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”週末に訪れるだけだったこの別邸は、研究所として機能し始め、私はいつしか家庭を顧みることもなく、こちらで過ごすことが多くなっていった。最初は理解を示していたリチャードも、別邸に入り浸る私にだんだんと苛立ちを覚えているようだった。私の研究について、なぜそんな研究を急に始めたのか、その理由を知ってからは、ますます私との関係は悪化していき、研究を口実に彼と過ごす時間が増えていることを快く思わなくなっていった。
私は、永遠に近い時間を生きてきた彼に同情していただけなのかもしれないが、その美しい容姿や、優しさに心惹かれたのも確かだった。
この研究が成功したら、私は永遠の命を手に入れ、彼と永遠に共に暮らすことができる。そう考えると、私は一刻も早く、成果を上げなくては、と思い始めた。こうしている間にも刻一刻と私自身は老いていく。それならば、この肉体が若さを保っている間に、永遠の命を手に入れなければならない。そのためには、彼の子どもを産まなければ。新しい研究対象として、彼の遺伝子を継ぐ子供が必要だ。
いつの間にか、私は、彼を愛していたはずなのに、本来の目的を忘れ、彼の存在そのものをただの研究材料として扱っていることに気づいていなかった。”
”ついに、私は、彼の子どもの身ごもることに成功した。そこにはたぶん愛情などなかった。半ば強引に関係を持ち、やっとの想いで身ごもった私は、リチャードとは離婚した。当然だろう。妻として、母としての役割を放棄して、研究という名目でほかの男の子どもの身ごもるなど、あってはならない行為だ。
この別邸は、もともと私の父のものだったから、そのまま私のものとなった。正直、心のどこかで、これですべてから解放され、自由に研究に没頭できる、と思った。メアリーには本当に悪いことをしたと思うけれど。
それからの私は、母になる喜びとは異質ではあったが、新しい生命の誕生を心待ちにしていた。日に日に膨らんでいくお腹を見ながら、慎重に胎児の様子をうかがい、無事に出産を迎えた。
生まれたのは男の子だった。彼にそっくりな銀髪とエメラルドグリーンの瞳は、彼の遺伝子を受け継いだことを明らかにしていた。
彼は、無事に生まれた我が子を恐る恐る抱き上げて、不安げに見つめた。”
”なんということだろう。息子は、1週間足らずで、突然命を落とした。眠ったまま、静かに息を引き取ったのだ。特にこれと言って問題はなかったはずなのに。
しかし、亡くなったときの息子を見て、私は驚いた。それは新生児などではなく、まるでミイラのように、老いさらばえた小さな老人のような姿だったからだ。
悲しんでいる暇などなかった。私は、息子の体を調べようと、小さく萎んでしまった体にメスを入れた。そんな私を見て、彼は激怒した。
「だって、原因がわかるかもしれないのよ!永遠の命をつかさどるものが何なのか!」
彼は私を冷たい目で見ると、それから一切口を利かなくなった。
私は憑りつかれたように、研究を続け、息子の遺伝子に早期老化を引き起こす変異が見られることが分かった。不老不死の遺伝子を持つ彼と、普通の遺伝子を持つ私との間に生まれたことで、遺伝子そのものに変異が生まれたのかもしれない。”
祖母は、悪魔に魂を売り渡してしまったのかもしれない。
純真な少女の恋物語はいつしか命を弄ぶ魔女の物語へ変わってしまっていた。