王国side Day2・Day3
捜索を始めてから二日目。国を守る仕事と同時進行でノアの捜索を行っているため思うように事は進まない。今のところ、国内にいないことだけが調査の結果分かった。レヴィースカを共に連れているのなら国内に留まっていることは可能性が低いと見当を付けていたため、団員に落ち込んだ様子は見られない。
三日目。現在、二人の団員は隣国の海上を飛んでいた。潮風を受けたことで顔がべたつき、一人が耐えられないと愚痴をこぼす。
「団長がいないから仕方なく副団長の命令を聞いている感じだけど、団長でもない癖に僕に命令するとか何様って感じ。それもこんな直情型のトキワと一緒に調査させられるとか本当に不服って感じ」
海風が強く、両者の位置も近いわけではない。普通であれば聞こえない声だったが、もう一人の耳にはしっかりと聞こえていた。
「私は君と一緒に調査が出来て嬉しいぞ、ヒスイ!なぜなら君は冷静沈着で物事を俯瞰してみることが出来る。私にはない力だ!団長の調査には君のその広い視点が必要不可欠!」
ハッキリとした発音と伸びの良い声は、普通に聞こえる声である。身体能力が高い者からすれば、うるさいほどの声量だった。
「うるさい。僕はトキワと一緒なんて嬉しくないって感じ。無遠慮で無鉄砲で頭よりも体が動く奴と組むと僕まで危険に巻き込まれるって感じ」
「それは申し訳ない!つい動いてしまうのだ!」
本当にうるさい…とヒスイはうんざりと呟く。
『ちょっとトキワ!あーたの声がヒスイには毒って言ってるのよ!少し声量落としたらどうなのよ!』
『おや、私はトキワの遠くの地まで響く伸びやかな声は好きだよ。いつだってこの胸にしかと届く感覚が心地良い』
『あーたに言ってんじゃないのよ、ゴルガル!』
『私も君に行っているわけではないよ、ミュトラ』
ヒスイとトキワが乗る竜も、自分の相棒を援護し始めた。何なら二人よりもヒートアップしそうであったので、両者は相棒の背中を叩く。
「ミュトラ。僕のことを考えてくれてありがとうって感じだけど、トキワには何言っても無駄だから酸素無駄にしなくて良いって感じ」
「私も君の低く地を震わせる声も、その理知的ながら好意を表現してくれるところ、とても好ましいぞ、ゴルガル!」
竜は相棒からの感謝や好意的な言葉に喜びながら口を閉じる。
竜騎士団は国内防衛組と国外探索組に分かれた。探索組は複数のチームを組み、国外へと調査網を広げた。隣国を任されたトキワとヒスイは聞き込みをする中で、竜騎士団長であるノアがこのカジャ海沿いの街を訪れたことを知った。一度遠征で訪れたことのあるカジャ海。近年、ノアが遠征に参加することが減った。それは団長となるまでに苦労を重ねたノアを知っており、これからは楽をして欲しい団員達の気遣いからであった。しかし本音を言うならば、遠征の中で寝食を共にし、尊敬するノアの近くで戦いたい。トキワとヒスイも数年前のカジャ海遠征に参加したので、砂浜や海上で指揮するノアの姿を今も鮮明に覚えていた。
「しかし団長がカリュブディスを討伐していたとは…。流石です、団長!」
『私たちの竜王殿が団長殿と手を組めば倒せぬ敵などいないということだ』
「団長の雄姿を見られないとか腹立たしい感じだけど流石団長って敬愛の気持ちが止まらないって感じ」
『凄いのよ!本当に素晴らしいのよ!』
聞き込みからカリュブディスが本来の狩場から離れた場所に現れるという異常行動を起こしたことが分かり、ノアの探索を一旦置いて、原因解明に努めていた。ノアを探したい、見つけたい、なぜ出て行ったのか聞いて、必ず騎士団に連れ戻したいと本当に強く思っている。しかしそれ以上に、全ての人々に手を差し伸べ、救い、守るべしという教えを全うしなければならない。
「私たちが今ここにいるのは団長のお陰だ!しかし!」
「僕たちの命は、平和を維持して人々を守るためにあるって感じ」
何故なら、敬愛するノアから学び鍛え叩き込まれたことであるからだ。
「「我らの忠誠を捧げるは、ノア・ランドール唯一人」」
海峡の岩に人影を見たヒスイ。トキワと視線を合わせると、ヒスイは上昇し、トキワは岩の近くまで下降した。ヒスイが見たという人影を探していると、波の間にある岩の上に、人、それも女性を発見した。
「こんにちは、お嬢さん!そんなところで一体何をしているのですか?もし遭難したのなら私が陸までご案内いたします!」
にこやかに近づくトキワ。女性は心ここにあらずと言った様子だったが、途端口を歪ませた。笑みにも見える口元が目に入った次の瞬間、トキワの視界がぶれる。
『トキワ!無事かな?』
「ありがとう、ゴルガル!助かったぞ!」
先程までトキワがいた場所に、犬のような六つの頭と首。鋭い歯を持ち涎を垂らす化け物は、女性の足と繋がっていた。獲物を捕らえられなかった女性は怒りを露わに叫び声を上げ、トキワとゴルガルを憎々し気に睨み付ける。
「カリュブディスと並び、海を航海する者たちを襲う魔物、スキュラだな!」
スキュラは六つの頭と首を動かして、空中のトキワとゴルガルを狙う。
「っ、は、早い…!」
『攻撃を仕掛けたいが、まず近づけないな…!』
何とか攻撃を避けるが、避けられずに噛まれてしまう。トキワも短刀で応戦するがとにかく早すぎる。その時、スキュラの後ろに忍び寄る影があった。ヒスイとミュトラは音もなくスキュラの背後に降り立つと、頭を目掛けて攻撃を仕掛ける。スキュラは避けることもできず、後頭部にしっかりと攻撃が入った。しかし叫び声を上げただけで、スキュラは倒れずヒスイたちも狙われてしまい慌てて空へ飛び上がる。
「凄く固いって感じ」
『あーしの攻撃では歯が立たないのよ』
どうするかと悩むヒスイは、ハッとトキワとゴルガルを見て、上を指した。トキワはすぐ頷き、ゴルガルと共に一気に空へ上昇する。高く舞い上がる一人と一匹を目で追っていたスキュラだったが、代わりにやって来たヒスイとミュトラに狙いを変えて攻撃を始めた。しかしいくら鋭い牙で襲い掛かってもミュトラには寸でのところで交わされてしまう。
ミュトラは他の竜よりも小柄な代わりに、他の竜よりも速かった。そしてヒスイが短い間でスキュラの攻撃パターンを理解したことで、息の合った二人には当たるどころか掠ることさえなくなる。苛立つスキュラは自分に影が落ちて暗くなったことに気づかなかった。ただの雲だと思ったのだろう。空を見上げた時にはもう遅い。
「『うぉおおおおおおお!!!」』
遥か上空から一直線に下降してくるトキワとゴルガル。ゴルガルは他の竜よりも頑丈だった。速度を一切緩めることなく対象に突っ込んだことで、スキュラが防御しようとしても間に合わない。脳天に突進したことで、スキュラが乗っていた岩ごと破壊され、大きな水しぶきが上がる。
死んだか、とヒスイたちが空から海を除けば、揃ってトキワとゴルガルが顔を出した。死んでいなかったか、とため息を吐くヒスイと、笑うトキワの声が響く中、少し離れたところでスキュラがプカプカと浮かんでいた。
討伐したスキュラを冒険者組合に持っていき、カリュブディスの異常行動にはスキュラも関係しているかもしれないと報告した二人は現在、街の人々の誘いで祭りに参加していた。魔物スキュラから街を守ってくれたお礼として、窯焼きのピザを振る舞われる。
「なんで僕も一緒に参加しなきゃいけないのって感じ」
「素晴らしい祭りに参加できるなんて、この上ない栄誉だぞ!目いっぱい楽しむべきだ!」
スキュラの狩場は今日遭遇したところとは別の場所であり、カリュブディス同様の異常行動だ。彼らが本来の出現場所とは違うところで狩りをしていた謎はまだ完全に解決できていない。副団長であるヒダカの指示により、二人はノア探索を中止して、引き続き原因の解明を行うことになった。
大勢の人とご飯を食べるのが苦手なヒスイが更に嫌なのは、隣に座るのがノアでも相棒でもなく、トキワという苦手人間だからなのだが、トキワ本人には伝わっていないらしい。
「てかよく僕の合図だけで上空から攻撃してって分かったなって感じ。直下攻撃にはびっくりした感じ」
「いや全くだ!取り敢えず君が上を指していたから昇って、スキュラの頭がガラ空きだったから攻撃した!正直あの高さから一切スピードを緩めずに攻撃するのは怖かった!しかし死ななかったから良しだ!私もゴルガルも、頑丈で良かった!そして君たちがスキュラを引き付けてくれていたお陰で上手く行った!流石だな、ヒスイ!」
何となく空へ飛び、何となくで攻撃したとは。呆れと驚きにヒスイは息を吐く。
「…まぁ、僕とミュトラだけでは討伐はできなかった感じ。だからトキワの勘とゴルガルの頑丈さ、そして恐れない精神くらいは、認めてやろうって感じ」
嬉しそうに笑うトキワを仕方ないと状況を受け入れて、目の前に運ばれたピザを食べようと手を伸ばす。
「そちら、ノア様が使われたお皿なんですよ!」
「「団長が…?」」
街の人が頷くのを確認した後、突如トキワが皿を口に含む。どうしたのかと驚く人々とどうように、「何やってんのって感じ!」とヒスイは信じられないと皿を取り上げてトキワを見た。人々はトキワの行動に驚いたが、ヒスイが止めてくれてホッとする。しかし、
「団長が使ったっていうのに、保存も鑑賞もせず口に入れるってどういう感じ?」
ヒスイの口からも良く分からない言葉が出てきて首を傾げた。一方のトキワも信じられないとヒスイを見る。
「団長が触れたもの、つまりは団長の成分が付着したものを自分の体に取り込みたいと思うのは自然なことだろう?それが目の前にあるのなら、この身に取り込むべきだと思うぞ!」
ヒスイはそういえばと思い出す。ノアから怪我をしているからと貰ったハンカチを、自らに使うことなく口に含んで吸っていたトキワのことを。成分摂取とか気持ち悪いと心中で吐き出す。
トキワはそういえばと思い出す。ノアから怪我をしているからと貰ったハンカチを、自らに使うことなく集めて、保存用、観賞用と分けていたヒスイのことを。なぜ保存して鑑賞するのか理解できない。
やはり相容れないと思いながら、トキワは食べるために、ヒスイは保存用と観賞用を手に入れるために、他に皿は無いのかとを訪ねて、街の人々を困らせた。