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ページをめくっていくと、ほとんどが研究のことだった。専門的な内容で、ほぼ理解できなかったので、途中で読むのをやめ、デスクの上に戻そうとしたとき、ノートの間からひらりと何かが落ちた。拾ってみると、それは一枚の写真だった。
写真は色褪せていたけれど、そこに写っているものを見た瞬間、私の目の前には広間の肖像画の光景が広がったような気がした。そこには、桜吹雪の中、幸せそうに微笑む女性と、息をのむような美しい青年の姿があった。
写真の裏には、日付が記されていて、その日付から祖母の若いころの写真だと思われた。やはり祖母も肖像画の女性エレンと似ていた。だけど、この青年は誰なんだろう。透き通るような儚い印象で、この世のものとは思えない美しさだった。
私は本棚を見て、祖母の古い日記を探した。しかし古い文献や、資料しか見当たらなかった。だが、自分が日記を保管するなら、人目につく本棚に並べるだろうか。そう考えて、デスクの引き出しを見てみると、思った通り、そこに古い日記が並んでいた。
私は写真の日付の近辺の日記を探し出して、読み始めた。
そこには、祖母がまだ結婚する前の思い出がつづられていた。
“この世にあんなに美しい人が存在するなんて!どうして誰も知らなかったんだろう。
お父様もお母様もそんな人は知らないという。確かにこのあたり一帯は、我が家の持ち物で、誰か住んでいるのなら知らないのは不自然だ。
明日森の奥に行ってみよう。そして今度は話しかけてみよう。”
”今日、森の奥に出かけてみた。うっそうと茂る樹々が突然拓けたかと思うと、そこには古びた屋敷があった。古びてはいるけど、手入れが行き届いていて、美しい庭園があり、まるでおとぎ話のようだった。恐る恐る近づくと、後ろから「エレン?」と声をかけられた。
振り返ると、そこには、あの人が立っていた。
美しい銀色の髪、エメラルドグリーンに輝く透き通った瞳、整った目鼻立ち、思わず息をのむほどだった。次の瞬間、彼は私を抱きしめた。
びっくりして声も出せずにいたが、やっとの想いで、私はエレンではない、というと、彼は慌てて私から離れた。
彼の瞳は戸惑いと、絶望で揺れていた。
彼は「申し訳ない」と言って、取り乱した様子で屋敷の中へ行ってしまった。”
”なんとなく、彼の存在はお父様やお母様に話してはいけない気がした。そういえば、名前を聞いていない。明日も会いに行ってみよう。”
”今日も森の奥に行ってみた。門は開いていたので、そっと中へと入っていくと、庭園の真ん中に彼がいた。勇気を出して「こんにちは」というと、彼はびっくりしたようで、私をじっと見つめた。私は庭の美しさを褒め、この森の近くの屋敷に訪れていること、彼を偶然見かけたことを伝えると、彼の名前を尋ねた。
彼の名前はアイオン。彼にピッタリな名前だ。私はソフィアだと名乗ると、彼は残念そうな顔をした。エレンって、いったい誰なのだろう?アイオンに尋ねたけれど、彼は寂しそうに微笑むだけで何も教えてくれなかった。”
”お屋敷の倉庫をこっそり覗いてみた。中にはクローゼットがあり、昔のドレスがたくさんあった。どれも豪華で、先祖は裕福な侯爵家だったというのは本当だったんだなと思う。何がきっかけでこの土地を去ることになったのだろう。それについては、お父様もお母様も知らず、古くから親子で代々働いてくれている執事長も知らないようだった。
そうこうしていると、部屋の片隅に布がかけられた大きなキャンバスがあるのを見つけた。
そっと布をめくると、そこには、満開の桜の木々に囲まれ、幸せそうな笑顔を浮かべた私によく似た女性が描かれていた。そして驚くことに、その女性の隣には、アイオンにそっくりな青年の姿が描かれていた。美しい銀色の髪は風に舞い、涼やかなエメラルドグリーンの瞳は女性を愛おしそうに見つめていた。アイオンの先祖だろうか。アイオンなら何か知っているだろうか。それとも、知っていても答えてはくれないのだろうか。”
私は広間に行って、肖像画を眺めた。
満開の桜の木々に囲まれ、幸せそうに微笑む女性。それはまさに、祖母の日記に書かれていたものそのものだ。けれど、その女性の隣には、誰もいなかった。女性の視線の先は不自然な空間があり、そこにはいない誰かを愛おしんでいるように見えた。
私は、アイオンの正体を知りたくなり、祖母の日記を読み進めた。