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”アイオンはこの森でずっと暮らしているらしかった。身の回りの世話をする執事代わりの男性とその妻が週に1度訪れる以外は、外部との接触はほとんどなく、ひとり静かに暮らしているらしい。年を聴いても、家族のことを聴いても、多くを語ろうとはしなかった。
穏やかに丁寧に暮らす彼を見ていると、幸せな気持ちになった。”
”明日、帰ることになった。このままではアイオンに会うことができなくなってしまう。アイオンに想いを伝えよう。”
”アイオンに告白した。勇気を振り絞って告白したのに、アイオンは悲しい目で私を見つめて、はっきりとこう言った。
「君の気持ちには応えられない。僕が愛しているのは、今までもこれからも、エレンただひとりだ」
エレン!ついにその名前が彼の口から出た。けれど、アイオンはそれ以上、エレンについて話してくれることはなく、最後にこういった。
「もう二度と会わないほうがいい。もう二度とあんな想いはしたくないんだ」
そういって、彼は私を門の外に追いやり、屋敷の中へと姿を消した。”
祖母の日記はそこで途切れていた。
アイオンとの恋は実らないまま、屋敷を後にしたのだろう。
空白のページが数ページ続いて、ある日突然、再開した日記は、アイオンとの出会いから10年ほど経っていた。
”この日記を見つけて、懐かしい気持ちになった。今では私もリチャードと結婚して、メアリーが生まれ、それなりに幸せな毎日を送っている。アイオンは、私の初恋だったのだろう。もし、アイオンとの恋が実っていたら…ふとそんなことを考えてみた。だけど、子どもでもあるまいし、滑稽だ。
結局、お父様もお母様も、アイオンとその屋敷については何も知らなかった。もしかしたら、夢見がちな少女の空想だったのかもしれない。”
”大好きなお父様が亡くなって、郊外のあの屋敷を相続することになった。
久しぶりに訪れた屋敷は、あのころと変わらず、少女のころの甘酸っぱい思い出がよみがえってきた。私はアイオンの屋敷を訪れてみようと思った。”
”記憶をたどりながら、森の奥に分け入っていくと、アイオンの屋敷が姿を現した。当時と変わらぬ佇まいに、不思議な気持ちになった私は、開いていた門をくぐり、花の咲き乱れる庭に足を踏み入れた。すると、驚いたことに、そこには、まさにアイオンがあの時のままの姿で佇んでいた。
「アイオン?アイオンなの?」と声をかけると、アイオンは振り返った。あれから10年以上、時が流れたというのに、まるで時が止まったままかのように、変わらない姿で振り返ったアイオンは、私を見て、困惑した表情になった。
「ソフィ…もう会えないと思っていた…会わないほうがよかったのに」
そう言って、アイオンは眉を曇らせた。”
そこから数ページ、日記は破り取られていた。
そして、唐突に再開したページには、祖父母の離婚に至るまでの過程が記されていた。