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王国side Day6

   王国の王宮内にある竜騎士団本部、執務室にて。

 ヒダカは書類を処理していた。ノアに任せていた分が回って来て忙しすぎる、なんてことはない。ノアが書類仕事ばかりしていたのは、彼女を遠征や討伐といった危険な場所に行かないようにするため、わざと増やしていたからだ。ノアの強さは年を取ったとしても揺るぐことはない。心身ともに、竜騎士団内の頂点に立つにふさわしい強さを持っていた。しかし皆は恐れた。最強と言っても人間だ。危険に身を置く竜騎士団は、昔に比べて随分と減ったが死亡や重傷の割合は他の騎士団と比較して遥かに高い。もし、ノアが怪我をしてしまったら。その怪我で命を落としてしまったら。


 国の、世界の英雄が、いなくなってしまったら。


 恐れから閉じ込めて、結果、ノアは相棒のレヴィースカと共に竜騎士団からいなくなってしまった。


「しくったよなぁ…」


 書類を手に呟く。紙の奥から笑い声が聞こえ、見れば数少ない同期が立っていた。


「ハヤセか。気づかなかった」

「副団長殿ほどのお方から気づかれないとは、私の隠密もまだ現役ですかね」


 茶化すなと笑えば堅苦しさは無くなり、いつも通りの気安さが戻る。


「貴方が気を落としているのを見るのはいつぶりでしょうか。フフッ。いい気味です」

「うっせぇ。お前だって加担した一人だろうが」


 ハヤセは竜騎士団の事務長官である。かつては隠密という名の先発部隊で魔物の動向を確認したり、敵陣に入り込んで情報収集や情報操作を行ったりしていた。ノアと共に竜騎士団の復権に尽力し、団内に蔓延っていた膿を取り除いた。そして取り除いた膿がいた席に、必然収まることになったのだ。睨み付けてくるヒダカの視線は普通の団員であれば脅えてしまうが、何十年も共にいるハヤセは怖さを感じることはない。


「まぁまぁ、過ぎたことでいつまでも頭を悩ませるものではありません。それにほら、お陰でノアを閉じ込めることはできないと証明されましたから、それでいいではありませんか」

「何も良くねぇよ。それ以前に、どうして俺が、胡散臭い笑顔のジジイと一つの部屋で談笑しなきゃなんねぇんだよ。部屋が胡散臭くて仕方ねぇ」

「談笑しているつもりはありませんでしたね。一つ言わせていただきたいのですが、僕が胡散臭い笑顔のジジイなら、貴方は凶悪犯面のジジイですよ」

「うるせぇ」


 いつもであれば部下に書類を届けさせるハヤセが、わざわざ執務室に来たのは何か理由があるからだろう。本題に入ろうとした時、扉が強く叩かれる。緊急事態かと入室を促すと、入って来たのは一人の団員だった。


「それで、どうして俺はここにいるんだ」


 現在ヒダカがいるのは、とある国の冒険者組合の一室だ。隣にはハヤセの姿もある。


「どうしてって、そりゃお宅の団長さんがやらかしたからだよ」


 向かいに座る組合長が腕を組みため息を吐く。隅に控える数名の団員と冒険者は、凶悪犯面のジジイと強面のジジイと、そして傍観する胡散臭い笑顔のジジイが集まった部屋の中で、緊張した面持ちだった。


「連日、近くの森でオルトロスの出現が報告されていた。うちじゃオルトロス討伐できるほどの実力者はいなくてよ、他の冒険者組合と手を組むか、そちらに討伐要請だそうかって考えてたところだったんだ。したら突然、討伐完了したーって報告が入るじゃねぇか。疑いながら向かったらよ、まさかだ!あの英雄ノア・ランドールがいたもんで驚いたわ!しかもあのオルトロスをたったの一人で、しかも肺に穴を空けるって神業で倒してよ、学者やら研究者やらが綺麗な状態のオルトロスが手に入って大喜びだ!」


 ドンッと大きな音を立てて机の上に置かれたのは、紙幣や硬貨が入った袋だ。突然の大金に騎士団は困惑する。


「これは今回の報奨金と買取分だ。英雄様に渡そうとしたんだが、さっき渡しに行ったらもう次の場所へ行っちまったって聞いてよ。連絡手段もねぇから、一先ずお宅を呼んだわけだ!ついでにオルトロス発生の原因も調べてくれねぇか!」


 思い出したのかノアのことを話し出す冒険者たち。オルトロスの肺に穴を空けて討伐する方法を始めて見た、握手してもらったなどと目を輝かせて話をしている。しかしヒダカはそれよりも気になることがあった。勢いよく机に手を付き、組合長を睨み付ける。


「ノアが、竜騎士団長が、ここにいたのか…?」


 あまりの剣幕に流石の組合長も驚いた。


「お、おう。街の連中と遅くまで飲んで、今朝方にいなくなっちまったって聞いたぞ」

「今朝…」


 項垂れるヒダカの横で、ハヤセも苦笑いを浮かべることしかできない。砂漠の国を出たとは知らされていたが、今朝方までノアがこの街にいたとは思いもしなかった。もう少し早く情報が入っていれば、ノアを捕まえられたかもしれない。僅差がより悔しい。

 副団長としての仕事とノアの捜索。当然優先すべきは、仕事である。先程ついノアを優先してしまったことを反省し、向かったのはオルトロスを討伐した丘の上。他の団員達も連れて、周辺住民へ聞きこみを行った。そこで分かったのは、数日前に地響きがしたことだけ。オルトロスが出るようになってからは、森の中へ入ることはなかったようだ。となると森に入って調べるしかない。ヒダカとハヤセは今後の遠征や人員について話をしていた。


「副団長!事務長官!お話し中に申し訳ありません!」

「どうした」


 ノア探索にはいくつかのグループを作っている。実力のある者たちは少数で、経験の浅い者は複数で行動している。ここ近辺にいた者たちはオルトロス調査のため招集していた。三年以上勤務している騎士と、今年入団した騎士数名で集めていたはずだ。何やら先輩騎士たちが憤っており、後ろに続く後輩騎士たちは気まずそうである。


「聞いてください!こいつら、「団長がオルトロスを一人で倒すとかありえない」とか、「どうせ王竜の力でも借りたんだろ」とか、ふざけたこと抜かしてるんすよ!」

「団長は国を、いや世界を救った英雄なんだぞ!オルトロスくらい一人で倒せるわ!余裕だわ!」

「もしかしてお前らか!団長の悪い噂流してたのは!」


「悪い噂?」


「はい!王宮内で流れてた噂です!団長は実は弱くて功績は全部他の団員のものを奪ってるとか、権力振りかざして竜騎士団を私物化してるとか!」

「それ聞いちゃったから団長、出て行っちゃったんじゃ…?」

「てことはつまり、団長が竜騎士団出て行ったのは、お前らのせいかー!」


 怒り出した先輩騎士たちを「やめろ」の一言で止め、ヒダカは後輩騎士たちを見た。


「こいつらが言ったことは本当か?」


 ヒダカの視線に脅えながら、後輩騎士たちは頷く。


「父や母、親戚から話は聞いていました。凄いなって憧れもあったけど、でも、入団してから団長が剣を握ったところは一度も見たことがありませんでしたし…」

「だから、団長は過去の栄光に縋ってるだけで、今はもう全盛期ほどの力はないんじゃないかって…」


 ノアの全盛期は、彼女が竜騎士団長に就任した前後十年だ。就任十年後には竜騎士団は確固たる地位を確立し、今から五年前にはノアはほとんど遠征や表舞台に立たなくなった。今年入団した彼らはまだ十代後半か二十代前半そこら。ノアが活躍した時代、彼らは幼子だった。

 後輩騎士たちの考えを改めたいと思うが、わざわざ訂正するのも面倒だと思ってしまう。眉間を揉んでどうしようかと考えているヒダカの肩に重みがかかる。名前を呼ぶ声でハヤセだと分かった。


「貴方は先に行ってください。羊飼いの方から、ノアの次の行き先を聞いていましたよね。後は僕がやっておきます」

「…頼んだ」


 竜に乗って飛んでいくヒダカを見送る。後輩騎士たちはあからさまにホッとした顔をしていた。


「君たちが団長を直に見たのは、入団式の祝辞だけですか。手合わせは、あぁ、まだでしたね。であれば仕方がないことです」


 優しい笑顔を浮かべる壮年のハヤセは、凶悪犯面のヒダカよりも親しみを持ちやすいだろう。また事務長官という机仕事しかしていない立場も、怖さを感じない一因になっていた。


「…なんて、言うとでも?」


 しかし彼らは見えていなかった。周りにいた先輩騎士たちの、青い顔で震えている姿が。優しい笑みを依然と浮かべたまま、しかし背筋に何か冷たいものが走る。


「団長との手合わせが入団直ぐではない理由。それは、君らとの圧倒的な戦闘力の差にあります。夢と希望を胸に竜騎士団となるべく一歩を踏み出した若者の前に、一生かかっても越えられない壁をぶつけるのはあまりにも酷でしょう?」


 ノアやヒダカと共に竜騎士団復権に尽力したハヤセの話は、ノアのように派手なものではない。それは騎士団以外ではあまり知られていないが、竜騎士団内では恐れ語り継がれる話が山ほどある。しかしそれを聞くのは、訓練や仕事に慣れ、疲労が溜まりにくくなり、夜疲れで寝落ちしなくなる二年目以降だ。つまり入団したばかりの後輩騎士たちは知らないのだ。目の前の事務長官が、かつて死線を掻い潜った猛者だということを。ヒダカと同じくらい怖い人物だということを。


「平和に最も尽力した我が英雄を侮辱した罪は重いです。その脳が、心が、命が、しっかりと理解するまで、彼女の英雄譚を語って差し上げましょう。あぁもちろん、オルトロス出現の原因解明と並行してね。さぁ、今から森に入りますよ。そうですね、この森は広大ですから、森全体の調査には一週間はかかるでしょう。私も鬼ではありません。三日で許して差し上げます。三日間は、眠らず、飲まず、食わずに探索を続けましょう。大丈夫ですよ。安心してください。三日程度で竜騎士は死にませんので」


「「「ヒィッ!!!」」」


 後輩騎士たちを見ながら、先輩騎士たちは竜たちを見れば分かるのにと思わずにいられない。団長の執務室付近を通る時だけ竜たちは低空飛行する。それは王竜の相棒だからという理由に収まらない、ノアという人間に敬意を払っている証拠だ。そもそも竜と一対一で喧嘩できる人間など、ノアしか見たことがない。と思ったが、自分たちも始めは同じようにノアを甘く見てはボコボコにされたので強くは言えない。


 彼女がいたからこの世は平和でいられる。


「「「我らの忠誠を捧げるは、ノア・ランドール唯一人」」」


 ハヤセの圧に勝てるはずもなく、泣く泣く森へ入る準備を進める後輩騎士たちを見ながら、一人の団員が呟いた。


「…もしかして、俺たちも一緒な感じか?」

「…え、マジか」

「…よし、行くぞ!」


 それから一週間、先輩後輩騎士たちの地獄の日々が始まったのだった。

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