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”「それってどういうこと?」
私の問いに、彼は答えた。
「僕は数千年前に生まれて、それからずっと、老いることもなく、死ぬこともなく生き続けている」
それから語られた彼の過去は、想像を絶するものだった。貴族として生まれた彼は、成人を迎えるまでは、ごく普通に恵まれた暮らしをしていた。友好関係にあった家門同士の結婚で妻を迎え、ごくごくありふれた貴族としての一生を過ごすはずだった。
ところが、結婚して数年が経ち、期待された跡取りは、すべて流産や、生まれてすぐに命を落としたりと、不幸な最期を迎えた。何かの呪いでもあるのではないかと囁かれ始めた頃、周囲がもうひとつ、気づいたことがあった。それは、彼が全く年を取っていないように見えるということだった。結婚したとき、幼い少女だった妻は、年相応な女性へと成長していったというのに、彼はと言えば、全く年を取らず、それどころか病気らしい病気もしなければ、どんなにひどい怪我をしても数日で治ってしまう。彼は魔物なのでは、という噂があっという間に広がっていった。繰り返し子どもを失い、だんだんと精神を病んでいった妻は、自分が老いていくのに、いつまでも老いることのない彼を忌み嫌い、行き場のない悲しみと絶望で自ら命を絶った。
愛する妻を失い、家族も次々と先に逝ってしまう。ひとり残された彼は、人々から恐れられ、故郷を捨て、放浪し続けた。
そしてある日、行き倒れていた男を助け、それが縁で侯爵家の養子になり、この森に住み着いたのだった。”
”呪いなんてあるはずない。医学で真相を突き止めることはできないだろうか。
何かの突然変異で起きた遺伝子の異常かもしれないし、そのメカニズムを調べたら、人類の夢である不老不死が叶うかもしれない。
彼に協力してもらって研究してみてはどうだろうか。”
”彼は数千年を生きてきて、子どもを持ったことがないという。最初の妻と同じように、幾度か関係を持った女性との間に生まれた子どもたちも、性別にかかわらず育つことはなかったという。それは遺伝子の問題なのだろうか。だが、もし、彼の遺伝子を継ぐ子どもが生まれたら、その子どもも不老不死になるのだろうか。
私の研究者としての好奇心と、遠い昔に抱いていた彼に対する想いが膨らみ、私は彼の子どもを産みたいと思い始めた。”