よく上官から尻やら太ももやらを触られたり、理不尽な言動を投げかけられたりと、嫌な目に合った。彼らにはそんな思いをして欲しくない。しかし上官になって分かるのは、彼らが何を考えているのかが全く分からないということだ。事実、私は部下たちが団長である私に不満を抱いていることが分からなかった。


「ただでさえ今時の子供はよく分からないんだ」


 トキワは返事は良いのだが、何故か目を絶対に合わせてくれない。ヒスイはずっと俯いて、何か物をあげるときだけは「後もう一つ下さい…!」とねだってくる。タスクは私の前だけ真顔で無口になるし、シズルは私が通り過ぎた後突然呼吸をし出す。あれは、臭くて息を止めていたのだろうか。ガクに至っては、顔を真っ赤にして「クソババア!」とずっと怒っている。そこまで怒られるようなことをした記憶がない。他の団員もおおむね同じようなものだ。顔を強張らせ、体を固まらせる。


「緊張させたくないが、困らせたくもない。だが、どう向き合えば良いのか分からず…。結局、無難な態度を取るしかなかったんだ」


 無難な態度は、彼らと向き合うことから逃げるようなものだと分かっている。分かっているが、正解が分からない。


『それは、奴らの方に問題があるとしか言えませんね』

「いや、私ももっと向き合えば、何か変わったかもしれない」

『お前の前以外では、普通に話していますよ』

「やっぱり嫌われてるんだぁ…」


 改めて団員たちから嫌われていたことを確認してしまい落ち込む私に、レヴィの『嫌われてはいませんよ。嫌われては』という言葉が更に追い打ちをかける。


「嫌われているわけではなく、指名手配出すほどに憎まれてるんだったな…」

『そうではありませんよ。といっても、今のお前は理解できないでしょうが』


 いつもであればもたれ掛かる私を早々に『うっとおしい。自分の足があるのだからその二本足で歩きなさい』と薙ぎ払うのに、今日のレヴィは優しい。部下に好かれていないと落ち込む私にとても染みる。


「持つべきは強くて優しい世話焼きな竜の相棒だな。ありがとう、お母さん」

『誰がお母さんだ!私は誰も産んでいませんよ!はぁ、全く…。ほら、元気を出しなさい。着きましたよ』


 眼前には大きな竜でも余裕で入れるほどの大穴。過去の遠征で見つけた、古代遺跡への入り口である。五年以上も前の遠征で見つけたものだから、人の手でなくても長い年月を経て自然に閉じてしまう可能性も大いにあった。今も残っているか分からなかったが、良かった。魔物討伐のため空を飛び目的の場所へ飛んでいたとき、偶然見つけたのだ。すぐ来る予定だったのだが、魔物の討伐が思ったよりも長引き、またその後の書類業務がどんどん増えて、遠くへ出かける時間が取れなかった。魔物や異変が発見されていないことから、無害なただの遺跡だということが判明している。調査も完了して、歴史的遺物も回収されているそうだ。

 それでも潜りたいと思うのは、まだ隠されている何かがあるかもしれないと思ってしまうから。隠されているのなら、それを知りたいと思うものだ。

 穴の横に立ち、見下ろす。光が届いて底はきちんと見えるが、見えるからこそ深さがよく分かる。竜に乗れば大したことはないが、竜がいなければ降りることも登ることも難しいだろう。


「あぁ、やはり。あの時感じたものと、同じものを感じる」


 私の勘が言っている。この古代遺跡の中には、まだ発見されていない何かが眠っている、と。


「さぁ!行くぞ、レヴィ」

『やれやれ…と思いつつ、私も未発見の遺物には興味があります。行きますよ!』


 レヴィの背に乗り、私たちは大穴の中へと飛び込んだ。


 穴は底に着くと横に道が広がっている。遺跡の中はどういう原理が、火を灯さずとも仄かに明るく、足元を照らしている。お陰で転ぶこともぶつかることもなく前に進めるのだが、いつかこの現象を解明したいものだ。奥へ奥へと進んでいく。途中で道が分かれたりすることはあるが、魔物が出たりお宝が出ることはない。途中、光を反射する石が壁に埋め込まれており、そこに映った若い女、つまりは私自身に驚いたくらいだ。

 自分の赤髪を一房手に取る。


「レヴィ。これよりも幼くすることや、逆に私の本来の姿から老けさせることもできるのか?」

『幼くすることはできますが、老けさせるのは無理ですね。今のお前の姿は私が想像した通りの姿。つまり、過去のお前を知っていたからこそできたということ。今よりも年老いた姿を知らない私には、それ以上は無理です』

「なるほど、既存の姿、それも竜が知る姿ではないと不可能というわけか」


 当人以外への変身は不可。また、術を使う竜が知らない姿に変えることもできない。面白い仕組みだ。解明したいのだが、摩訶不思議な魔法のようなこれを解明する術は、今の所ない。いくら頭を捻っても思い浮かばず。レヴィから空腹を知らされて、一旦昼食を取ることにした。


「今日の昼は、さっき街で買って来たサンドイッチだ」


 調理道具一式は持っている。しかし中に生き物が生息しているかは分からない。食糧確保が難しいなら、事前の携帯食準備は不可欠だ。何より、王宮へ向かう途中に見かけた出店のサンドイッチが大変美味しそうだった。


『指名手配書を見て慌てて逃げかえって来たくせに、ちゃっかり買っていたのですね』

「だって、レヴィに食べて欲しかったんだよ」

『それなら仕方ありませんね!』


 ブンブンと尻尾が降られている。正直で可愛い奴である。


 サンドイッチはフワフワのバゲットに、レタスとトマトとハム、そしてチーズが挟まれている定番のもの。そして卵と、トロトロにとろけたチーズが挟まれたもの。味付け肉がふんだんに挟まれたもの。


『どれも美味しそうで選べませんね…』

「そう言うと思って、それぞれ二つずつ買って来た。私は三つも食べれないから、レヴィが食べてくれ」

『良いでしょう!』


 私が手に取ったのは、定番のものだ。一口食べるが、食べれたのはレタスだけで他の具材に到達しなかった。もう一口食べると、今度はうまく食べることができた。


「ん、新鮮なレタスの食感が良いな。ハムも厚切りで、トマトの酸味とチーズの濃厚な塩加減が美味い」


 バゲットも携帯食の固いパンとは違い、フワフワもちもち。私でも容易に噛み千切ることができる。そういえば今はババアではなく少女姿だった。

 レヴィを見れば、卵とチーズのものを頬張っていた。


『んん!口に含んだ瞬間、まずチーズの濃厚なコクと、とろけるような舌触りが口いっぱいに広がります!熱でとろけたチーズは、ミルキーでまろやか。まるで温かいベールのように、舌を優しく包み込んでくれます…。卵は黄身のまろやかさと、白身のふっくらとした食感がなんとも絶妙です!チーズの塩味と卵の自然な甘みが、お互いを引き立て合い、シンプルながらも奥深い味わいを生み出しています!バゲットも柔らかく、まるで雲を食んでいるかのようです!これほど軽くては、いくらでも食べてしまいますね!』

「そうだな」


 味付け肉がふんだんに挟まれたサンドイッチはレヴィの好みドンピシャだったようで、踊り出す寸前の喜びようだった。


『次あの街に行ったら、また買ってくることです!』

「分かった。まぁ、指名手配があるから、しばらく行けないけどな」


 残りのサンドイッチを頬張るレヴィを見ながら、私は即席の紅茶を飲む。遺跡の中での優雅なランチも、中々に良いものだ。

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