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王国side Day7

 ハヤセと共に森へ入った騎士たちが悲鳴を上げている頃、ヒダカは街の入り口に降り立った。ノアを探したが見つからない。飲み食いしなくても平気ではあるのだが、普通に疲れるし眠くなるし腹も減る。ただ、常人よりも頑丈というだけだ。ハヤセたちと別れ、そこから日を跨いで数時間。丁度見えた街で腹ごしらえをすることにした。


 活気に溢れた街は、外の人間でも温かく受け入れてくれる。横から良い笑顔でビールを差し出されるが、今からまた飛ぶので遠慮しておく。朝から飲むビールは最高だが、祝い酒として取っておくほうが良いだろう。何を食べようかと店を覗き込む。朝も結構早い時間だ。開いてる店自体少ない。せっかくこの国に来たのなら、サルティンボッカ、薄切りの子牛肉にハムとセージを乗せて焼いた料理を食べたかったのだが、見当たらない。屋台飯で済ませるかと来た道を戻ろうとした時、騒々しい声が聞こえる。朝からなんだと振り返れば、兵の詰所から数名の子供たちが出てくるところだった。その奥から兵と、親らしき大人の姿も出てくる。偶然聞こえたのは、よくある話だ。

 とある商家に可憐で気立ての良い娘がいたそうだ。娘は家族や友人に好かれ、大切にされていた。娘はある日、とある貴族と恋に落ちる。男は貴族と言っても男爵で、しかも爵位を継がない三男。互いを愛し合う二人に障害はなく、周りからも祝福され、やがて結婚することを望まれていた。しかし、男に恋心を寄せていた娘がいた。商家の娘と顔見知りでもあった娘は嫉妬に狂い、人を雇って害そうとした、とのことだ。

 謝罪する親の横にいる娘や、雇われたらしい男たちに反省の色は見えない。結婚もせず子供も孫もいないヒダカは親の本当の苦労は分からないが、大変だなと他人事に思う。謝罪を促され、反発する娘。


「別に、殺そうとしたわけじゃないわ!ただちょっと怖い目に合わせてやろうって、そう思っただけよ!それの何がいけないことなの!」

「ちょっと…?雇われた彼らが言うには、深い森の中に連れて行って、二度と誰かと結ばれぬようにしろと、そう指示されたらしいのだが。それが、ちょっとだと…?」


 商家の娘の親だろうか。目の前の娘に感情のまま当たらないよう、何とか怒りを抑えようとする姿に尊敬を抱く。


「た、確かに、そう指示したわ。でも結果、あの子は無事なのよ!だったら、ここまで責める必要はないでしょう?」

「ないわけねぇだろうが」


 突如現れたマントを羽織った不審人物に、娘だけではなく大人たちも息を飲む。

 ノアに会った者たちは、同じマント姿の人物にノアを思い出し、顔を青ざめさせて震えた。


「問題は結果じゃねぇよ。お前が、お前らが、理解してねぇことが問題なんだ。もし事が起きたら、誰よりも傷ついたのは他でもない、被害者の娘だ。森の中で無事に見つかって、お前らが犯人だとバレても大した問題にはならねぇ。でも娘は違う。体の傷は消えても、心の傷は消えねぇ。死ぬまでずっとだ。ずっと、恐怖が頭から離れることなく、寝ては覚めてを繰り返す。自分の感情を偽り笑顔を見せては周りを安心させようとする。苦しみ震え影ながら泣く奴がいるのに、お前らはのうのうと生きて、笑って、幸せにその生涯を終えるんだ。そんなの、許されねぇことだろ」


 ヒダカの雰囲気に辺りは飲まれていた。誰も、動くことも、口を開くことも、唾をのむことさえ躊躇う。


「…俺らが間に合ってたら、今頃あいつは…」


 過去を悔いるようなヒダカが僅かに目を伏せた。


「…周りに好かれた奴に手を出すとな、そのしっぺ返しは悲惨なものだった。お前らが泣き叫び、苦しみに喘ぎ、死んだ方がマシだと訴えても許されねぇ。永遠に続く苦痛を味わいながら、生きることになる」


 男たちと娘が、震え腰を抜かしてその場に座り込む。どうしたのかと心配する者はその親と兵だけだ。ヒダカは商家の娘の親を見る。


「まぁ、しっぺ返しもほどほどにしねぇと、後できつく絞られるかもしれねぇから、気を付けろよ」


 背を向けるヒダカに兵が待ったと声をかけた。しかしマントの下から、唯一無二の黒の騎士服が見えて口を噤む。彼らのことを知らせてくれたのも、騎士服は纏っていなかったが、竜騎士団団長であるノアだった。彼女は青少年たちの未来を考えて公にしたくないから、口外しないで欲しいと頼んできた。であれば、目の前の騎士も同じことを望むはずだ。


「部外者が口挟んで悪かったな。どうも、他人事とは思えなくてよ」


 少しくらい己の罪を理解してくれたら良いとヒダカは後にする。街を歩きながら、ノアみたいなことをした自分をらしくないと頭を掻いた。

 竜の元へ行った時、大きな影がかかる。上を見て「なっ?!」とヒダカは驚いた。竜に乗り下降してくるのは見知った人間だが、本来ここにいるはずのない人間だったからだ。


「おっまえ、どうしてここにいる!ガク!」


 ガクは、まだ二十七歳という若さでありながら、竜騎士団の中でもトップの実力を有している。しかし性格に問題がありすぎて、集団行動を取ることができず、今回のノア探索からは外れていた。探索ではなく騎士団業務を任せており、国にいるべきだった。なのに今、ガクはヒダカの目の前にいる。


「俺は縛られないからだ」

「理由になってねぇ…。ヒューズ!お前が止めろ!」


 ガクの相棒、ヒューズはグルッと唸る。


『そりゃ無理な話だな。オレもレヴィースカを探したい』

「お前が王竜と対話すれば済む話だろ」

『向こうが着信拒否してるから無理だっつてんだろが』

「使えない竜だな」

『んだと?』

「なんだ」


 ヒューズも竜の中ではレヴィースカに迫るほどの力を持つ存在だ。しかしこの一人と一匹は、如何せん仲が悪かった。それぞれなら強いのに、一緒になるとコンビネーションが途端ボロボロに崩れてしまう。ノアとレヴィースカへの感情の重さだけならお似合いなのだが。

 始まる喧嘩にヒダカはため息を吐きながら止めに入る。


「それで、そいつらは何だ?」


 ヒューズが鷲掴みにしていた、人間たち。ドサッと地面に転がされてようやく顔が見えた。


「こいつら…王宮の召使どもか?」


 顔を覚えるのが苦手なヒダカが分かったのは制服を着ていたからだ。しかし何故こんなところで、しかもヒューズに捕まっていたのか。落とされた衝撃で目を覚ました召使たちはヒダカたちの姿を見て「ヒッ」と固まった。どうやらノアの悪い噂を広めていたことが上官にバレて、暇を出されたらしい。竜騎士団がノアを探している話を聞き、嫌な予感がしてここまで逃げて来たところをガクとヒューズに捕まったようだ。


「ノア・ランドールを貶して、無事に逃げれるわけがないだろう。良いか、よく聞け」


 抜かれた剣が、彼らに向けられる。


「ノアを貶して良いのは、この俺だけだ」

『レヴィースカをぶっ飛ばして良いのは、オレだけだ』

「そんなわけないだろ。どっちもガンギマリの目止めろ」


 死を覚悟した召使たちは、何とか立ち上がり森へ走る。今はまだ昼前。明るい時間は、夜を生きる者たちの時間ではない。しかし、彼らは夜だけを生きるわけではない。召使たちはガクたちに気を取られていて、前をよく見ていなかった。突如現れたのは、バグベア。頭を鷲掴みにされ、何とか逃げようともがくが力では敵わない。他の者も恐怖のあまり腰を抜かした。

 バグベアの腕が飛び、彼らの前にガクが立つ。


「…全ての人間に手を差し伸べ、救い、守るべし。困っている人間を放っておかず、導き、助けるべし」


 敬愛するノアから学び鍛え叩き込まれたこと。


「そんなの、知ったことか!」


 バグベアの後ろから、バグベアよりも大きな魔物、オークが現れた。人の背を遥かに超える巨体、唸り声。後ろで悲鳴が聞こえるが、ガクはオークを前にしても脅えることも震えることもない。これよりもずっと強い存在を知っている。


「俺はただ、ノアを倒したい!俺の命をこの世に留めたことを後悔させてやりたい!そのためにはノアよりも強くならないといけない。だから、敵と戦う。魔物を殲滅する。その過程で、お前らが勝手に救われてるだけだ。助けるとか守るとか、俺の知ったことじゃない」


 敬愛ではない。崇拝でもない。傾倒しているわけでも心服しているわけでもない。


「ノアを倒してどうする。後悔させて、その後はどうするんだ」


 バグベアもオークも殲滅したガクの目。そこにはただ、執着しているだけの男が立っている。


「決まってる。手足を折って、動けないようにして、部屋に閉じ込めるんだ。俺だけしか会えないように、俺だけしか見えないように。他の人間なんか目に入れない。そして死ぬまでずっと後悔させ続けてやる。お前がみすぼらしい姿にされて動けないのは、俺を生かしたお前の自業自得だってな」


 ノアを竜騎士団に閉じ込めようとしたヒダカが言えたことではないが、きっと彼女は閉じ込められても何とか出て行こうとするだろう。色んな人と話すことが好きで、それ以上に竜と空を飛ぶことだ大好きな人だから。


「…手足折って、一緒に住むって。お前それ、風呂とかどうすんだよ」

「…フロ」

「流石にずっと入らないってのはまずいだろ?それにご飯も、手が使えねぇなら、お前が手づから食べさせなきゃだろうし。寝るときだってもしもがあったら命に関わるからな、一緒に寝なきゃならねぇんじゃねぇの?」

「ふ、風呂…一緒…?裸…?ご、ご飯、アーン…?!ね、ど、同衾…?!?!」


 気づいたときにはボンッとガクの頭が沸騰するような音を立てる。その顔は真っ赤だった。そういえば、とヒダカは思い出す。裏ではあれこれ言うけど、いざノアを前にすると何も言えなくなることを。偶然つまづいたノアを支えようとして、抱きしめる形になった時のことだ。礼を言うノアに対して、


「う、うるせぇよ、ここのクソババアが!足元覚束ないとかヤバ過ぎだろうが!注意散漫だろうが気を付けろよ!は、話しかけてくるなよ触るなよクソババア!」


 と十歳児のように叫んでは顔を真っ赤にして逃げ出していた。


「二十七で、まだ初恋拗らせてるだけなんだよなぁ、こいつ」


 ノアには一切伝わっていないところも含めて、可哀そうな男なのである。一周回って可愛いと言われているくらいだ。

 意識を戻したガクは、笑うヒダカを睨み付けてヒューズに乗る。


「ノアに一番近いとこにいるからって調子乗るなよ」

「調子に乗るも何も、俺はノアとはもう三十年の付き合いになるからなぁ。事実、一番近い、だろ」

「クソジジイ…!覚えてろよ…!」

「あっ、お前ちゃんと戻って業務片付けろよー」

「うるさい!」


 小悪党のようなことを言っては飛び立つガクをヒダカはにこやかな笑顔で見送る。


「…ま、拗らせてる分では俺の方が重症か」


 ポリポリと頭を掻いて、気絶した召使たちを掴み竜の元へ歩いた。


 ヒューズの背に乗りながらガクは先程のヒダカを思い出して苛立ちを抑えられない。ヒューズから静かにしないと地に落とすと言われ、反発しながら収める。ヒダカは一先ず置いておく。いつかは超える壁だが、目下の問題はノアだ。

 召使たちを追いかけて空を飛んでいる時、何か胸騒ぎがした。その時は気のせいかと済ませたが、ヒューズも同じだったと言う。これは、偶然ではない。ノアとレヴィースカが、近くにいたのだ。


「俺から逃げられると思うなよ、ババア」


 ジワジワと迫る竜騎士団の魔の手に、ノアは気づかずにくしゃみを一つして、隣のレヴィースカに心配されていた。

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