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エピローグ

 エレンが自らの命を絶って、私の研究は失敗に終わった。外見上は人間として完成されていたエレンだったが、成長する過程で自我が芽生え、植え付けた記憶との間に生じた齟齬によって人格崩壊が起きてしまったのだ。カプセルの中で人と触れ合うことなく育ったことで情緒面の発育がうまくいかなかったことも原因として考えられた。さらには植え付けられた記憶によって生まれた人格が、現実世界で起きた出来事との間で思うような結果が得られなかったことで、過大なストレスを抱えてしまったようだった。

 問題は、自我が芽生えたことを隠していたことだった。しかも、それに気づいた助手のニアがそれを隠蔽していたことはもっと問題だった。

 AI倫理によって、すべてのAIロボットは人に危険を及ぼさないよう、また、公平性を保つためにバイアスを排除するよう開発されてきた。今回、ニアがエレンについての記録を隠していたことは、研究助手としての役目を果たせなかっただけではなく、そういった倫理を無視したことにもつながると判断された。

 エレンの存在そのものも、危険であると判断され、生命維持は施されなかった。「エレン・プロジェクト」はこうして幕を閉じた。生命体を生み出すということ自体は研究の本質とは離れたものだったため、エレンの暴走によって、研究は打ち切りが決定したのだった。反面、細胞の老化を食い止める技術や、できる限り長く自分の肉体そのもので生きるための手段は活用できるということで、それに関しては研究継続することになった。

 手塩にかけて育て上げた子どものようにも大切なエレンの死は私にとっても衝撃だったけれど、アイオンにとっても、おそらくショックだっただろうと思った。私は、後悔していた。こんなことなら、エレンを生み出さなければよかった。アイオンのためと言いながら、結局は自己満足でしかなかったのだ。エレンに対しても、ひとりの人間として見るのではなく、ただの研究対象としてしか見ていなかった。結局は、私も祖母と同じことをしていたのだ。周りの気持ちなどお構いなしで、自分が勝手に思い描いた理想を押し付けていただけだった。

「あなたはとても優秀な助手だったけれど、今回の研究の失敗の重大な原因を作ってしまったことになる」

 あの事件のあと、研究所に戻り私が一番最初にしたことは、ニアの処分だった。

「キリシマ博士。申し訳ありませんでした」

 本当の感情は持っていないニアだが、その顔は悲しみを浮かべていた。

「ニア、AI倫理法第3条に基づいて、あなたを強制終了し、初期化します。永い間、ありがとう」

 そうして私は、ニアの回路のスイッチを切った。



 穏やかな春の日差しについ眠気を誘われる。鼻先をくすぐるそよ風が心地よい。

「エステル、こんなところで寝たら風邪を引くよ」

 優しい声がして、そっとブランケットが掛けられる。温かな紅茶の香りも漂ってくる。

 あれから何度目の春になるのだろう。私は研究から身を引いて、このトレム庭園でアイオンとともに過ごしていた。

 あの後、アイオンは私のことを責めることなく、私が研究所の後始末をして戻ってくると、温かく迎え入れてくれた。

「短い間だったけれど、遠い昔の夢の続きを見ることができた。君には感謝しているよ」

「アイオン…」

「昔、エレンの最期はきちんと見送っていたから、今回のエレンとの再会は最初から夢だと思ってた」

「ごめんなさい。私は祖母と同じようにあなたを傷つけてしまった…」

「そんなことはないよ。君は僕が軽々しく言った『エレンに会いたい』っていう言葉を叶えようとしてくれただけだし、君が続けてきた研究のおかげで、こうして長い時間を君と過ごすことができるようになったんだ。エステル、もう僕は過去ではなく、今を生きたいんだ。君のいる今を一緒に生きたいんだ」

「アイオン…」

「ずっと長い時を一緒に過ごしてきて、君の存在が僕にとってかけがえのないものになっていたんだ。その気持ちに気づかせてくれたのは、エレンだったけれど」

 アイオンの瞳が優しく私を見つめる。胸の奥がくすぐったく、じんわりと熱くなる。

 これから永遠の時を超えて、私たちはずっと共に過ごしていくのだ。いつか永遠の向こう側に行けるなら、私たちはそこで何を見ることができるのだろう。

 今はただ、この柔らかな日差しの中で、優しさに包まれていたい。アイオンの手が優しく髪を撫でてくれるのを感じながら、私は眠りについた。


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