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王国side Day4・Day5

 吹き荒れる風に舞う砂は、視界を遮るだけではなく呼吸の邪魔をする。セーダ砂漠を歩く二人の団員と二匹の竜は、ようやく表れたオアシスに安堵の息を吐いた。水で喉を潤し、砂を落とす。これからまた歩くから落としても意味はないのだが、汗と砂を洗い流すのは気持ちが良い。


「生き返ルイボスティー~ってな!ダハハ!おい、シズル!お前さんも早く入ったらどうだ!最高だぜ?」


 シズルと呼ばれた団員は、水に触れることなく近くで蹲っていた。


「うぅ…。ノ、ノア様の触れていないものに触れるなんて考えられない…。ノア様が触れた水に触れたい…」

「ん~いつも通りステーションだな!ダハハ!おい、ティッド!ポドヴァ!お前さんたちも砂が鬱陶しいだろ。入らないか!」


 少し離れたところにいた竜たちが呼ばれ、一匹は空から、もう一匹は地をのそのそ歩いてやってくる。


『ウェイウェイ!マジかよオイ、タスク!ずっと入りてえって思ってたんだよな!』

『いやぁわしゃ遠慮するわぃ。シズルが入らないのならなぁ』


 ティッドと呼ばれた竜は、空から遠慮なく水の中に入った。『ヒャッホーイ!最高だぜー!』と水しぶきが上がり、水に入っていなかったシズルやポドヴァにまで盛大にかかる。


「っ!さ、最っ悪っだ!ノア様の触れてない水に触れてしまった…!ふざけるなよ、テデ…!」

『ゲッ!そ、そんな怒るなよ、シズ!』

「ダハハ!」

『フォッフォッ』


 追いかけるシズルと逃げるティッドを笑うタスクとポドヴァ。影が落ちて見上げたタスクは、空から降って来た文書を危なげなく掴んだ。


「何だこりゃ。おぉ、トキワとヒスイからか」


 上空を見れば、伝令役が旋回して自国の方へと飛んで行った。竜騎士団の伝令は専任の騎士が竜に乗って行う。鳥よりも早く、頑丈な竜だからこそ、世界中のどんなところにでも飛んでいける。火の中だろうと、水の中だろうと、例え戦場の中であろうと届けることができるのだ。

 文書には調査によりノアの探索ができなくなったこと、そしてノアが次に行ったらしい場所が、今タスクたちがいる国であることが書かれていた。


「おいシズル!ノアの姐さん、今この国のどこかにいるらしいぜ!」


 文書を手に掲げると、ティザーを追いつめていたシズルが勢いよくこちらを向く。その隙にティッドが逃げ出していたが、既にシズルの意識は別のものに移っていた。気づけば水から上がってタスクの目の前で文書を凝視している。


「ほ、本当に、ノア様が…?この国に…?こ、この国にいると言うことはつまり、ノア様と同じ空気を今吸っているということ…!」


 シズルはハッと何かに気づいたと思ったら勢いよく空気を吸い出し、「う、お、美味しいーーー!!」と叫び出す。慣れたタスクはポリ、と頭を掻いた。


「しっかしこの広い砂漠からどうやって姐さんを見つけろって言うんだ」

『一歩一歩、地道に行くしかないだろうなぁ』

「俺らの得意分野生に戻る~ってな!ダハハ!」

『フォッフォッ』


 上空から風が起こる。シズルから逃げていたティッドが翼を器用に動かしながら、遠くを凝視していた。


『魔物が接近してるぜ!距離は、およそ五百メートル!』


 砂と蜃気楼で他の者には見えない。しかし皆すぐさま臨戦態勢に入る。なぜならティッドは他の竜よりも優れた視力を持っていると知っているからだ。


「魔物の型は何か分かるか?」

『ちょいまち~…ん~…虫系!虫系だぜ!蠍だなありゃ!』

「蠍…?セルケト、だな…」

『おぉ神と謳われる魔物じゃなぁ』


 神とされる魔物で彼らが思い出すのは、アミット討伐のことだ。ライオン、カバ、ワニの特徴を併せ持つ魔物をノアが討伐した時、彼らは近くに居た人々を守り岩陰へと避難させていた。アミット討伐によりこの国への入国禁止を言い渡されてしまい、一部非難する声もあった。また団長であるノアも「私の行動にお前たちを巻き込んですまない」と責任を感じていたが、竜騎士団の中では逆にノアの英雄譚の一つとして語り継がれているほどだ。


「あの時の姐さんは最高山病になるか~ってな!ダハハ!」

『ウェイウェイ!レヴィースカ様とノア様、マジリスペクト過ぎて熱かったぜ!』

「可能ならばノア様のお姿を我が目に焼き付けたかった…!」

『フォッフォッ。我らが姫様とお嬢さんはお転婆じゃから心配にもなるがのぉ』


 入国禁止を言い渡されている竜騎士団はこの国に入ってはいけないため、タスクやシズルたちがここにいるのは違反行為だ。そのため目立つ行動を取ることはできない。無闇な戦いは避けるべきだと魔物から遠ざかろうとした。


『ウェイ!ヤッベェ!魔物の進行方向に人間発見しちった!』


 目立つ行動は取るべきではない。彼らが神と信仰する魔物を再び討伐すれば、また、入国禁止なのに国に足を踏み入れたと知られれば、ノアがせっかく復権した騎士団の面目を潰す可能性がある。しかしそれ以上に、困っている人々を放っておかず、導き、助けるべしという教えを全うしなければならない。


「ノアの姐さんがいてこその俺たちだけどな、ダハハ!」

「我らが使命は、人々を平和な世へと導くこと…!」


 何故なら、敬愛するノアから学び鍛え叩き込まれたことであるからだ。


「「我らの忠誠を捧げるは、ノア・ランドール唯一人」」


 タスクとシズルはそれぞれの相棒の背へと飛び乗った。


「ダハハ!準備は良いか?ポドヴァ!」

『フォッフォッ。老体に鞭はうたんでくれよぉ』

「はぁ、ふぅ、早くノア様が吸って肺に通し吐き出した空気を吸わないとならないのだから、早々に終わらせるぞ、テデ…!」

『ウェイ!了解だぜぃ!』


 タスクを乗せたポドヴァは地を、シズルを乗せたティッドは空へ向かう。一早く魔物の元へ到着したティッドとシズルだったが、人々の前には既にセルケトが迫っていた。


「テデ」

『ウェイ!しっかり掴まっとけよぉ!』


 勢いを付けて、ティッドはセルケトに飛びかかる。体はティッドの方が大きいが、力はセルケトの方が強かった。上からセルケトを押さえつけようとするが、グラグラと体が揺れて不安定だと分かる。


『ポドヴァのおっさん!早くしてくれ!』

『フォッフォッ。わしぁもう歳なんじゃがのぉ』


 ようやく追いついたポドヴァとタスクは素早く人々を抱えて距離を取る。ティッドたちの拘束が解かれ、セルケトが動き出す。例え攻撃されても人々が傷つかないよう、ポドヴァが外壁代わりにその身を屈めた。ポドヴァは頑丈だが、セルケトの攻撃を長く受け止めきれるほどではないし、足が遅いため逃げることもできない。ティッドも、目は良いのだが攻撃力も俊敏さもない。どうするか、とセルケトと対峙したが、一向にセルケトは攻撃して来ない。何やら観察するようにジッと見たかと思うと、ふいと顔を背けてどこかへと行ってしまった。何なんだ?と思ったが、戦わずに済んでよかったと息を吐く。


 偶然にも助けた人々はノアが訪れた街の者たちだった。しかし、


「はぁ?!ノアの姐さん、つい昨日ここを出たってのか?!」


 街に戻るまでに日を跨いでしまい、街に到着したのは朝方の事だった。もしかしたら砂漠ですれ違っていたかもしれないことに見悶える。


「いや、今ならまだ間に合うカモシカってな!おいシズル!急いで戻るぞ!」


 タスクが振り返った先にシズルはいない。どこだと辺りを見渡せば、何やら集会場の一角の床に這いつくばっていた。


「スンッ…スンッ…!あぁ、ここでノア様が寝ていらした…!はぁ、なんてことだ、あぁ、生き返る…!」

『ちょ、シズ!ノア様探しに行くんだからよ、早く起き上がれって!』


 相棒の奇行を何とか止めようとするのだが竜の大きさでは集会場に入れず、ティッドは右往左往しながらシズルに声をかけていた。タスクはそういえばと思い出す。ノアを視界に入れなければ目が潰れると言い出して慌てたティッドがノアの元へ連れて行ったことがあった。そしてノアがシズルを見た途端瞬きさえしなくなり、心配したノアが触れると「ノ、ノア様が触れ…?!」と意識を失ったことを。

 タスクの視界にふと入ったのは、鍋を片付けている者たちの姿だ。


「おや、失礼。それは…」

「あぁ、これは昨日、ノア様に料理を振る舞った時に使った鍋なんです!昨晩はノア様とお会いできたお祝いで片付けどころじゃなかったから、朝の今片付けてるんです!」

「料理を、振る、舞った…」


 動きを止めたタスクに、首を傾げる。一体どうしたのかと顔を覗き込んだ時、見えたのは表情が抜け落ちたタスクだった。


「ノアの姐さんが、俺以外の人間が作った料理を食べた…?姐さんが自分で作ったものを食べる分にはまだ許せるが、それ以外は駄目だ…。俺の料理だけを食べて、俺の料理だけでその体を作ってくれてたのに、どうしてだ…?なんで…なんで…」


 あまりの恐怖に思わず悲鳴を上げて仰け反る。ぎょろ、と動いたタスクの虚ろな目が狙いを定めた。


「許さねぇ…俺以外が作った事実なんか、許せねぇ…。そうだ、料理に使った鍋がなければ、始めからその料理はなかったことになるんじゃ、」

『落ち着け馬鹿者ぉ。周りの者たちが脅えとるぞぉ』


 動き出そうとしたタスクの体を上から抑えつけたのはポドヴァだった。勢いよく振り下ろされた竜の手はドンッと重い音を鳴らし、生きているのか周りの人々は心配になったがうめき声が聞こえたので無事らしい。

 シズルはそういえばと思い出す。遠征でノアの食事を勝手に作ろうとした団員を見たことない顔で首を絞めようとしていたタスクのことを。それをなんとか必死に止めていた団員たちをどかして、ポドヴァが軽く笑いながら上から抑えつけていたことを。しかしシズルはどうでもいいとすぐにノアの痕跡へと意識を戻した。

 竜たちはそれぞれの相棒を引きづって、街の人々に頭を下げると、ノアを探しに空へと飛んで行った。

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